第5話 まさかの本人登場
「おい、呆けているんじゃない。起きろ下民」
こんな目覚まし時計は、嫌だ。ドMじゃねえんだから。
それに瞼を貫通してくる極悪日光がないからまだ寝てていいでしょ。というか寝かせろ。
「起きろと言っているのがわからんのか!!」
「なんなんだよまったく……」
睡眠欲とは裏腹に両目はすんなりと開いた。
どうやら椅子にしばりつけられているらしい。なんで?
「説教の時間だ。愚民」
ロウソクの炎のような明かりに照らされた声の主が暗闇の中から姿を見せる。
黒髪で、少し人相が悪いがなかなかに整った顔立ちで──
「お前、レグルスか?」
「そうだ、レグルスだ。身体に張り付いた残留思念だがな」
人間、予想外の出来事に出会うと、そのほかのことについては冷静になるらしい。
なるほど、キメラに殺されたのはわかった。
でもなんでレグルスと話してる? ここ冥界なの?
「手短に話すぞ。お前は死んだ」
「それはわかってる。じゃないと
「だが、同時にお前はまだ死んではいない」
そう話すレグルスの顔はいたって真剣でふざけている素振りはない。
「この世界にスキルというものがあるのは知っているはずだ。お前は屋敷襲撃の時、スキル『根性』を獲得したんだよ」
そう、このゲームには魔法のほかにスキルと言うものが存在する。基本的に1キャラにつき一つスキルを持っているものだが、本来であればレグルスにスキルはなかったはず。
「お前が賊を道連れにしたのが獲得要因だったらしい。そこは褒めてやる」
「ど、どうも」
自分自身に褒められたところで微妙な気持ちになるだけだ。
どうやらスキル『根性』は一定時間に一度だけ致命傷を受けても復活するというものらしい。
なんともゲーム臭い。
「それだけですかね?」
どうやったら帰れるんだろ、とあたりを見回しているとレグルスが俺の胸倉をつかんで顔を近づけた。
「だがその後はどうだ!? 訓練ではすぐに音を上げ、文句を言い、身を守るためなどと言い訳をして強くなることから目を背け続ける! 貴様にレグルスの身体を動かす資格はない!!」
「訓練すらしなかったお前が言うなよ!! やってるだけいいだろ!!」
「俺がなにもしなかったとでもほざくか貴様ぁ!!」
椅子ごと押し倒されレグルスが馬乗りになる格好となった。
「俺に剣の才能も魔法の才能もないことぐらいわかっている!! だから俺は金と政治を勉強していた! 怠けず文句も言わずこなしていた! なのに貴様は……!」
俺をにらみつける彼の目にもう先ほどまでの怒気はない。
金で人を操ろうとしたのもレグルスなりの努力の結果だったのだ。
才能なき人間の努力が報われなかった最悪の結果。それがゲーム内のレグルスだった。
「クソっ、今は貴様がこの身体の主だ。貴様に主導権がある」
レグルスは俺の胸元から手を離すと立ち上がる。
「貴様は貴様の方法で
「わかったよ。俺は俺のやり方でレグルスを強くする。お前が育てたレグルスよりも強くなってやるよ」
ふん、と興味なさげに鼻を鳴らしてレグルスは暗闇の中へと消えていった。
「現実の世界では死が武器だ。せいぜい頑張れよ」
俺の意識も徐々に薄れていった。
目を開けるとキメラの顔面が鼻先にまで迫っていた。
かがんだ俺の頭上でキメラの牙がぶつかり合う。
「レグルスに言われたからには、ゲーム気分じゃいられねえよなぁ」
話はすべて覚えている。
彼の苦悩も怒りもアドバイスも忘れていなかった。
前の頭が狙いを外したと見るやすかさず尻尾の蛇が追撃する。
「景気づけに倒してやるよキメラさんよぉ」
距離をとり剣を構えなおす。
『ちなみに『根性』の再発動までは3分だ』
3分は死ねないってわけね。
ってか出てくんなよ。今は俺の身体だろうが。
合計6つの目線が突き刺さる。
冷静に考えても今の俺の剣が通用するとは思えない。
だけど逃げる選択肢もない。
『死が武器』ねぇ。
手短すぎてわからないんだけど。
にらみ合って数秒、ライオンの頭が火を噴いた。
「あっぶね! 魔法あるよな! そうだったよ!」
転がってよけたところにまた蛇の牙が迫る。
近づけばかみつかれ離れれば火炎放射の餌食となる。前門の蛇、後門のライオンである。
円を描くように一定の距離をとりながらキメラの攻撃を避ける。
こっちも魔法使えればまだ剣よりは勝機はあるか……?
ただ使える魔法は──
「一度死ねるなら使えるじゃん! 『自爆魔法』!」
ただ使うには残り2分間耐えなければならない。
FPSで鍛えた動体視力と反射神経で避けられてはいるが俺の体力は無限ではないしキメラも能無しではない。
「──!!!」
いらだったように雄叫びをあげたキメラのまわりの空間が軋む。
瞬間、俺の視点が下がる。
まるでフリーフォールに乗っているように。
いや違う……!
「両足っ……!!」
キメラが放った風魔法で両足を切断されたのだ。
やばいやばいやばい! このままだと失血で死ぬ!
キメラからの追撃はこない。
痛みで痙攣し厳重に閉じられた瞼をかろうじて開くと、俺が抵抗できないと理解しているのか悠然と歩み寄って来ていた。
もはや残りの秒数も覚えていない。
「あいつに言った手前、こんなとこで死ねないんだけど!?」
全身から血液と共に体力が抜けていくのがわかる。
キメラの顔も目の前まで迫ってきた。
まだ感覚の残っている俺の頬にぬめりとした液体が垂れてきた。
『貴様あきらめてないだろうな。『根性』見せてやれ。発動可能だ』
ギリッギリじゃねえか!!
「慢心したなキメラさんよう……奥の手があるんだなぁ!! 『自爆』!!!」
唱えた途端、俺の視界は白く染まり、あたり一面に肉の焦げた匂いが広がった。
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【あとがき】
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