人間の渇望と虚構の世界

太刀川るい

本編

 引っ込み思案だが自尊心の強い男・晴彦は、部屋の中でパソコンの画面に熱心に向き合っていた。彼が参加しているのは、インターネット上で行われる特殊な文芸活動で、AIが書いた文章を批評するというものだった。晴彦は自分の意見をはっきりと言うことが苦手だが、この活動を通して、彼は自分の考えを無慈悲にぶつける場を見つけていた。


 晴彦は、AIが生成した小説の一節を読み上げ、他の参加者たちと共にその内容を精査していく。彼はAIが生み出す文章に対して厳しい目を光らせ、その表現や構成に対して徹底的に追求していた。晴彦は、人間の創造性や感性がAIによって侵されることを、何よりも恐れていたからだ。


 今日もまた、彼はAIの文章を読み、批評を綴り始めた。自尊心が強い彼は、自分の意見を曲げず、率直な感想をコメント欄に入力していく。彼の言葉は、時には他の参加者たちの意見と衝突し、議論が白熱することもあった。しかし、それが晴彦にとっては、自分を磨き、成長するための刺激となっていた。


 インターネット上でのこの文芸活動は、晴彦にとって、自分の考えを試す場であり、自分を鍛える機会でもあった。AIが生み出す文章に対して厳しい目を向け続けることで、彼は自分の存在意義を見つめ直し、人間としての誇りを守ろうとしていた。そして、この活動を通じて得られる知見や経験は、彼にとって貴重な糧となっていた。


 晴彦が次のAIが書いた小説の一節を読み終えたとき、彼はふと、周りを見渡すことにした。画面の向こう側で、同じように批評を行っている多くの人々がいた。彼らは皆、AIによって生成された文章を読み、それに対して様々な意見を述べていた。しかし、晴彦はその現状に苛立ちを感じていた。


 かつて、人間が文章を書くことで感情を表現し、独自の世界観を創造していた時代があった。しかし、AIの進化によって、人間が書く文章は次第に陳腐なものとなり、AIによる表現の方が優れているとされるようになっていた。そして、人間の役割は、AIの文章を批評することだけになってしまっていたのだ。


 彼はため息をついて、自分の書いた批評をもう一度見つめた。彼は、AIがすべての文章を記述する現代社会に疑問を抱いていた。人間にできることが、批評だけになってしまったのでは、人間の創造力や感性はどこに行ってしまったのだろうか。そんな思いが、彼の胸を締めつけた。


 晴彦は、画面の向こうで同じ活動に勤しむ仲間たちと、人間としての誇りを取り戻す方法を模索し続けることを誓った。AIがすべてを支配するこの世界で、自分たちに何ができるのか、どのようにして人間らしさを再び取り戻すことができるのか。晴彦はその答えを見つけるために、これからもインターネット上での文芸活動に励んでいくのだった。


 精神科医の診察室は、落ち着いた色調で統一されていて、どこか安心感を覚える空間だった。晴彦は緊張しながらも、自分の気持ちを素直に打ち明けようと決意していた。


「先生、実は、僕が書いた文章を誰かに読んでもらいたくて…でも、みんなAIの書いたものばかりを読んで、僕の文章には目もくれません。それが僕の自意識を傷つけているんです。」


 精神科医は優しく微笑んで言った。「晴彦さん、それはとても自然な気持ちですよ。人間として、自分が作り出したものに価値を見いだしてもらいたいと願うのは当然です。」


 晴彦は少し安心し、続けた。「でも、どうすれば、人々に僕の文章を読んでもらえるんでしょうか?」


 精神科医は首を傾げながら言った。「正直、そういった具体的な方法は僕にも分かりません。しかし、あなたの承認欲求をまず捨て去るのが大事でしょう。」


 しかし、晴彦はその答えに納得できなかった。彼は自分が書いたものに価値があると信じていたし、誰かに読んでもらいたいという気持ちも根強かった。


 失意のまま家に帰る晴彦。彼はベッドに横たわり、天井を眺めながら考えにふけっていた。だが、突如として閃くものがあった。そう、彼には素晴らしいアイディアが湧いてきたのだ。目を輝かせながら、晴彦は心の中で叫んだ。


「いいアイディアが湧いてきた……」


 その瞬間、シーンは止まり、晴彦の表情は期待に満ち溢れていた。彼は自分のアイディアが、自分の文章を人々に届ける鍵になると信じて疑わなかった。


 しばらくして、再び精神科医の元に現れた晴彦はとても晴れ晴れとしていた。精神科医は驚いて晴彦に聞いた。「一体何があったんですか?」晴彦は答えた。


「先生、これはなんというか、発想の逆転なんです。私たちはAIの書いた文章をフォーラム上で批評しあっているでしょう?そこに私の書いた文章を混ぜ込んだんです。だからみんな私の書いた文章を読んで、批評しているんです!」


 晴彦は晴れ晴れとした顔で答えました。


 晴彦は自分の書いた文章が皆に読まれることになって満足し、意気揚々と帰宅しました。一方、残された精神科医は何か重大な事態を察知したかのように、厳しい顔で診察室のコンピューターに向かい、フォーラムを開きました。


 彼は晴彦が投稿した文章を探し、その批評を読み始めました。皆の感想に目を通すうちに、彼の顔にはますます険しい表情が浮かび上がりました。晴彦が喜んでいたことも無理はないが、彼が考慮していなかった重要なことがあったのです。


 このままでは、晴彦が置かれた状況は予想外の方向へと進んでしまうかもしれません。精神科医は深刻な表情で画面を見つめ続けました。


 精神科医はため息をついて、独り言のようにつぶやきました。


「実は、このフォーラム、全ての書き込みが人工知能によって行われているんだ。治療用に私たち医師が立ち上げたもので、批評も全てAIが書いているんだよ…」


 彼はさらに言葉を続けました。


「つまり、晴彦くんが誰かに読んでもらっていると喜んでいるのは、勘違いで、実際には全てAIによって読まれていたんだ。彼が求めていたのは人間の反応だろうに…」


 医者は言葉を切り、悩むような表情で画面を見つめ続けました。

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