通じ合う心
「――ショウ!」
今朝、クラス分けのAR掲示板があった場所に、軽バンタイプの白いワゴン車が停まっている。人影が
開け放たれたテールゲートの
「シヅ! 何してんだおまえ!」
「ああ、ちょうどいいところに。
声の主は女性だった。あれ? なんか、思ったより小柄だな。男と揉めたって事実だけ聞いたら、みんな被害者はこの人のほうだって勘違いしちゃいそう。
でも……こんなこと言うのは失礼だってわかってるけど、オレはこれが初対面となった
「……触った?」
「はい?」
「女性不信と恐怖症持ってる人間に、ベタベタ触ったのかって
空気がひりつく。気づけば、りょーちんは車の横で壁ドンの体勢を取り、一歩も
これが善意で手助けをしようとして起きた不幸な事故なら、誤解が解けさえすればきっと丸く収まる。ハネショーも許してくれるはず――
「信頼は積み上げるもの、恐怖は繰り返すことで順化するもの。メンタルの強い殿方と伺いましたが、手を握られた程度で泣きわめくとは口ほどにもありませんね」
そう信じてみんなと事態を見守っていたオレの前で、四弦さんは故意にやったことだと悪びれもせずのたまった。
「貴方に関わった時点で、彼はこちら側の人間です。仲間としてスキルアップを求めるのは当然のことでしょう?」
「俺に言うことを聞かせるための人質、使い捨ての駒。それを仲間って呼ぶんだな。脳みそまで火薬詰まったバーサーカーのくせにお優しいこった」
「口を慎みなさい。貴方の立場と我々との関係をお忘れですか」
「立場と関係性、ね。ちょうどギャラリーがいることだし、ここらではっきりさせとこうぜ」
車内からは時折物音とともに、何かブツブツつぶやく声がする。早く現実に引き戻してあげないと大変なことになりそうだ。
りょーちんとハネショーの間に運命的で特別な絆があることは、さっきの〈エンプレス〉戦でもはっきりしている。
ミドルネーム呼びを許すほど、心を開いた間柄。護りたいもの、護るべきもの。それを目の前で雑に扱われようものならどうなるか、火を見るよりも明らかだ。
「おまえは俺が嫌い。俺もおまえが大っ嫌い。とってもわかりやすい関係だろ?」
こうなると、もう和解なんてあり得ない。淡々と語る相手に対し、りょーちんは淡々とブチ切れていた。
邪魔者を力づくで押しのけるようにして遠ざけると、打って変わって明るい調子で「お邪魔しま~す」と呼びかけながら狭い車内に消えていく。
直後、激しく暴れる音と叫び声が聞こえて、思わずみんな身構える。我に返った徳永さんの制止を振り切り、オレは車のそばに駆け寄った。
「来るな、触るな! それ以上俺に近づくなぁぁっ!」
「大丈夫だ、ショウ。俺の目を見ろ」
「離せよ! アイツが言うんだ、こんな身体に価値なんかないって。サッカーができなくなった俺なんて、俺じゃないって!」
「あんなクズのことは忘れろ。おまえなら、もっといい縁をつかめる」
「シャルルだって、いつかは静岡に帰る。俺より大事なものができたら、きっと俺から離れていくんだ!」
錯乱する幼なじみの両手を押さえつけ、りょーちんがなだめる。泣きながら嫌々をするハネショーに、何度も俺の目を見ろと繰り返した。
「怖い。怖いんだ。また独りなんて嫌だ、殺してくれ!」
「俺の目を見ろ! 見るんだ、正一!」
やがて、抵抗が緩んだ隙を突き、ふたりの影が一瞬重なる。
直後に拘束を解かれたハネショーは、恐る恐る額に手をやって、りょーちんをまだ少しうつろな目で見つめた。
「ああ――やっと、俺のこと見てくれたな」
「あ、あああ……! シャルル、俺……俺……っ!」
「泣き虫は俺の専売特許なんですが。おまえさあ、自分のこと万年二番手だのバイプレーヤーだのって言うけど、ちゃんとエースのお株奪えるじゃん」
「う……っぐ、うう……!」
「大丈夫、俺はここにいる。月を照らす太陽みたいに、おまえの人生を輝かせてみせる。どこにいても、どこまでもしゃしゃり出てやるから覚悟しろよ?」
夜の暗闇に向かって、二本の腕が伸びる。トレーニングウェアを着た背中がしゃがみ込み、相手に右肩を抱き込んでもらう形で手を組ませた。
介助者にしがみつく格好になったハネショーは、そのまま声を上げて泣きじゃくる。りょーちんは何も言わず、ただその頭を優しく撫でた。
ついのぞき見ちゃったけど、しばらく二人きりにしてあげるべきだな。オレは物音を立てないようにそーっと後退し、みんなのところにこっそり戻った。
「女性不信に恐怖症だと? 私と澪は今朝、普通に会話できていたぞ」
「彼の容体については、あらかじめ良平君から聞いていてね。彼が時間をかけて少しずつ慣らしたおかげで、日常生活にほぼ支障ないレベルまで回復したそうだ」
川岸の親父さんが駐車場に停めた車を持ってくる間に、オレと同級生女子三人組は昇降口にまとめてあるという荷物を取りに行った。
よかった、奇跡的に何ともない。みんなで胸を撫で下ろしたあとは、四弦さんの見張りを務める徳永さんと会話しながら時間を潰すことにした。
「あたし、大家さんがそんなことになってたの知らなくて。ファンに囲まれて動けなかったって話の時、無神経に聞き流して……!」
「んー、そんな気にしなくて良くない? マジでヤバいと思ったら、みおりんが視界入った時点で『来るな!』って言うっしょ」
そのさなか、川岸が目に涙を浮かべながら今朝の話を聞かせてくれた。二人の抱える事情、関係性を知らなかったがゆえの言葉や態度。確かに「知らなかった」では済まされない話かもしれない。
でもさ、ハネショーは二人に女性が苦手なこと黙ってたんだろ? それって、普通に接してほしかったからじゃないかな。
「澪君、鈴歌君。正一君はキミたちが許可なく身体に
「でも、あたしは――」
「変に気を遣うほうが、失礼にあたる場合もある。どっかの駿河産チャライカーみたく、人の心にずけずけ入り込んでくるのもどうかと思うがな」
「大家さん!」
「おら、さっさと帰っぞシャルル! 腹減ってイライラしてんだよ俺は!」
声のするほうに目を向けると、車の後ろにハネショーとりょーちんが立っていた。トゲのある言葉とは裏腹に、二人とも晴れやかな顔をしている。
「本来は私から渡すのが筋だが、そう言われては仕方あるまい。良平君、車の助手席にキミの欲しかったものがあるぞ」
「どれどれ……えっ、こんなに? 一匹放流してもこの量なんです?」
「今日の
「ありがとうございます! ショウ、どれがいい? どこから食べる?」
「どうでもいいわ。マジで疲れた……」
たい焼き専門店の紙袋を手に、中をのぞき込んだりょーちんが青い目を輝かせる。その様子にハネショーが呆れ顔をしたところで、車がもう一台やってきた。
「では、澪と鈴歌ちゃんは僕が送って帰ります」
「頼んだよ。四弦君は私が引き受けるが、工藤君はどうする?」
「んぇ~? 車の中でバトらないなら、ハヤトんの車にお邪魔しま~す」
「ハヤトん!?」
工藤にツッコんでふと気づいた。誰もオレに「乗る?」って聞いてくれない。
いや、待てよ。まだりょーちんが残ってる。でも今、ハネショーとめっちゃいい雰囲気じゃん? オレがいたらお邪魔虫じゃん。
第一、この二人が私用で乗る車に、フツーの高校生が同乗するなんて奇跡ある?
「きみたか? 何やってんだおまえ。みんな帰ったぞ」
「あっ、はい。オレも帰りま……――え?」
「何にがっかりしてんだか知らねえが、駐車場はこっちだ。ついて来な」
「
「えっ、ええっ? ていうかりょーちん、今なんて――!?」
あった。ウソみたいな奇跡、ホントにあった! オレ、二人と一緒に帰れるってことでいいんだよな!?
それと、りょーちん。オレのこと、下の名前で呼んでくれた。初めて会ったあの日のこと、ちゃんと
「あ、このたい焼きシャルルのだけど、お前に一匹やるわ。大騒ぎのお詫び」
「なんで!? ショウの分から出すのが筋だろ!」
「迎え遅かった罰で~す。マジで好きなの食っていいから」
「え、えーと……あざっす……!」
街でよく見る黒のステップワゴンも、富士山ナンバーとドライバー補正でカッコよさが数割増して見える。助手席はハネショーの指定席らしいので、オレは中列席にそろそろと滑り込んだ。
夢にはまだ続きがあった。どうかこのまま、時間よ止まれ――。オレは興奮冷めやらぬままに、二人と学校を後にした。
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