第35話 恋愛と親愛の天秤
【シュヴァリエ視点】
「私、レグルスさんと離れたくない……!」
溢れてしまった。
心の底に沈ませていた気持ちが、口からぽろっと、とてもあっけなく出てしまいました。
もう自分の気持ちがわからないなんてことにはなりません。
だって、だってこんなに──
「私、レグルスさんが好きだったなんて……」
そんなことわかっていた。わかっていたはずなのだ。
ただ、口にしてしまうだけで胸の靄が晴れた気がした。
なんてことない。ただ私の勇気が足らなかっただけだったのです。
「好きだったなんて。あなたはどちらにつくの? 家? それとも想い人かしら」
『エコー』の無慈悲な声が降りかかる。
現実はそう上手くできているわけないですよね……。
家を慮り両親の極悪非道な権力闘争を見て見ぬふりするか。
レグルスさんを想い、フォーマルハウトの計画を阻止するか。
天秤の答えは二つに一つ。
「私は両親を止めます。レグルスさんと共に、罪を償わせます」
「罪を償わせます。そう、それがあなたの意志なのね。いいわ。ヒントを上げる」
そう言うと、無表情のまま『エコー』が、鼻先が触れ合うほどの距離まで近づいてきました。
そのまま私の頭をホールドすると唇に近づけていって──
「い、嫌……! ファーストキスはレグルスさんに!」
私の額に柔らかいものが当たる感触がしました。
「レグルスさんに? 誰があなたの唇を奪うと言ったのよ。ほら『水鏡』」
『エコー』が短く呪文を唱えると、どこからともなく頭の中に私が知る由もなかった情報が流れ込んできました。
脳裏に浮かんできたのは……フォーマルハウトの屋敷でしょうか?
執務室に私の両親と、二人と対峙するように座っている凸凹コンビ。
小さい方は『エコー』ですね。もう一人は……やはり『クジラ』でしたか。
あいにく音声は聞こえてこないのでどのような会話だったのかは分かりません。
主に会話しているのは『クジラ』と、母上?
普段、話し合いの時には口を出してこなかったのに?
二人が作り笑顔のまま会話している様子をしばらく眺めていると、今までじっと状況を見据えていた父上が話し始めました。
あれは……契約書?
『エコー』がその紙を覗き込んだのと同時に私の視点も紙に近づきました。
養子縁組の契約書、ですか。
書かれている名前は、家の両親のと……
「うそ……」
「嘘? ほんとよ。だから言ったでしょう知らない方がいいって」
レグルスの味方でいるといった時点で覚悟はしていた。
だからと言ってこの衝撃が消えるわけはなかった。
そこに書かれていた名前、それは──
「『レイト・タレス』」
【レグルス視点】
「ゲホッ、やったか……?」
やべ、これフラグじゃん。
注意深く砂煙に目を凝らす。
すると、かすかに何か人ほどの大きさの塊が砕け散る光景がうっすらと見えた。
「やってくれるじゃねえかよぉ雑魚」
「クッソ、しぶといな。Gはとっとと巣穴に戻れよ」
薄れてきた砂煙から姿を見せたレイトは服が破け、左腕は力がなく垂れているがまだ戦闘不能にまでは陥っていないようだ。
彼の足元の土は爆発の後にもかかわらずぬかるんでいる。
『水泡鎧』か。ギリギリ間に合っちゃたんだ。
互いに大技を放っても仕留めきれず、出方をうかがおうとにらみ合う。
「レイト、余裕ないんじゃないのか?」
「誰にモノ言ってんだよ。お前こそフラフラじゃねえか」
確かにさっきの『自爆』で魔力を使いすぎて、身体の力が抜けかけている。
それにあと3分は死ねない。
「いいぜ、今ここでお前の息の根を止めてやる。『激流槍』!」
片手に『激流槍』、もう片方に『エンケラドス』を構えレイトは突貫する。
迎撃しようと俺もなんとかデュランダルを構える。
が、
「レイト、もういいヨ。今回は我々の失敗だ」
上空から現れたのは鯨型の水の塊に乗った長髪の男。
その男はニヤリと口角を上げ俺の前に優雅に着地する。
「『クジラ』!? 生きてたのか……!」
「久しぶりだネ。レグルス」
『自爆』で仕留め切れてなかったか……!
死体が見つからない時点で逃げたことも想定していたけど、レイトの助太刀に来るなんてわからないでしょうよ!
「おい! どういうことだよ!? 今いいところだったじゃねえか!」
「君の任務はこいつを殺すことかイ? もうこの任務は失敗だ。引き上げるヨ」
「何やってんだよそっちは!」
「いや、想定外だっタ。じゃあネ。レグルス」
「待て!」
俺の制止もむなしく『クジラ』はレイトを抱え、足から水をジェット噴射しながら飛び去って行ってしまった。
逃げられたか。
あいつらの企みはなんだったんだ?
レイトは俺をここで殺す必要はなかった。でも強引にでも戦おうとした。
ということはあいつの目的は、俺の足止め?
「だったら、実家がヤバくないか!?」
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