第21話 平和な日常の終わり

朝家臣が起こしに来たのに何度呼び掛けてもルークは起きようとしない。すぐに王宮の侍医が呼ばれ診察したところ、何らかの呪いによるものと診断された。普通このようなニュースにはかん口令が敷かれるはずだが、どこからか情報がリークされその日の午後には、王室に近いところから貴族の間に広まって行った。


もちろん、魔法学校にも激震が走った。ルークはこの学校の2年に在籍する学生でもあるから、ある日突然生徒が謎の呪いで欠席したとなったら他人事ではいられなくなる。中でも婚約者のフローラの受けた衝撃はとんでもなく大きかった。登校してからその知らせを聞くと、激しく取り乱して早退した。当然、学生たちは授業どころではなく、みな何も手に付かずその話題一色となった。


「おい! どこ行ってたんだよ! 探したんだぞ!」


昼休み、カイルがビクトールの研究室に飛び込んで来た。いつものカイルらしくなく、汗だくで冷静さを失っている。一方のビクトールは、いつもの椅子に座り実験器具が並んだテーブルに頬杖をついて考え事をしている最中だった。


「図書室に行って調べものをしていた」


「そんな悠長なことやっていられるか。王太子のニュースは聞いたか?」


「もちろん。ここが真っ先に疑われることも想定済みだ。だから図書室に行っていた」


「は? 図書室? とにかくここにいたらまずいんじゃないか?」


「そうだな。だからこないだ言った、研究室の移転を一刻も早く進めたい。あの女が我に返ったら真っ先に襲撃してくると思った方がいい。それ以外にも事態が急展開したせいで忙しくなりそうだ。そこで、改めて頼み事があるんだが聞いてもらえるか?」


「お前、俺のこと便利屋扱いしてないか?」


次から次へと繰り出されるビクトールの要求に、カイルは眉間に皺を寄せた。これではどちらが使われる立場なのか分からない。


「元はと言えば、お前が持ち込んだんだぞ。その責任を取ると思って聞いてくれ」


厄介ごととは言え、あのビクトールが自分に何かを頼むなんて今まで考えられなかった。余りに珍しかったので、カイルは思わず彼の話を聞いてしまった。


「実験室の移転の話はさっきしたよな。あと3つある。実現性の高いものから順に説明するから聞いてくれ。1つめ。ある人物の消息を調べて欲しい。これはお前の家の情報網を使えば難しくないだろう。2つめ。リリアーナの家族に会わせて欲しい。俺だけなら会ってくれないだろうが、お前と一緒なら何とかなると思う。3つめ。これが一番難しい。俺を魔法技術省に研修生として入れて欲しい」


「えっ!? 魔法技術省に? 一体なぜ?」


「ある魔法薬を調合したいんだが、ここでは調べられない。禁書扱いだろうから、学校の図書室にはないんだ、ダメ元でさっき見てきたが予想通りだった。ここより充実している所と言ったら、他には魔法技術省しかない。しかも門外不出の禁書を閲覧したい」


「何言ってんだよ! そんなの無理に決まってるじゃないか!」


「分かってる。でもやらなきゃ駄目だ。リリアーナが」


「リリアーナが何だって?」


カイルはここでリリアーナの名前が出てくるとは思わなかった。


「リリアーナが危ない」


「一体どういうことだ! 今はルークの話をしてるんだろう!」


「まだ憶測の段階だから何も言えない。すまないが黙って言う事を聞いてくれ。ただ一つ言えるのは、王太子を救うためにはリリアーナが必要になるということだ。もしかしたら、彼女の家族も同じことを考えて彼女を保護するかもしれない。今日学校に来てないだろう?」


そう言えば、今日リリアーナに一度も会っていないことにカイルも気付いた。


「多分王室に取られないように、娘を匿っているんだ。でもそれだけじゃ何も変わらない。事態を打開するには今言ったことが必要なんだ。頼む、カイル。父親にも頼んでくれ」


カイルは何と言ってよいか分からなかった。こんな無茶な要求、ギャレット家の力をもってしても難しい。しかし、短時間でビクトールがここまで考えたことも驚異的だった。できれば彼の役に立ちたい。その気持ちに嘘はなかった。


「……分かったよ。ダメ元でお父様に頼んでみる。俺だけじゃ無理だからお前も一緒に来い」


「もちろんだ」


ビクトールは微かに微笑んだ。こんな状況でも微笑んでいられる胆力にカイルは内心舌を巻いた。


「ああそれと——」


「まだ何かあんのかよ!?」


「ありがとう。色々無茶を言ってすまない」


最近ビクトールが素直になりすぎて怖い。こんな奴ではなかったはずなのに。


「礼を言うのはまだ早いよ。やっぱり駄目かもしれないし」


「そうだとしても話を聞いてくれただけで嬉しかったから」


ビクトールはそう言ってまた微笑んだ。やけにすっきりした笑顔だったので、カイルは逆に得体の知れない不安を抱いてしまった。


**********


「一体これはどういうこと?」


朝、学校に行こうと準備を終えたリリアーナは、無理やり部屋に押し戻され、何重にも結界を張られて部屋から出られなくなってしまった。


「これもお前を守るためだ。しばらくこのままでいてくれ」


ナイジェルが最後の結界を張り終わって一息ついてから言った。


「訳も分からず部屋に閉じ込められるなんて納得できるわけないじゃない! 理由を教えて!」


「ルーク殿下が何らかの呪いにかかって目を覚まさないらしい」


何ですって? リリアーナは驚きの余り息を飲んで、二の句が継げなかった。


「この状況で真っ先に疑われるのはお前だ。公衆の面前でこっぴどく婚約破棄されたんだからな。こんな屈辱を受ければお前が強い恨みを抱くと誰もが思うはずだ。外に出たら無理やり身柄を拘束されるかもしれない。だったら家にいる方が安全だ」


「誰が身柄を拘束すると言うの?」


「そんなの王室の人間に決まっているだろう」


「私何もしてない! だったら正々堂々としている方がいいじゃない!?」


「状況的にお前が一番怪しいのは一目瞭然だ。誰しもそう考える。王室に身柄が移ったらどんな目に遭わされるか分かったもんじゃない、いくら血縁的に繋がりが深い公爵家といえどもだ。しばらくここでおとなしくしてるのが最善だ」


ナイジェルはそれだけ言うと、リリアーナの前から姿を消した。後には彼女一人だけが残された。食事や生活に必要な物はきちんと届けるから心配ないというが、そんな問題ではない。いつまで部屋にいなければいけないかも分からないし、到底納得できるものではなかった。


ルークが目を覚まさないというが、それがどうして自分の自由を奪われることに直結するのか理解できない。混乱の渦に巻き込まれたリリアーナは、なす術もなく呆然とその場に立ち尽くしていた。


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