side:B-2 その4

「ダメだ。その役目は私がやると――」

「もちろん主役はお譲りしますよ、引き立て役も仕事のうちですから。ただ、一瞬でも〝道〟が見えたら逃がしはしません」

「未知の生命体の相手は経験がありませんが、自分はこの中で最も有事に慣れている身。何かしらお役に立てるはずです。情け容赦なく防衛するとしましょう」

『あの~……』


 部下ちゃんの言葉にみんながうなずいていると、申し訳なさそうに声だけのリポーターが話に入ってきた。落ち着いたのか、また標準語に戻っている。


『あの……皆さんお忘れのようですが、これ、全世界にAI通訳付き動画で同時生中継されてますよ。いいんですか?』

「『望むところだ(です)!』」


 チームが一丸になった瞬間ほど、気持ちいいものはない。そう、俺たちは互いに背中を預けると決めた仲間なんだ。

 人殺しになる覚悟? あるワケない。キャリアを失う不安? それぞれに仕事や立場があるんだから、重さは違えどリスクは同じだ。

 みんな、人生を投げ打ってここにいる。この町を、世界を救おうとしている。こんな壮大すぎるスケールの舞台、目立ちたがり屋なら出るっきゃないだろ!


(それに、女帝サマの好きにさせたらサッカーどころじゃなくなるし、地球上からたい焼きと名のつくモノがあのフォルムごと絶滅させられるかもしれないじゃん。俺の目の青いうちはそんな暴挙許さないぞ)

「――と言いたげな顔をしていますね」

「思考が顔に出るのはいただけないな。ノーファウルだが一匹放流」

「勝手に減給しないでくれませんかね、そこの凸凹デコボココンビ!」


 ピンク色でブヨブヨした表皮を突き破り、巨大なボールから筋肉モリモリの腕が生えてきた。先端は拳じゃなく、鳥のくちばしみたいな極端に長く鋭い爪を備えている。

 何かに似てると思ったら……ほら、あれだよ。女の子の派手なネイルとか、やたら長いクリップ状の髪留め。あれもコンコルドって呼ぶらしいな。


『諸悪の根源はそこの自称女帝だ。シナリオライターに罪はない。混同しないよう注意されたし』

「もちろんだとも。原作者に会ったら、読み物としては面白いと伝えさせてもらおう」

「ぜひそうしてやってくれ。きっと喜ぶ」

じゃなかったらもっと楽しめるんだけどな」

『まったくもって同感ですね!』


 黙って俺たちの様子を見ていた〈エンプレス〉が「けなくていいの?」と微笑む。敵がとがった腕を振り上げたのを見て上司さんが警告を飛ばしたが、その刃先がこっちに向くことはなかった。

 入刀したのは自分の体。腕を器用に使い、麻酔なしで、俺たちの正面から見せつけるように。おびただしい量の血が噴き出し、骨が不気味な音を立ててきしむ。

 とっさに落ちていた鉄板(さっきの多重事故で出た車の屋根とドアの残骸だ)を拾って盾にできなかったら、みんなで真っ赤な洗礼を浴びるところだったぜ。


「お話は済んだ? わたしのターンを続けていいかしら」

『いいわけないでしょ! その前に身体を返しなさい!』

「嫌よ。ハルミには電子の海から実況中継をしてもらうわ。撮影クルーの皆さんも準備をなさって。後世の歴史に残る一戦を伝えられること、光栄に思いなさいな」

「あ、うあ……」

「もっとも――あなたたちがわたしを倒すまで生きていれば、のお話ですけれど」


 肉を切り分ける両腕から、手のひらと足の裏に目玉や口を持つ四肢がうねうねと芽吹き、好き勝手に枝分かれを始めた。

 同時に球体のてっぺんがモコモコ盛り上がり、巨人の両脚が逆さまの状態でタケノコのように生えてくる。それを見た上司さんが「犬神家の一族……」とかつぶやいてたけど、あの独特なビジュアルに例えるとか縁起でもないな!


『皆さん、しっかりしてください! カメラを止めて!』

「おあ~……」


 晴海さん入りのスピーカーが、生気のない目をした同僚たちに向けて必死に叫ぶ。けれど、カメラマンも集音マイク係も涙を流し、半開きの口から泡を吹くばかりで、聞こえているとは思えない。

 だから、俺たちは決めた。この状況を逆手に取ると。


「いいや、止めなくていい。生中継はかえって我々に好都合だ」

『なぜですかSPさん? これは軽々けいけいに報道してよいものではありません。どの口が言うかとお思いでしょうが、町外に被害が拡大する原因になります!』

「だからこそ、だよ。聡明なお嬢さん、キミはどう思う?」

「ここで配信を打ち切ってしまうと、世間は私たちが一方的にやめさせたと邪推する。私たちにとって都合の悪い情報が流れるのを恐れた、とな」


 スピーカーから息を呑む音がした。仕事柄、どうしても大人の発言イコール自己保身に通じるものって疑っちゃうんだろうな。マスコミの悲しいさがだよ。


『た、確かに。情報が限られると、変な想像の余地ができてしまいますね』

「だから、包み隠さず公開すべきだと私は思う。小説は小説らしく手の内を明かし、結末や解釈を読者の想像にゆだねるんだ」

『でも、私はあなたに……』

「もう終わったことです。あなたなら、ありのままを伝えられる。正しい情報をもとに問いかけられる。たとえ武器がなくたって、あなたは言葉で戦える」


 女子中学生の指摘を受けて、晴海さん――晴海ちゃん? 俺と歳が近そうだから、はるみんでいいか。とにかく、彼女がハッとした。偏向報道、マスコミの社会的影響、スポットライトのもたらす光と影。きっと今、いろんなことが頭をよぎってる。

 俺たちはこれから、八十億人の前で人を殺す。強制されて始まったことだけど、自分の意思でそうすると決めたことだ。何があっても、後悔のない選択をしたい。


「――対〈特定災害〉特別措置法、第三条。不可逆的変化により自分の行為の是非を判別し、又はその判別に従って行動する能力を喪失、又は著しく低下した者が人の生命、身体等を害するおそれがあるとき、国家安全保障会議NSCより任命を受けた執行官は、その者を〈特定災害〉として排除することができる」

「急にどうしたの、おじさま? 法律のお勉強?」

「そうとも。キミの侵略を受け、たった今施行されたばかりのね。この日本では人間をやめたモノ、つまり〈モートレス〉を災害として扱うことになった」

「これを合法的に排除できるのは、国から認められた……」

「我々だよ。キミは今、死神と話をしているんだ」


 この国に、人権と生存権を剝奪する法律は存在しない。刑罰としての死刑を除けば、国によって殺される心配はない。

 ただし、それはの話だ。上司さんの話が事実なら、不幸にも〈モートレス〉に変えられた人間は法律上の扱いが「人間」から「災害」になる。


「法解釈とはつまるところ屁理屈の応酬、究極の曲解マウントバトル。こういうのは私が最も得意とするところでね。モノは言いよう使いよう、自衛隊が軍隊ではないのと同じように、刀は立派な防災グッズなのだよ」

「それはさすがに無理があるんじゃ……」

「ではキミに問うが、プレミアムバタークロワッサンたい焼き(チョコレート味)は構成要素が洋菓子だろう。和菓子でないたい焼きはたい焼きといえるのか?」

「狭義では和菓子じゃないからアウトですけど、あの形した鉄板の型で焼いた茶色い粉モノのお菓子ならたい焼き以外の何にも見えませんよ俺は」

「つまりそういうことだよ」


 災害には人権がない。災害なら、被害を防いだり減らそうとしたりするのは当然だし、わざわざ被害に遭いたがる人間なんかいない。災害なら、鎮圧ころして感謝されることはあっても、非難されるいわれはない。

 斬っても、撃っても、蹴飛ばしても、災害ならノープロブレム。執行官とかいうご身分のやつらはこの化け物に対してやりたい放題、治外法権というワケだ。


「とはいえ、彼らは元人間。安らかに旅立つ権利はある。遺族に配慮し、尊厳を守り、可及的速やかに敬意を払って確実に殺すのがマナーだよ」

「うわぁ……気持ち悪い。内閣府はド変態官僚の巣窟そうくつですか?」

「などと背広組われわれの悪口を言いつつ、いざゴーサインが出ると一番槍で飛びつくのが制服組キミたちなんだよなあ」


 突然表に出てきたブラック上司さんは、続けてこうも言い放った。責任とか後始末とか面倒くさいこと諸々は、生き残ってから考えろと。

 その確率を上げるためには、さらに協力者を集めなきゃいけない。高くそびえる金属の柱を見上げ、俺は声を張り上げた。

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