side:B-2 その2

 誰がオフで花見に来てるって? 気のせいだよ、気のせい。他人の空似。確かめる目が(物理的な意味で)無いのに適当なこと言っちゃダメでしょ。

 というか、この人の推しって俺かよ! なんか、こう……自分に酔ってる試合中と違って、シラフの時に褒めちぎられるのはちょっと気恥ずかしいな。


「お断りよ。ベストポジションならなおのこと譲れないわ」

『はああああああ!? あんだ、ほでなすバカでねえの!』

「第一、ハルミは何を根拠に本人だと結論づけたの? 彼ほどの知名度なら、リスペクトが高じてそっくりさんになっちゃうファンがいるかもしれないでしょう?」

『しまった、また……いやいやいや、どう見てもりょーちんじゃないですか!』

「それはどうかな、なにせ連れが侍を模したこの私だからね。ましてここは花見シーズン最盛期の観光地。加えて〈Psychicサイキック〉にはごく自然な自動翻訳機能も標準搭載されている。つまりキミが見たのは海外のコスプレイヤー……」


 反論しかけた上司さんが、俺の顔を見て急に黙った。何かおかしい。自衛官の子は俺を撃ったショックでまだ口が利けず、女子中学生も哀れみの目でこっちを見ている。

 半透明のマネージャーに声をかけると「まだ気づいてないのか……」という答えが返ってきた。何の話をしてるんだみんな? 仲間なら教えてくれてもいいだろ。


「あなた、本名は××××さんっていうのね。フランス生まれ静岡育ち、全世界どこへ行っても引く手あまたなのに、なぜかJ3にいるワケありエース」

「な……、俺の名前とサングラス! いつの間に――」

「わたしはを拾っただけよ?」


 最後に目を向けた〈エンプレス〉の指先が、見覚えのある物体をつまんでいる。言われてみれば、撃たれた瞬間に目の前がパッと明るくなった。衝撃で飛んで見えるメルヘンチックなお星様のせいじゃなかったのか、あれ!


「勝利給をたい焼きで払う東海ステラの悪口はそこまでだ。入った当時はJ1だったし、身元を引き受けてくれた恩義もある」

「気分を害したならごめんなさい。だけど、事実でしょう?」

『最後の一言ですべてを台無しにする、誰かさんのドリブル並みにキレッキレのトークセンス。俺には到底真似できないな』

「おまえ、すぐ他人ひとみつくのやめろよな。犬かよ」

『マネージャーという名の忠犬だぞ』

「いざ即答されると反応に困るな、これ……」


 マネージャーに茶々を入れられた〈エンプレス〉は、再びいら立ちを見せ始めた。相方が言いたい放題言って姿を消したことで、また独りになった俺をにらみつける。


「ご主人様への銃撃を防げなかった劣等機種に言われる筋合いはありません。二人仲良く初手で殺すべきだったみたいね」

『どうする? 〈女帝〉はあのように仰せだが』

「俺は芝生の上でサッカーと心中する予定なのでお断りします。おまえは?」

『マネージャー兼専属フォトグラファーとして、最高の一枚を撮るまでは死ねない。ゴール裏のアンチは黙ってろ』

「だよな!」


 まだ大丈夫。ギリギリでごまかしが効いている今のうちに取り返せば――そんな考えが頭をよぎった瞬間、〈女帝〉はにっこり笑って俺の落とし物から指を離した。

 かしゃん、と音を立てて足元に転がったサングラスの上へ、真っ赤なハイヒールが振り下ろされる。

 一瞬、ただ一度だけ目の前に【E-00:認識阻害無効 デバイスが破壊されました】というエラーメッセージを吐いて、俺を護る最大の盾は砕け散った。


「――あら、まあ。あなたのお洒落なアクセサリー、うっかり割ってしまったわ」

「白々しいな。初めから壊すつもりだったくせに」

「人気も技術も体力もあるのに、四十五分しかピッチに立てない。不当な待遇にいつまで耐えるおつもり? 今こそ、持て余した真の実力を世に示すべきよ」


 橋の上、河川敷、カメラマンが構えるレンズの向こう。この瞬間、無数の視線が俺一人に注がれている。一挙一動を見逃すまいと張り詰めた空気は、さながら決勝点を懸けたPK直前のようだ。

 撮影クルーが小声で「りょーちん、目線こっち!」とささやく。俺は一度深呼吸をし、口を引き結んで、ゆっくりと声のする方へ視線を向けた。


『あれが、本物の……』

「晴海さんもご存知だったか。海外における彼の異名は、あの目の色に由来する。フランスではまた別の名で呼ばれているようだがね」


 ――天空の青セレストブルー

 サッカーとたい焼きに魂を切り売りした神童として、俺の噂は遠く離れた生まれ故郷にも届いていた。わざわざ富士山のふもとまで来てくれたスカウト関係者と対面するなり、開口一番そう評されたのを今でも鮮明に覚えている。

 一点の曇りもない天のいただき。そして、いずれそこに至る瞳。俺という人間の在り方を象徴するパーツであり、俺という選手の代名詞になるだろう――と。


「〈種子シード〉よ芽吹け、光を放て。夢のかけらに火を灯せ」

「何だ? 急に手が光って……」

「大きな、腕輪?」

「――発芽せよ。〈五葉紋〉、励起」


 手の甲をく激しい熱と光で、俺たちは刻まれた印が変化したことを知った。

 直径が手のひらよりやや小さい、三連ブレスレットのような形に連なった光が桜の咲いた手首を囲んでいる。持ち主の人となりをイメージしたのか、鮮やかなネオンカラーのそれらは多種多様な色と形をとっていた。

 上司さんの右手にはまん丸の輪。この人は着物もイカした抹茶色だし、落ち着いた雰囲気には濃い緑色がよく似合う。右手の人差し指を拳銃の引き金にかける自衛官は、右の手首に少し小さめの赤い正方形。キレやす……じゃなくて、熱血仕事人らしいビジュアルだな。

 女子中学生の左手にも、青い正三角形が与えられた。彼女も赤黒い空に手をかざし、光りながらバラバラの方向にゆっくりと回るそれを眺めている。


「おや、キミのは少し様相が違うな」

「お兄さんは二人分よ。次元を超えた素敵な友情には、報いがあってしかるべきだわ。どうかしら、お気に召して?」

『俺の〈五葉紋〉は、お前が代執行する仕組みになっているようだ。つまりお前は実質十画のストックを得たことになるが、使えば負荷は使用者持ち。リスクしかないドーピングだと思え』

「殺す気か! 禁じ手ならなおのこと使っちゃダメだろ」

「右手の桜と五角形、桜色のものがマネージャー君の分か。本人のはどこに?」

「おそらく左脚でしょう。接地面に水色の六角形が三つ重なって見えます」


 中学生の言うとおり、桜のしるしが現れる部位は必ずしも手とは限らないようだ。AIを除けば四人いる中で俺だけがこうなったのは、この危機にで立ち向かえという〝神〟とやらのお達しかもしれない。

 となると、受ける影響は脚力の強化。とんでもない威力の蹴りが出る、なんていうのがベタだけど現実的か。直撃すればゴールポストをへし折り、守護神も裸足で逃げ出す迫撃砲シュート……

 サッカーがまだ遊びだった頃、ミッドフィルダーの幼なじみとそんな妄想をしながらゴール数を競ったこともあったな。懐かしい思い出だ。


 そういえばあいつ、この町にいるんだっけ。しばらく会ってないけど、元気にしてたかな。ボールと縁を切ってなければ、また一緒にプレーしたいな。

 もう一度――あの頃の俺たちに、戻れるかな。


「正確には足の甲よ。両利きと聞いたからどちらに付与しても良かったのだけど、わたしのシミュレーションではこの配置が一番スタイリッシュに見えたの」

「あのさあ、こういうことされると出場停止は当然のこと、選手生命にも関わるんだよね。消せないならせめて非表示にしてくれない?」

『心配ない。見たところ、これは一時的なものだ。今は強制的に表示させられているが、今後はお前が見せようとしない限り人目につかなくなる』


 あいつが駅前に不動産屋を構えてるって聞いたから、俺は桜を見に行くついでに河川敷の屋台でたい焼きを買って、顔を出すつもりでいた。見張りを撒いてまでここに立ち寄ったのはそのためだ。少ないけど、手土産で持ってきた掛川のお茶に添えて。

 町民だから、この騒ぎに気づいてないってことはまずないだろう。俺がここにいるって知ったら、あいつはこの人混みをかき分けて会いに来てくれるだろうか。


『おい、りょう×! 聞こえるか?』

「え? ……ああ、ごめん。ちょっと考え事してた」

『しっかりしろ、戦いはもう始まってるんだぞ。ラフプレー上等、ルールなんてクソ食らえ。どんな手を使ってでも勝ちに行かなきゃならないんだ』


 〈エンプレス〉が「休眠打破、スタンバイ」と発した直後、急に視界全体の明度が低下した。あの薄気味悪いチャイムが、再び頭の中を駆け巡る。


 ぴろん、ぴろん。

 ぴろん、ぴろん。


 そうして、新たなメッセージが俺たちの前に現れた。理解が追いつかぬまま桜のしるしを刻まれたものの、なおも同族殺しに手を染めまいとする俺たちに向けた、一方的な死刑宣告が。

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