第16話 へらへらしていても両利きは強い

「待って……まじで死んだほうがましだって!!」

「ハハハッ死なないための訓練なのですからそんなこと言わないでください?」


 楽しそうな笑い声と共に俺は地面に叩きつけられた。


 これで……何回目だっけ? 負け続けていることだけはわかる。


「ほら立ってください。まだまだ戦えるでしょう」

「スパルタすぎ、だって!」


 筋力の残っていない足を踏ん張って何とか立ち上がる。

 相手は黒い短髪を風になびかせながら土一つ付けず涼しい顔で立っている。


 さすがに元S級、まだ勝てる相手じゃない。


 オリオン・デロス、元S級冒険者。

 剣術一本でS級にまで上り詰めた強者中の強者。

 ただ遠征に行きたくなかっただけでA級に下がった変わり者。


 シナリオでは学園の臨時講師として登場し、主人公の剣術パラメーターを激増させる優秀NPCだったが、あることを理由に主人公を裏切りダンジョンに置き去りにする。

 その後『十二座』アジト前で主人公に倒されるのだがこの世界では臨時講師にならなかったようである。


 ただ、裏切る。


 また死亡フラグ建築が始まったよ……。どうにかして踏み倒さないとなぁ。


「もう一回、お願いします!」


 手のひらに力をこめ迎撃態勢をとる。


「じゃあ、行きますよ!」


 掛け声とともにオリオンは一歩踏み出すと、次の瞬間には目と鼻の先まで迫っていた。


「やっぱ、速いな……!」


 胴を薙ぎ払うように繰り出された剣を何とか受け流す。


「そう! 先ほどより動きがいいですよ! もっと! もっと俺を楽しませてくださいよ!!」


 ふざけているような笑い声をあげていても繰り出されるのは一撃必殺にも近い剣撃。


 剣先で弾き、躱し、受け流す。

 ただ防戦するだけで精いっぱいだ。


「ときにレグルス君。俺両利きなんですよね」

「今話すことですかね!?」


 絶賛、猛攻しのぎ中なんですけど!?


 流れるように攻撃を繰り出しながらオリオンは飄々とした表情を崩さない。


 俺が剣をはじき返した勢いに乗って屋敷の壁まで後退すると彼は立てかけてあった予備の木剣を手に取った。


「両利きって楽ですよー? こういうこともできる」


 本能のままに一歩下がった俺の鼻先を二本の剣がかすめていく。

 そこからの切り上げ、踊るように左右の剣を交互に振っていく。


 巻き上げた砂埃を紙吹雪のように舞わせながら戦うその姿は一人の歌舞伎役者のようでいて、


「『剣舞』が泣くよ!? スキルもなしに双剣で舞うなんてさぁ!」

「文句を言っている暇、ありますか?」


 足を払われ腰から地面に落ちてゆく俺の首に二本の刃が迫る。


 負けるなら相討ちのほうがまだまし。


 防御しようと顔の前まで上げた木剣を双剣の下に滑り込ませるように突き出した。


 ドサッと地面を這う砂埃が立つ。


 俺の首には寸分の狂いもなく線対称にオリオンの双剣が、オリオンの首には狙いすましたかのように一直線に俺の剣先が寸止めされていた。


「相打ち、かもしれませんね」

「かもしれない?」

「相手のスキルや、モンスターだったら皮膚の防御力によっては致命傷になるのが遅くなるかと。本気の私なら私の勝ちですしね!」


 大人げないなこの人。

 だけど手加減してもらってやっと相打ちだ。

 確かに実力はトップレベル。学べることはたくさんある。


 大人げなくてへらへらしたふざけたような人だけど。


 ズボンについた土を払い立ち上がるといつになく真剣な声がかかった。


「レグルス君は死ぬのが怖くないのですか?」

「なぜ?」

「先ほどの相打ち、一度剣を防御の形に持っていこうとしていました。しかし途中で相打ち狙いの突きに変えた時に死ぬことに対する覚悟が見えた気がしたので」

「確かに死ぬことは怖くないです」


 そう言い切った俺を見るオリオンは感心しているようにも悲しんでいるようにも見えた。


『根性』あるから実際一度死ぬことは怖くない。

 身体レグルスとの約束がある限り一度死ぬくらいで怖気づいていられない。


 オリオンは一瞬にして満面の笑みを浮かべると指を一本立てた。


「では俺からは一つ。油断しないようにしましょう。こういう風にねっ!!」


 額にデコピンを食らいもんどりうって地面に倒れこんだ。

 元S級の筋力ではデコピンすら人を倒す威力があるらしい。


『身体強化』も使っていたからなおのこと質が悪い。


「いってえええ!? 何してんだよあんた!?」


 頭かち割れるかと思ったわ!!


「剣を手にしているときは常に気を張っていてください。ただそれだけです。では俺は一杯飲んでくるのでそれでは~」


 そう言い残すとオリオンは屋敷の中に消えていった。


「片付け押しつけていきやがったあの変人……」


 剣の片づけだけじゃない、裏庭の整備だってあるんだけど!


「あの……お疲れ様です」


 さっさと終わらせようとテキパキと整備しているとシュヴァリエがやってきた。


「いえ……その、お話がありまして」


 消え入りそうなか細い声だった。


 いつになくしおらしいから逆に不安になるな。


 目どころか顔すら俺の方向を向いていない。


「どうかした? 訓練ならもう終わっちゃったけど」

「いえ……そうではなく……」


 後ろに回しているその手は震えているようだった。


 シュヴァリエは真正面から俺を見据え、覚悟を決めたように口を開いた。


「実家から出頭命令が届きました。婚約者も同伴しろとのことです」


──────────────────────────────────────


【あとがき】


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