トワイライト・クライシス

幸田 績

第1部 終わりの始まり

プロローグ

 ――その日、ふたつの世界がつながった。


 まるで映画か小説、あるいはゲームのキャッチコピーみたいだ、と? ああ、私もそう思っていたよ。実際にあんな体験をするまではな。

 ほんの数年前まで、仮想現実の世界へ飛び込むには「現実から切り離す」というひと手間が必要だった。スマートフォンのカメラをかざす、専用の機器を身体に装着する。カプセルに入る、なんてものもあったな。

 それは、現実と仮想の世界の間に高く強固な壁を築くような行為として私の目に映った。だから、両者は決して相容あいいれず、交わることなく、交わってはならないものである――。私はずっと、そう信じていた。


 だが、次世代型通信機器〈Psychicサイキック〉の登場がすべてを変えた。


 こめかみに小型のICチップと電極を埋め込む手術を受け、麻酔による眠りから覚めた瞬間、世界がここまで一変するとは誰が想像しただろうか。

 空中に手をかざすと、半透明の仮想スクリーンが立ち上がる。文字や口に出さずとも、頭で考えたことがそのまま文章化されて目の前に浮かぶのだ。

 つむいだ言葉を胸に相手の顔を思い浮かべれば、想いはテレパシーとなって発信。ほかの誰にも知られることなく、相手の脳内へ直接「好きです!」と声に出して伝えることができる。私たちの世代では、もっぱら退屈な授業を乗り切るためのひそひそ話に無駄遣いされているがな。

 ほかにも様々な電化製品を考えただけで操作できるようになったり、呼びかければまるで人間のように答えてくれる高性能のAIパートナーが日常生活をサポートしてくれたりするなど、ここ数年で私たちの暮らしはがらりと変わった。どこがどうなったかというと、考え始めたらキリがないので今回は割愛させてもらおう。


 要するに――現実と非現実を結びつける科学の力によって、誰もが超能力者サイキックになれる時代が到来したのだ。


 さて、時代背景についてはこんなところか。ひとまずその前提さえ覚えていれば、私たちの物語を追体験する助けになるだろう。

 そして、願わくばともに見届けてほしい。私たちの生きた証、それぞれの人生が織り成す軌跡を、どうか最後のページまで――。


 これが、仮想現実バーチャルに侵されたある街の現実リアル

 のちに〈黄昏の危機トワイライト・クライシス〉の名で呼ばれる、終わりの始まりの物語。

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