04 美人な女性の正体は変態だった

 

 気がつくと、知らない天井が見えた。

 布団も違うし、ちょっと変な匂いがする。

 視界の端からは朝日が窓掛に濾されて部屋を青色に染めていた。


「うぅっ……」


 記憶がごっちゃになってる。

 頭が痛い……。あれから、どうしたんだっけ。

 食べ物を食べて、飲み物をのんで、ちょっと苦くて。

 …………苦くて……?


「酒、飲んだ……?」


「ノンアルコールをね」


 聞いたことのある声が聞こえた。


「この声……蒼央さん……?」


 そうか。なにかあったかわからないけど、蒼央さんの家なら安心だ。

 のそと体を動かして横を見ると、そこには──見知らぬ女性がいた。


「や"っ"ほ"〜。心音クン。よく寝てたね”」


 酒やけした喉から出てきた声はガラガラで、キレイな髪はボサボサで、寝間着なんてものはなく、肩から肌着がずれ落ちてる。

 あと、なんか……全体的に縮んでいる。物理的にも感覚的にも。


「……?……?……??…………あ、あぁ、妹さん、ですか?」


「違うわい」


「……わい」


 くあ、とあくびをして、起き上がった蒼央さん(妹?)はなんと上裸。

 でも、なぜか全くエロスを感じない。何故だろう。おかしいな。


「ノンアルコールで酔っ払うとは、思わなかったよぉ〜……ははは”」


 ぼさぼさな髪の毛をぼりぼりと掻き、蒼央さん(妹?)がベッドからのそりのそりと降りると、ペットボトルや缶が蹴飛ばされたような音が聞こえた。


「うげ、蹴っちゃっだぁ"」


 床にゴミが散乱してるらしい。

 ニオイの原因はそれか。コンビニ袋の中に空の弁当の容器が見える。

 それらを慣れた足取りで避けて、少しキレイに整えられている椅子にドスッと座ると、背もたれにかけてあった上着を羽織った。


「うぃ〜……ぃ"」


「えぇっと……」


「ん?」


「妹さんは……」


「蒼央だっで。一緒にご飯食べたあ"お"っ"」


 ジィと見る。いや、嘘だ。絶対に縮んでる。

 こんな子どもがあの蒼央さんな訳がない。昔に家の中では縮む二次元のキャラクターがいた。が、あれはフィクションだ。実際に縮む訳が……


「もしかして、UMA……」


「人間じゃい」


 ……深く考えるのはやめよう。とりあえずはそれよりも……。


「それで、なんでぼくはここに?」


「私が連れて帰ったから」


 そりゃあそうか。


「……ちなみに、それはなんでです?」


「言ったでしょ? ベロベロに酔っ払ったからだよ」


 なんだ。ちょっと安心した。酔っ払ったから家で介抱をしてくれ……て。

 布団を捲ると、自分の下半身が脱がされていることに気がついた。


「あとは、キミが男の娘だからだよ」


 バッと顔を上げた。


「男の子だから……?」


「そう」


「変態だ……」


 変態と呼ぶとニマと表情を綻ばせた。喜ぶタイプの変態だ。




 どうする。逃げるか。

 いや、逃げるにしたって、通路側にいるのは蒼央さんだし。


「とりあえず、今日も大学があるんでしょ? 準備をするにもそろそろじゃない?」


 時間を壁にかかっていた時計で確認。

 朝の7時30分。1限目があるのは9時からだから。


「……やば、準備しないと」


「家近いから大丈夫だよ。ン、ほれ」


 蒼央さんが手に摘んで見せてきたのはボクの学生証。

 

「えっ、ちょっ、はっ……」


「……ふふ」


「ソレを使ってエッチなことさせようとしてる……?」


「家に送り返そうと思って探したの! 不可抗力!!」


「下半身も脱がしてますし」


「それは、酔っ払ってたから、おもらしとかしたらダメだと思って……男の子の生態わからないし。パンツとズボンはそっちにあるから!」


「だとしても……」


「いーから、ほら! そのゴミの海を乗り越えてこっちに来なって」


「……はぁ、掃除くらい、してください、よっ」


 投げられていたパンツとズボンを履いて、軽快なステップを見せる。

 で、学生証の前で手がヒラッと踊った。


「え」


「コレが返してほしかったら、また、私の家にくるって約束しなさい」

 

 なにを言ってるんだろうか。聞き間違いか?

 いや、これ真剣な顔してる。にやにやと笑ってるけど。


「……えーっと……」


 渋ると今度はスマホの画面を見せてきた。そこに写っていたのは、寝てるボクとのツーショット写真だった。


「は、反論するのは!! ダメだから!!」


 えーっと……これは、つまり……?

 

「未成年を連れ込んで、脅迫──」


「け、警察に言うのも違うから!!」


「そんなにまた来てほしいんですか……?」


「…………うん」


「なんで……と聞いても?」


 目を合わせると、蒼央さんは淡い桃色の瞳を閉じて、ため息をついた。


「やっぱり、忘れてるかあ。昨日あれだけラブコールして、口説き落とせたと思ったのにさぁ〜……」


 スマホを凄い速度でいじって動画を流し始めた。すると酔っ払ったような自分の姿が映し出されていた。

 すさまじい手ブレの中、居酒屋のような場所でボクが頬を赤らめて座っている。


『ほら、なんて言ったか。もう一回! どうぞ!』


『ぼく、木下心音はっ。蒼央さんのところで、小説のお仕事のお手伝いをすることにしました!!』


『よく言った!! これ言質な! 言質!!』


『まっかせてくらさいおぉ……ご飯、奢ってくれたし……美人だし』


『びっ!? じん……かは、まぁ、その……ええい!! 終わり!! 以上、心音くんからのお言葉でした終了っ!』


 そこで画面に動画の再生マークが戻ってきた。動画は終了したらしい。


「…………しょうせつのおてつだい……?」


「そ」


「蒼央さんは小説家なんですか……?」


「うむ」

 

「なのに倫理観がないんですか?」


「……りんりかん?」


「酔っ払った相手の言葉を言質って……」


「ちがっ! ちがう!! ちがくないけど、でも、そういうことだから!! 了承は得てるの!!」

 

「……」


「ほら! 大学が始まっちゃうぞぉ〜? これ、必要でしょ? だったら、ほら、悪いこと、しないから、さ?」

 

 餌をぶら下げるようにゆらゆらと揺らして。

 自分がなにをしたかは分かってるみたいだ。倫理観はあるらしい。


(やばい人であるのは変わりないけど……)


 大学をサボるのは避けたい。

 置いていかれたら頼る友達もいないし……。普通に内容難しいし。


「……分かりました」


「じゃあ、動画回すから! ちゃんと! ほら! 言質を」


「来ますって! スマホ下げて!」


 なんとか説得して学生証を返してもらって、そのまま玄関に向かう。

 ここもゴミだらけ。靴も散らかって……あ、ボクのだけは揃えられてる。


「……」


「約束だよぉ〜……?」


 ズビズビと鼻水を出しながら薄着で見送りにくる蒼央さん。


「分かりましたって」


 それに適当に返事をして玄関の扉を開けるとそこは通路だった。

 

「……?」

 

 なんだ? ホテルか? いやマンションか?

 とりあえず、あっち行ってみるか。一階がフロントだろうし。


「絶対来てねぇー……?」


「はいはい」


 グズグズ言いながら顔を覗かせてきた蒼央さんに手を振る。


「心音くん……待ってるからね」


 結局、エレベーターまでついてきた。なんなら一階のボタンも蒼央さんが押した。

 小さく手を振ると、鼻水垂らしながら手を振ってきた。


(よし、えーと、とりあえずは早く家に帰って、服を着替えて……)


 ──ピーンッ。


「え」


「心音くんっ!! 絶対!! 来てね!!!」


「あ」


 扉がしまった瞬間、ボタンを連打した……?? 


「心音くん!!」


「あー、もう、来ますって」


「約束だよっ!?」といいながら、蒼央さんはスマホを構えている。


(言質……)


 ズイと小指を出してきたので、諦めて小指を出した。

 すると一気に上機嫌になり、ゲヘヘと独特な泣き笑いをしながら絡めてきた。


「んっ……やくぞぐだ」


「言質なんて取らなくても来ますって」


「口約束ほどっ、こわいものはないの"っ"!」


「……はいはい」


 蒼央さんは言質を取れたことに満足したのか、無事にエントランスホールに着いた。

 

(ここからは……時間との勝負っ……!)


 スマホを開きGPSを頼りに家に帰ろうとして……スマホの右上で目が止まった。


「えっ……いま、8時20分……」


 壁掛け時計の時刻は……だって、7時30分だったし。


「いや……さすがにスマホの方が正しい、か……」


 蒼央さんの家の時計、めちゃめちゃ遅れてる……。


「ってことは……えーと」


 スマホ上のGPSは徒歩での時間を示している。

 ここから大学までが15分。家までが20分。

 家から大学までは40分弱。大学から最初の授業のある教室までは──……。


「あ、え……この格好のまま大学にいかないと間に合わない……?」


 出席するにはそれしかない……。


 

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