第4話 いざ、死に行きましょうか!
「坊ちゃま、領内の森へ行きましょうか」
ガニメデスが日課の筋トレを終え床に伸びていた俺を覗き込む。
マッチョなおじさんにそんなラブコメみたいなことやられてもただ湿度の高い肉壁が目の前にあるだけでときめきは感じない。というかむさくるしいから早くどいてくれないかな。
「剣術の練習は屋敷内でできると思うんだけど?」
「それは対人戦の訓練だからです。身を守る剣術を身に着けるなら対モンスター戦も修行したほうがよろしいのでは?」
もっともなんだけど、まだ対人戦だって5分も打ち合えない程度の初心者だ。もう少し体力も練習も積んだ方がいいと思う。
「何を言っているんですか! いつあの襲撃のような事件が起こるかわからないってさんざんおっしゃっていたじゃないですか! モンスターの対処も並行して学びますよ!」
ガニメデスはまだろくに動けない俺を引きずっていった。
俺が反対しているのはただ外に出たくないからじゃない。問題はクレイモア領の位置だ。
ゲーム内ではクレイモア領はシナリオ後編に登場する。
つまり──
「初心者が行くところじゃないって!! モンスターに見つかった瞬間こんにちは冥界また来て来世になっちゃうから!?」
「私がついてますから! ほら、準備してきてください!」
「なんでそんなに行かせたいんだよ!? 一応俺が主人なんだけど!?」
するとガニメデスは立ち止まり、一瞬だけ恐ろしく冷ややかな表情で遠くを見つめたのち、いつもの柔和な顔で微笑みかけてきた。
「それはですね──もちろん坊ちゃんに早く強くなっていただきたいからですよ」
かくして俺は警備隊長とクレイモア領の通称『迷いの森』へと足を運ぶことになってしまったのだった。
──迷いの森周辺部
「ほら、また来ましたよ!! スライムなんですからいけますって!」
「もう……1時間戦いっぱなしなんだって……!」
筋肉が痙攣しはじめた腕を何とか振るい、群がってきたスライムたちを屠っていく。
迷いの森に到着してからはずっとこんな感じだ。
一人で前線を任され何のアドバイスもないまま勝手に群がってくるモンスターを倒し、時々ガニメデスが殺しきれなかった奴らを処理していく。その繰り返し。
「森を抜けたあたりで少し休憩しましょうか! ほら、走って向かいますよ! 筋肉! マッスル!」
「言わねえし掛け声統一しろっ!」
休憩という名の魔力制御訓練の後、俺たちはまた森の奥へと脚を進めた。
「そろそろ、頃合いでしょうかね」
ガニメデスは表情を消してそう呟くと、俺を抱きかかえ全速力で駆けた。
「あのーどこに向かっているので?」
「森の奥、ですかね」
俺的には生き延びるための最低限の抵抗力が必要なだけであって今すぐ強くなりたいわけじゃないんだけど?
身体をがっちりとホールドされて抵抗できずに目的地についてしまった。
もはや日光が頭上からしか差し込まないため全体的に薄暗く湿っている。
時折聞こえる落ち葉を踏み抜く足音や、鳥とも獣とも判別つかないような鳴き声も相まって生命への恐怖が骨の髄まで染みわたっていた。
「このあたりのモンスターはあなた一人だと手こずるかのしれませんね」
ガニメデスが剣を抜き、俺を支えるように後ろに立った。
「援護してくれよ。死ぬ前にさ」
「もちろんです。それでは──失礼」
俺の両足から鮮血が飛び散る。
「なん……でっ!」
崩れ落ちる俺を見下ろすガニメデスの瞳には光がない。
剣先からしたたり落ちる血液を俺の顔面に駆けながら彼は口を開く。
「依頼なんですよ。襲撃もあなたの訓練をしていたのもね」
全部、俺を殺すためにっ!?
クレイモアのすべての人間を裏切ってまで!
怒りで顔がゆがんでいくのがわかる。
この男への怒り。そして軽率に人を信用した自分への怒り。
「賊を屋敷に入れたのも……!」
「ええ、そうですよ? 警備隊長である私が賊の侵入に気づかないわけがないですから」
おもむろにガニメデスが口笛を吹く。
蛇使いの吹く笛の音色のような不気味でいてそれでも引き寄せられる音。
「賊の襲撃で性格がお変わりになられてよかったですよ。意欲的になられたようで助かりました」
逃げなければと頭ではわかっているのに脚に力が入らない……!
痛みで動かせないのではない。
どうやら的確に健を切られたようだ。
木々の間を駆け、低木や落ち葉を踏み抜き、土を蹴る足音が徐々に大きくなっていく。
「『獣寄せの口笛』でキメラを呼んでおきました。訓練になるといいですね。死ななければですけど」
「待て! 待てよ!!」
ガニメデスの姿はすぐに見えなくなった。
「まっずいな……シナリオにないことしないでほしいんだけど」
両手で這うように森から出ようとするが間に合うはずもなかった。
足音の主が視界に入る。
ヤギとライオンの頭、尻尾の蛇、ライオンの身体。
まあ、典型的なキメラですね。
俺が逃げられないことがわかっているのだろう。王者の余裕といった雰囲気で歩み寄ってくる。
「さすがにもう死ぬしかないかなあ……」
キメラの前足が的確に俺の喉を掻き切った。
その日、俺はまた死んだのである。
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【あとがき】
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