第2話 生き延びたのでゲームらしく強くなってみる

 目覚めたらベッドの上にいた。わけではなかった。


「坊ちゃま! レグルス坊ちゃま!! ああ、生きておられる!!」


 目の前には見覚えはないがどこか見たことのある顔が2つ並んでいた。

 隙間から見える少し雑な木造の屋根を見るに俺は納屋で寝かされていたらしい。


「──賊か?」

「いいえ、賊はもうおりません。坊ちゃま、執事のデュネブです。わかりますか?」


 黒い燕尾服のいわゆる執事っぽい服を着た初老の男が心配そうに顔を寄せて来た。


 そんな奴、ゲーム内にもいたな。執事のくせにハンマーぶん回してたから印象に残っている。


「いや、問題ない。──うおっ」


 身体を起こそうと力を入れた瞬間、首と腰の骨が盛大に警告音を鳴らす。


「これから使用人がベッドまでお連れしますのでそれまでは横になっていてください。坊ちゃま血だらけで倒れていたんですよ?」

「そうさせてもらう。それで俺、死んだはずなんだけど?」


 たしかに俺の胸にはナイフが刺さっていたはず。あんな痛み、幻覚だったら虚無になって引きこもるわ。


 それに納屋が大炎上してたはずなんだが?


 男たちの隙間から見える天井には多少の焦げはあるもののまだしっかりと空を覆い隠している。


「何を言ってらっしゃる。それほど怖かったってのはあるかもしれないですが私たちが駆けつけたとき、坊ちゃんも、坊ちゃんが負かした賊もまだ息がありましたぞ」


 そう言って優しく微笑むもう一人の30代くらいの男。

 確か、警備隊長のガニメデス、だっけ。軽装備で身を包み、片手剣を腰に佩いた姿は警備隊というよりも冒険者のような出で立ちである。


「エリクサーを使ってしまいましたが坊ちゃまと私たちの命が守られたのなら安いものですよ」


 そう言うとデュネブはほっと胸をなでおろした。


 使用人が来るまでぼーっとしてようと天井にシミがないか目を凝らしていると、デュネブとガニメデスが頭を下げて俺の視界をふさいできた。


「「申し訳ございませんでした!!!」」

「うん?」


 さっきまで頼もしかった大人二人の顔が情けなくしぼんでいた。

 まるで、罪人であるかのように震えながら。


 涙目になりながらデュネブが謝罪する。


「坊ちゃまをこんな汚らしい納屋まで逃げまどわせてしまった挙句、肝心の賊に出し抜かれ坊ちゃまに危害を加えさせてしまったとは何たる失態! 一生の恥でございます!!」


「罰は受けます。ですが命だけは! 奴隷のように処刑するのだけはお許しいただきたく!!」


 執事に乗っかるようにガニメデスも涙声で訴えてきた。


「うん? ちょっと待って、待って。処刑?

「ええ。いつも奴隷になさっていたような斬首ですが」


 いやあ、執事さん。そんな涙目のときに説明しなくても。

 そうだ。いろいろありすぎて忘れてたけどレグルスは悪役貴族だったわ。

 気に入らなきゃ平気で殺すよねー。


 ゲーム内でも命令に従わなかった婚約者を緊縛凌辱した挙句、攻め殺したなんてこともしてたっけ。


 ホントにクズだねー。まあ今は俺なんだけどね。


 処罰、処罰ねえ……。近しい人たちは貴重な協力者、情報源になるし、転生前の俺の恩もあるしなぁ。

 それに処刑したところで状況が変わるわけでもないし。


「処罰はいいや。その代わり2人ともお願い聞いてくれる?」

「なんと……! お許しいただけるとは……! 襲撃で坊ちゃまが変わられたのは不幸中の幸いではないだろうか!」

「やったなデュネブ!! 言ってみるもんだな!!」


 おっさん二人が肩を組んでおんおん泣いている光景に、一気に俺の頭は冷えていった。


 仲いいのは喜ばしいことなんだけど、少し失礼じゃない?

 逆によく処刑されなかったね。不敬で処刑されてもおかしくないだろ。


 デュネブに尋ねたところ今は学園入学のちょうど1年前らしい。

 年齢で言えば14歳くらいか。


 ということはまだヒロインたちとの死亡フラグが立っていない。

 時間の猶予があるわけだ。


 それならレグルスを強化していくのもいいかもしれない。


「んで、お願いって言うのはデュネブ、賊の出自と動機を調べて。俺には判明した時だけ報告して」


 俺のお願いを聞き届けたデュネブはぶんぶんと首を縦に振ると、しりに火が付いたように屋敷へと駆け戻っていった。


 これで賊のことで俺が手を出すことはなくなった。


 貴族、ゲームのキャラといっても俺はまだ子供だ。できることに限りがあるのは当たり前。そこは大人に任せる。


「それとガニメデスは俺に剣術を教えてほしい」


 今回の襲撃でわかった。

 もはやこの世界、ゲームシナリオだけじゃない。


 シナリオ通りのレグルスみたいに金にものを言わせて牛耳っていたら不測の事態を切り抜けるはずがない。

 最低でも自分の身を守れるようにしなければ。

 最推しに会いに行くにしても今のままの俺だと不釣り合いだ。


 オタクとして不釣り合いなへなちょこ人間とはたとえ自分自身でも同担拒否である。


「それで……脳の処理終わった? まだ考えたいならそれでもいいけど」


 大口開けて呆けている警備隊長を見るのもすぐに飽きたしなー。

 それに使用人の人たち待っててくれるから早めに決断してほしいところではある。


「いえ! 全力で指導させていただきますっ!! 必ずや一人前の剣士にさせるべく頑張りますので!」


 とまあ、自己防衛のために剣術を学び始めた俺だったがまさかここまで身体能力がないとはね……正直思わなかった。

 悪役キャラ、それも噛ませ犬系だから弱めに設定されているのはわかるけどさあ。


 その日、初めてレグルスの身体能力を感じて絶望することになる。


「こいつ、剣術にも魔法にも向いてねえじゃんか……」


 ──────────────────────────────────────


【あとがき】


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