第34話 みぃつけた

「なあ、ダイオウグソクムシ、例の公爵令嬢とはどういう関係なんだ?」


ダスティンがビクトールの新しい研究室に通うようになってから数日が経った。二人とも余計な会話を挟まず黙々と試行錯誤を繰り返していたが、ここに来てずっと頭から離れなかった疑問をとうとう口にした。頭の中は魔法薬のことばかりで、男女の機微にはからきし疎いダスティンだが、年下の弟子が自分より異性関係が進んでいるとしたら、それはそれでゆゆしき問題である。


「どういう関係って……別に変なアレじゃないですよ。腐れ縁というか……」


ビクトールは口ごもりながら否定したが、顔が真っ赤になったのを見過ごすほどダスティンは鈍感ではなかった。


「言ってることと態度が真逆なんだよ!? どこで公爵令嬢と会ったんだよ? いくら同じ学校だって高位貴族とド平民のお前じゃ接点が全くないじゃないか!」


「王太子に仕返ししたいから薬を作れとか頼まれて、もちろん断りましたよ。その程度です……もう勘弁してくださいよ」


ビクトールは閉口したように答えたが、その態度が余裕を失ったダスティンから見たら随分生意気に映った。


「その程度で、お前が今からやろうとしていることはつり合いが取れないんだよ! こうやって協力してやってるんだから洗いざらい白状しろ!」


ダスティンはそう言うと、ビクトールの両肩を掴んでぶんぶん体ごと振り回した。


「ちょっと! そんなに振り回したら目が回ります! 先輩が想像しているものとは多分違いますよ! 色んな意味で望みはないし……それならせめて……と思って」


「お前重いよ! よく分かんないけどすごく重いことになっているよ! 相手はこのこと知ってるのか?」


ビクトールはうっと答えに窮した。


「ほら! やっぱり知らないじゃないか! お前一人で何突っ走ってるんだよ! 向こうも本当のこと知ったら絶対嫌って言うに決まってるよ!」


ビクトールはうつむいたまましばらく黙っていたが、やがてぼそぼそと呟くように口を開いた。


「……先輩も貴族だから分からないんですよ。身分の差がどれだけ生き方に影響を与えるか。俺は、スラム街の底辺なのに魔法が使えたばかりに地獄のような暮らしをしてきました。そんな世界から抜け出したいと思い魔法学校に入ったら、貴族の世界はそれよりも汚かった。生まれながらの貴族でなければあの世界で生きるのは無理です。結局どこにも居場所がない。でも、そんな俺が不世出の魔法使いの出した謎に全力で取り組むんですよ。すごいでしょう? ワクワクしません? 前にリリアーナに証拠の残らない毒薬を作れと言われた時より興奮しました。だって明らかに前人未到ですもの。こんなこと言うのはおこがましいですが、正直言って今の世の中で成し遂げられるのは俺しかいないと思っています。命を懸けてでもやる価値があると思うんです」


そう言うと吹っ切れたように笑って見せた。その笑顔が余りにも眩しかったので、ダスティンは、ビクトールが手の届かないところに行きそうな気がして背筋が凍った。


「我儘なのは十分承知しています。先輩の好意を利用して自分のエゴを満足させているだけなのも。ギャレット家に忠誠を誓うなんて言っておきながら、全て手の内を明らかにしないで、利用しているだけなんですよ。あざといでしょう? リリアーナのことだって時々分からなくなるんです……自分の野望に彼女を巻き込んでるだけなんじゃないか、でも彼女なら喜んで着いてきそうなのが怖くて……」


ダスティンは複雑な表情のまま黙って聞いていたが、やがて重々しく話し出した。


「……そこまで考えているのなら、いっそのことエゴを貫けよ。中途半端が一番よくない。相手は化け物レベルの魔法使いだ。一瞬でも油断したら負けるぞ。いいか」


ダスティンは一旦ため息をつくと、今度はビクトールを睨むように見据えて言葉を続けた。


「勘違いしないで欲しいが、俺はお前のヒロイックな夢を叶えるために協力してるんじゃない。生かすためにここにいるんだ。どうせとかせめてとか刹那的なことは考えるな。お前は自分が思うより周りから支えられてるんだ。一人で生きている振りをするな。もっと貪欲になれ。生きることだけを考えろ」


ビクトールもまっすぐダスティンを見つめた。本当にこの人には感謝してもしきれない。ビクトールがこれからやろうとしていることを十分理解した上で言ってくれているのだ。ビクトールは胸がいっぱいになって言葉が出なかった。何度も深呼吸して心を整えた後、やっと「ありがとうございます」とだけ言った。


「今日は久しぶりに自分の家に帰るわ。しばらく戻ってなかったけど、家賃は払い続けていたから追い出されたりしないだろう。お前もそろそろ帰れよ。家族が待ってんだろ。お前を待っているのは公爵令嬢だけじゃないことに気づけよ」


ビクトールはしばらくその場に立ち尽くしたまま、ダスティンの言葉をかみしめていた。


**********


「いやあ~~もう信じらんない、フローラ様が来てくれるなんて! みんなに会ってもらえますか!? きっと大騒ぎよ!」


「そんなに事を荒立てたくないの。今日は急いでいるからまた後でね」


フローラは内心ピキピキしながら浮かれるデボラの話を受け流していた。こちらはそれどころではないのだ。せっかくの獲物を前にして油を売っている暇はない。


「さっき聞いたら、あいつは地下の貯蔵庫にいるみたいです。こちらに呼びましょうか?」


「いいえ、私の方から伺うわ。ありがとう、下がっていいわよ」


普通客人が貯蔵庫まで足を運ぶなんて考えにくい。デボラはさすがに何か変だと首をひねったが、フローラは有無を言わせず彼女を下がらせた。自分から袋小路にいてくれるなんて願ってもないチャンスだ。その場で一気に蹴りを付けてリリアーナを捕らえたかった。


フローラが地下に繋がる階段を降りて行くと、一か所だけ灯りの付いている場所があった。あそこにリリアーナがいるのだろう。高揚する気持ちを抑えながら足音を忍ばせて近づく。扉が開いたままの貯蔵庫を覗くと、金髪の後頭部が見えた。何か探し物をしているらしい。


「お久しぶり、リリアーナ様。こんなところでお会いするとは思いませんでしたわ」


リリアーナは、はっと弾かれたように振り返った。なんでフローラが? どうやって入って来たの? 居場所を見つけられたのも驚きだが、防御魔法が厳重にかけられているのにどうやって突破したのか分からない。真っ青な顔で混乱の余り言葉が出てこない様子を見て、フローラはほくそ笑みながらリリアーナの前に立ちはだかった。


「何も後ろ暗いことがないのなら正々堂々と出てきたらどう? いくら探しても出てこないから私の方から迎えに来ちゃいましたよ。さあ、一緒に行きましょう」


フローラは笑みを絶やさぬままリリアーナににじり寄り手を差し伸べた。リリアーナは間合いを詰められないように後ずさったが、背中が貯蔵庫の棚にどんと当たり、それ以上動けなくなった。その音を聞いてフローラの笑みはますます深くなった。


「手引きしてくれる子がいたからよかったものの、ここまで来るのに苦労しました。ギチギチに防御魔法がかかってましたもの。どうせあのスラム街の特待生がやったんでしょ? 王太子に捨てられたから今度はド底辺の平民に乗り換えたわけ? ほんと、下品な女」


フローラがそう言った直後、突然爆発音と共に彼女の体が吹っ飛ばされた。尻餅をつき頭をぶつけて一瞬頭が真っ白になったフローラは、その隙にリリアーナが逃げていくのを目撃した。


(何なの、あの女? こんな魔法が使えたの?)


リリアーナは無我夢中で地下室の階段を駆け上った。とにかくこの状況から逃げなくては。ビクトールがくれた魔力が封じ込められたネックレスを使って、先ほどの術をかけた。術のかけ方は知っていたが自分の魔力では足りない分を、ビクトールの魔力で補った形になる。


いざと言う時のため、そして彼の存在を間近で感じていたいという気持ちもあって、ネックレスは肌身離さず着けていた。逃げながら手で触って確認すると、数珠になっている天然石が一個ひびが入っている。今ので一回魔力を解放したのだろう。狭い場所だったので周りへの損害を考えて小規模な爆発しか起こせなかった。これでは目くらまし程度にしかならないだろう。


ここに自分がとどまれば子供たちを巻き込んでしまう。レディ・ナタリーは留守にしており、他の大人も魔法を使える者はいない。いたとしてもフローラに勝てるはずがないだろう。標的はリリアーナなのだから、一刻も早く遠くへ逃げる必要がある。


リリアーナは建物の外へ出たものの、ここからどう動けばいいか分からなくなり立ち止まった。と、その時、今度はリリアーナの方が爆風で吹き飛ばされて地面に身体を打ち付けることになった。


「リリアーナ様、みぃつけた。駄目じゃない、碌に戦えないんだから早く逃げなきゃ」


痛みに呻きながら振り向くと、フローラの醜く歪んだ笑顔が目に飛び込んで来た。何とかこの状況を打破しなければ。リリアーナはネックレスを握りしめながら懸命に頭を働かせた。


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