俺と魔女との邂逅録 ～あとは野となれ山となれ～

第20話 ガラス越しに

「メイちゃん、っていうんですね。可愛い名前」

「……」

「……なんか、私、嫌（きら）われてます？」

　理由はよく分からないけど、メイは中乃瀬（なかのせ）さんのことを良く思ってないみたいだな。

「どうしたんだ？　メイ。珍（めず）しく大人しいな」

「別に。そんなことない」

　いや、明らかに機嫌（きげん）悪いし。

　なんなら、俺に対する当たりもちょっと強くなってる気がする。

　俺達が何かしたっけ？

　不貞腐（ふてくさ）れてる彼女にしつこく話しかけても、余計（よけい）に刺激（しげき）するだけかもしれないしな。

　そう思った俺は、しばらく彼女のことは放っておくことに決めた。

　すると、俺と同じ結論（けつろん）に至（いた）ったのか、隣（となり）を歩く中乃瀬（なかのせ）さんが俺に声を掛けてくる。

「あ、あの、茂木（もぎ）さんはこうなる前まで、何をされてた方なんですか？」

「俺は普通の会社で営業（えいぎょう）をしてたサラリーマンですよ」

「営業……すごいですね。私には、できない仕事です」

「そういう中乃瀬（なかのせ）さんは、何をされてたんです？」

「私は、イラストレーターをやってました」

「ほう！　ってことは、中乃瀬（なかのせ）さんの絵（え）を俺は見たことあるかもしれないってことですね」

「そう、ですね……もし、茂木（もぎ）さんがゲームをされる方なら、あるいは……」

「ゲームですか。正直、社会人になってからはしてなかったですね。接待（せったい）に次（つ）ぐ接待（せったい）で、時間が無かったものですから」

「やっぱり、大変そうですね」

「いえいえ」

　なんだろう。

　彼女は営業という仕事のことを過剰（かじょう）に難（むずか）しく捉（とら）えてる気がする。

　俺からすれば、イラストレーターの方が難（むずか）しいと思うけどな。

　まぁ、俺がそう思うのも、お互（たが）いさまってコトなのかもしれない。

　と、そんなことを考えているうちに、丁度良さそうな店の前に差し掛かった。

「この店にしようかな。中乃瀬（なかのせ）さん、俺はちょっとこの店で服を調達（ちょうたつ）するので、その辺の店でも見て待っててください。メイは、彼女の護衛（ごえい）を頼むな」

「……うん。分かった」

　渋々（しぶしぶ）と答えるメイは、もはやその態度（たいど）を隠（かく）すつもりは無いらしい。

　苦笑（にがわら）いする中乃瀬（なかのせ）さんを置いて行くのは少し気が引けるが、ここは敢（あ）えて少し距離（きょり）を取っておこう。

　もしかしたら、俺がいない間に２人の距離（きょり）が縮（ちぢ）まったり……はしないか。むしろ喧嘩（けんか）してるかもしれないな。

　そうして逃げるように店に入った俺は、かといって悠長（ゆうちょう）に服選びをするつもりは無い。

　あんまり長い時間、２人きりにさせるのも悪いからな。

　自分のサイズに合いそうな服を適当（てきとう）に籠（かご）の中に入れていく。

　一通りの服を揃（そろ）えた俺は、無難な服に着替えておいた。

　さすがにもう、ボロボロのスーツじゃ活動できないし。

「よし、こんなもんだろ」

　着替（きが）えも終わったし、持って帰る服の調達（ちょうたつ）も終わった。

　とすれば、この店にもう用はない。

　すぐに店を出た俺は、近くの店に２人の姿を見つけてそちらに駆（か）け寄った。

「２人とも、戻ったぞ」

「あ、ハヤト！　ねぇ、これ、どう思う？」

　あれ？　なんか、メイの機嫌（きげん）が良くなってる？

　気晴らしに服を見てるうちに、怒（おこ）ってたことを忘れたのかな？

「おぉ、それ良いな。かなり似合ってる」

「ふふふ。似合ってるって！」

「良かったですね、メイちゃん」

　ん？

　服を褒（ほ）められたメイが、どうして中乃瀬（なかのせ）さんに報告（ほうこく）するんだ？

　もしかして、本当に仲良くなってたり？

　いやいや、そんなことないよな。どうやったらそんなに早く仲良くなれるんだよ。

　なんてことを考えながら、俺が驚（おどろ）いていると、メイがちょっとだけ得意げに告げた。

「これ、志保（しほ）が選んでくれたんだよ！」

「し、え？」

　まさか下の名前で呼ぶなんて思ってなかったよ。

　とまぁ、ここまでの流れで俺が戸惑（とまど）ってることを察（さっ）してくれたらしい中乃瀬（なかのせ）さんが、少し恥（は）ずかしそうに説明（せつめい）してくれた。

「服装（ふくそう）を考えたりするのも、仕事でやってたので」

　いや、説明して欲しいのはそういうコトじゃないんだけどな！？

　まぁ、たしかに、イラストレーターをやってただけあって、メイの今着てる服はすごく似合ってると思う。

　でも、そこじゃないんだよなぁ。

　まぁ、良いか。

　俺が着替（きが）えとかしてる間に、彼女たちの間でどんな会話が交（か）わされたのか、深く問うのはやめておこう。

　なんか、その方が良い気がしてきた。

「なるほど、良かったな、メイ」

「うん！」

　時間が解決してくれると思ってたメイの機嫌（きげん）は、思ったより早く治（おさま）ったらしい。

　うん。良いことだよな。

　今は気を取り直して、スポーツ用具店（ようぐてん）の所に戻ろう。

「それじゃ、そろそろ戻って―――」

　ギャオオォォォォォォォォォォォォォッ！！

　……せっかく気持ちを切り替えようとしてたのに、やめて欲しいよな。

「この声は！？」

「白いドラゴン！」

「えっ！？」

　俺と同時に叫（さけ）んだメイ。

　彼女も今の声をすぐに理解したらしいな。

　この場でただ一人、混乱（こんらん）してるのは中乃瀬（なかのせ）さんだけだ。

　動揺（どうよう）を隠（かく）せない様子の彼女を落ち着かせるために、俺は強めに声を掛けることにした。

「中乃瀬（なかのせ）さん、急いで戻りましょう！」

　急いでスポーツ用具店に戻った俺達に真っ先に声を掛けて来たのは、朧（おぼろ）だった。

「おい！　ハヤト！　ヤバいことになってるぜ！」

「朧（おぼろ）！　さっきの声はやっぱり」

「あぁ、この建物（たてもの）の上を、あの白いドラゴンが飛んでやがる！」

　どこからそんな情報（じょうほう）を仕入れて来たのか、今は聞く余裕（よゆう）はないな。

　と、そんな俺達の元に、慌（あわ）てた様子の吉田（よしだ）さんが駆（か）け寄ってくる。

「茂木（もぎ）さん、これからどうしますか？　すぐにでも逃げるべきですかね？」

「そうしたいのは山々ですけど、やめた方が良いと思います。それよりもまずは……」

　俺が外に逃げて気を引くのが最善（さいぜん）だろう。

　なにしろ、白いドラゴンは俺の右腕（みぎうで）を狙（ねら）ってるかもしれないんだからな。

　そのためには、彼女の力を借（か）りる必要が……。

「あれ？　マリッサはどこにいる？」

「オイラも見てないぜ」

「アタシも見てないよ」

　俺の言葉に、朧（おぼろ）とメイは見てないと首を振る。

　もちろん、スポーツ用具店（ようぐてん）の中にも姿は見えない。

　なんか、嫌な予感（よかん）がするな。

「まさか、１人で外に出たりしてないだろうな！？」

　俺が嫌（いや）な予感（よかん）を口に出してしまった直後、アイオン全体が振動（しんどう）するような轟音（ごうおん）が、足元から響（ひび）いてきた。

「今のは！？」

「ハヤト！　外から凄（すご）い風の音が聞こえる！」

　耳をピクピクとさせてるメイ。

　今の轟音（ごうおん）と風が、何か関係あるんだろうか？

「吉田さん、皆さんと一緒に身を隠（かく）しててください！　俺達が外の様子を見に行きます！」

　それだけ言い残して、俺達はアイオンの１階から外に出るために、動かないエスカレーターを駆（か）け下りる。

「あのドラゴン、まさか俺達を尾（つ）けて来たんじゃないよな」

「分からねぇな。でも、ピンポイントでここに来るってことは、その可能性はありそうだぜ」

「ハヤト！　見て！」

　息を切らしながら１階に辿（たど）り着いた俺達は、メイの声に釣（つ）られるように、ガラス越（ご）しに外の様子を目（ま）の当たりにする。

　そこでは、白いドラゴンと空中戦（くうちゅうせん）を繰（く）り広げているガルーダの姿があった。