戦う理由

「これは、お父さんが自分から望んだことなの?」

「……そうだよ。僕から異動を志願したんだ」

「ペンを剣、法律を盾に、頭を使ってあたしたちの生活を支えるのが役場でしょ? 自衛官でも警察官でもないお父さんが、なんで身体を張ってるの」

「僕の〈五葉紋〉は防御特化型。二百人を超える大所帯に、たった一人の珍しい力だ。それがあるって知った時から、戦おうって気持ちになった」


 川岸はうつむき、声を震わせる。オレもきたいよ、親父さん。

 自分の能力はどう使おうが個人の自由だ。まわりから圧力をかけられたとしても、望まぬ誰かを護らなきゃならない義務なんてない。

 町民オレたちを護ることがそんなに大事か? アンタがやらなきゃいけないことか? アンタには娘を泣かせてまで、護りたいものがあるってのか?


「その力で自分を守れって、町長から命令でもされたわけ?」

「逆だ。町長からはこの町最後のとりでとして、前線に出るなと引き留められた。代わりに攻撃系の職員が若手から――今日見送ったのもその一人だ」

「だったら、どうして!」

「背を向けて逃げたくないからだよ!」


 親父さんが目に涙を溜めて叫んだ。自分はどう生きるか、この命をどう使いたいか――あの出来事以降、悩まなかった人なんて誰もいない。

 募集要件は「殉職じゅんしょくする覚悟がある者」という都市伝説まである逢桜町の公務員で、悩み抜いて出した結論がこれなら、家族に猛反対されるのは目に見えてる。本当のことを黙ってたのは、家族に心配をかけたくなかったからか。


「僕が手を伸ばせば、救える命があるかもしれない。見ているだけなんて耐えられない。誰かを切り捨てた先に待つ未来に、僕は価値を見いだせない」

「だけど……だからって……!」

「嫌なんだ。もうたくさんだ! 戦うことでしか進めないなら、僕は――!」


 すすり泣くような親子の声がピロティに響いた。何か二人に声をかけてやりたかったけど、オレの頭では何も思いつかない。

 と、りょーちんが両手を叩いて「はい、そこまで!」と強引に話を切り上げさせた。残る五人の視線が何事かとストライカーに集まる。


「たらればで話してたらキリがない。こんな調子じゃ真夜中になっちゃいますよ、お二人さん。反省会と親子ゲンカは家でやってください」

「う……そ、そうだね」

「すみません。それと、ありがとうございます」

「別に礼を言われるようなことなんかしてないぞ川岸。俺はさっさとたい焼き買って帰りたいだけ。あと、駅前で待たせてる人拾ってこなきゃ」

「は? ガチ? 好きピよりたい焼き優先すんの良ちゃん!?」

「どうせなら焼きたて食べたいじゃん。七海も一匹どう? おごるよ?」

『問題はそこじゃないぞマスター』


 徳永さんの指示で、大の字になっている葉山先生はりょーちんが大講堂のエントランスホールにあるベンチまで抱え上げて運ぶことになった。

 同時に、「じきたん」アプリを介した町からの指令によって、イマーシブMR上の理論武装がすべて解除される。想像力依存の重ね着レイヤーをまとっている場合、ヒーローや魔法少女みたく変身が解けて元の姿に戻る仕組みだ。

 りょーちんは……あい色のトレーニングウェア着てたのか! ポラリスのサッカーユニ姿もキマってたけど、こっちもカッコいいな!


「よし、いいだろう。そこに寝かせておきなさい」

「置き去りにして大丈夫なんですか?」

「キミのお父上が応援を呼んでくれてね。じきに人がやってきて、特殊清掃と彼の介抱を行ってくれる。彼女も立ち会うから心配は無用だ」

「はい。お任せください」


 サムライの言葉に違和感を覚えて辺りを見回すと、オレたちの右側、大講堂とふたつの校舎をつなぐ小さなホールに、ひとりの女子生徒が立っていた。

 確か、入学式にいたヒューマノイドの先輩。生徒会の人だったっけか。足音ひとつしなかったけど、いつここに来たんだ?


『うわぁ、びっくりした!』

「俺はおまえの大声にびっくりだよ。一ノ瀬、帰りはどこ通ればいい?」

「そちらの階段を上がって右折し、進路指導室の前を通って廊下を直進なさってください。昇降口前に出ます」

「案内ありがとう。ほかに連絡事項はあるかな」

「勝手ながら、皆さんのお荷物はわたしと有志生徒の皆さんで回収しておきました。昇降口前にまとめて置いてありますので、ご確認くださいね」


 一ノ瀬先輩は閉じた黒い日傘を手に、穏やかな笑みを浮かべている。この人も生徒の皮をかぶった徳永さんの手先か? そう思うと、先輩の人間離れしたキレイさが急に怖く感じられてきた。

 もっとも、工藤はそんなこと関係ないようで、警戒心のかけらもなく先輩に抱きつき頬ずりしている。それはそれでどうかと思うけども!


「や~ん、マキにゃんパイセンやっさし~い! 大好きちゅっちゅ!」

「きゃっ! あの、ななみんさん……くすぐったい、です」

『人間とアンドロイドの間でも百合は成立する、と。ひとつ勉強になった』

「勉強すんなし、ヘンタイAI。ボールになって良ちゃんの前に転がれ」

『条件反射的に蹴られるやつじゃないですかやだー!』

「さようなら、お気をつけて。おうちに帰るまでが防災活動ですよ」


 どうにかカオス化する事態を収め、俺たちは連れ立って左手にある階段を上った。先頭の徳永さんに川岸と親父さん、水原、工藤と続いて、最後尾がオレとりょーちん、手代木マネ。インタビューに絶好の機会が到来してしまった。

 あああ、どうしようどうしよう! 何から訊こう? えっと、まずは……


「百戦錬磨で経験豊富なりょーちんに、ぜひお伺いしたいんですが」

「お、質問タイムですか? どうぞどうぞ」

「気が強い女性の機嫌を取るにはどうしたらいいでしょうか!」

「サッカーの話じゃないんか――い!」


 どう切り出そうか迷っているうちに、川岸の親父さんから先に質問が飛んできた。よりにもよってりょーちんにそれ訊く? というかNGネタじゃないのこれ!?


『困りますねぇ川岸さん。フロントの社員が選手にライン越えのピンクな質問しちゃダメでしょうが。立派なハラスメントですよそういうの』

「自分でいた種とはいえ、解決の糸口が見えないんですもん……」

「お気の毒ですが、俺でも〝道〟は見えません。男女関係なく、この手の話は炎上不可避。消火ではなく、延焼を止める方向に動いてください」


 階段の先にあった廊下を右に曲がると、社会科と音楽科の準備室に続いて、先輩が言ったとおり【進路指導室】の看板が見えた。

 「あくまでも一般論ですけど」と前置きして、りょーちんは廊下を歩きながら続きを語り出す。


「まず、こういう時に贈り物をするのは最悪のファウルです。モノでもコトでも絶・対・ダメ! ご機嫌取りなのが見え見えですからね」

「うんうん。ウチ、そんな安い女じゃないんですけどー! って感じ」

「次に、相手の話をさえぎらない。一方的に責められると『そうじゃない!』ってついイライラしがちですが、言い返したらそこで試合終了。まずは相手の気持ちをそのまま受け止めることに尽力してください」

「女は共感を求める生き物とはよく言ったものだ。流華おばさんは特にその傾向が強い。お気に召さない一言が三倍になって返ってくる」

「だったらなおさら黙るべきだな。最後に、正直であること。隠し事をした時点ですでに相手の信頼を裏切ってるんですから、せめて説明責任は果たしましょう」

「そう、そういうこと! あたしもまだ納得してないんだからね、お父さん!」


 水原を含めた女子三人がみんなうなずき、オレの最推しに同意を示す。りょーちん流処世術、効果に個人差はあっても広く通用するとみてよさそうだ。


「相手の気持ちを知れば、自分の心にも変化があるはず。共感の上に生じた想いを伝え合うことで、理解できずとも決断を尊重してくれる日がきっと来ますよ」

「おお……! すごく勉強になりました、ありがとうございます!」

「まあ、それでも納得できない分からず屋には何を言っても通じないんだがね」

「不穏なこと言わないでくれませんかハヤさん!」


 オレたちは談笑しながら廊下を抜け、生徒用の昇降口が見える位置までやってきた。外から誰かの話し声が聞こえたような気はしてたけど、近づくにつれてそれが口論になっている男女の声だと気づく。

 男性が女性を責めているんじゃない。女性のほうが高圧的で、男性に無理を強いてめ事に発展している。


「やめろ! 俺に触るな、近づくな!」

「おとなしくしなさい! 彼に会えなくてもいいのですか!」

「嫌、だ……! 来るなっ、来るなぁあああ!」


 何かにおびえているような絶叫にいち早く気づき、りょーちんが走り出した。手代木マネが慌てて後を追い、女子三人と徳永さんたちを一気に抜き去って校舎の外に飛び出す。

 前を行く大人たちも駆け出し、オレたちはその背中を追って外に出る。全員土足だったことに気がついたのは、すべてが解決したあとだった。

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