女装をした陰キャ、時給2000円でママになる。

久遠ノト

第一章:小説家とVtuberと友達と

1-1 ただ女装をしただけなのに

01 変わらない日々




「人生一回きりなんだから、楽しまないと」


 って贅沢な言葉を、液晶越しに聞く機会が度々ある。

 でも、実際に会う人間にその言葉を言われたことは今までにない。

 堅実に生きなさい。みんな苦労してるんだから。

 そんな言葉が溢れる日常を送っていた。


(あ、姉さんは「わたしは好きに生きる!」とは言って、家出したか)


 鳥が泣いて、太陽がコンクリートを突き刺し、遠くの風景が歪んで見える。

 ジジジとHPが秒単位で減りそうな暑さ。まだ、4月だぞ。

 相変わらず自動販売機は赤いし、木陰は涼しいし、雲の無い晴天を恨めしく見上げた回数は覚えてない。大学の校内では仲良しグループが肩を小突きあって歩いてるし、掲示板にある張り紙も期限が過ぎてる。上から見る飯屋の行列は外にまで続いてる。

 いつもの風景。脳みそも処理になれて、特段意識させてくることもない。


(ボクにとって楽しいことってなんだろう。やりたいことってなんだ)


 リュックに入れた教材を揺らし、廊下を歩いて、扉を開け、後ろの窓際に座る。

 講義を聞いて、ルーズリーフにメモをして、ファイルに綴る。


(”楽しむこと”自体は”好きじゃないこと”でもできるとは……思う)


 視線を縦長の窓の外へ投げるようにして外の様子を眺めた。

 大学の先生が歩いてたり、中庭の木をキレイに切ってる人がいる。 

 教室内では、遠いところで教授が騒がしい学生を注意して、途中参加の遅刻組に雷を落としている。彼らは後ろの方に座って、先に居た友達のレジュメを見ながら、授業に参加。


(楽しむっていうよりかは、ストレスがない生活を望んでるんじゃないのかな。ストレスを感じずに生きるとしたら……どんな生活が良いんだろうか)


 そんな変わらない環境で変わらない日々を送りながらの自問自答。

 なんてことのない日常だ。これが毎日つづいている。

 ペンを手先で遊ばせて、はぁ、とため息をついた。

 

(友達がいる人は盛り上がれていいですね)


 みっともない『ひがみ』である。




 ボクの名前は、木下心音きのしたみおと。そこらへんにいる一般大学生だ。

 いや、違う。一般大学生以下の大学生だ。


 なぁなぁで高校生活を送り「人生の夏休みを楽しめ」と言われて大学に入った。

 新歓祭という謎行事は無事に終わり、サークルの勧誘も控えめになり、同級生の「友人づくり」の熱が冷めてきたと感じる。


 まぁ、ボクは見ての通り「友人」と呼べる人間はいない。


 大学生って華々しいイメージがあった。

 サークル活動して、バイトして、後半は真面目に就活して──とかなんとか。

 それが、一年生の春に崩れ去るとは思っても見なかった。


(サークルに入らないと友達できないって知ってたら……頑張ってサークルの新歓祭に行ってたかなあ)


 いや、家でゆっくりしたかったから、行ってなかったかも。

 高校生までは「ホームルーム」があったから、クラスってのがあった。

 でも、大学はそんなのがない。新歓祭期間中にサボったボクはこの通り。

 

(この生活があと4年も続くのか……)


 大学来たの失敗だったかなぁ。

 かといって、辞める勇気もないし。講義は今のところ楽しいし。

 

 天井を見上げると、プロジェクターが天井に飲み込まれていった。

 自分の桃色髪が視界に映る。長くなったなあ。髪切るの地味に高いんだよなぁ。


「……はあ〜。ストレスなく生きる……って難しいよなぁ」


 講義が終わった。ぞろぞろと学生たちが出ていっている。


(猫とか犬になりたいなぁ。衣食住の心配をしなくてもいいし……)


 でも、ボクにあんな愛嬌はないしなぁ……。


「石油王か金持ちの優しい人に拾われたいなぁ」


 そんな現実味のないこと考えるだけ無駄か。

 ……はぁ、次のコマはどこの教室だろう。


「あ、いたいた〜。心音みおとくん!」


 みおと……あ、ボクか。この人だれだっけ。

 同じ学部の……えーと。


「お願いがあるんだけどサ……人が集まらんくて、合コンに来てくんないかな?」


「…………。……え”っ”?」


 ぼやけていた風景が鮮明になった気がした。

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