15. ナディアのひと仕事

 涼しい風が、私が破った窓から吹き込む。


 私は、立派な書斎の机に座って、新聞を広げてじっくり読んでいた。くるっと椅子を回してみる。新聞はなんの変哲もない。机に置かれたコーヒーカップの匂いを嗅ぐ。実に芳しい香だ。このコーヒーは本物だ。

 

 さて、私は床に伸びている男を一瞥した。髭が生えていて、お腹は引き締まっており、常日頃から鍛えに鍛えている体をしている。くるっと椅子を回して体ごと回転した時に、頭に浮かんだことがあった。


 床に伸びた男がかけていたメガネが、男がひっくり返った衝撃で部屋の角にすっ飛んで行っていた。それにツカツカと歩み寄り、メガネを手に取り、掛けていたサングラスを丁寧にしまって、男が先ほどまでかけていたメガネをかけた。


 さーて・・・

 

 私はもう一度椅子に座って新聞を広げた。先ほどは見えなかったはずの文字が浮かび上がった。私はゆっくりとコーヒーポットに近づき、匂いを嗅ぐ。いただこうかと思ったがやめておこう。新聞とメガネはいただくわ。



 私はニューヨークに飛び立つ前に、一仕事片付ける必要があった。


 今日は地上900メートルの高層ビルに外から侵入していた。場所はやはりドバイだ。奴らの息の根を止めるためには、私は労力を惜しまない。ビルの側面を駆けあがっている時に、サングラスから真下をのぞくと、地上の人が豆粒に見えた。


 そう、私は本物のスパイだ。必然的に、ハッカーの友達は何人かいる。ネットワークに侵入するだけで終わるならこんな楽な仕事はない。しかし、今回はそういう楽な仕事だけでは成立しないのだ。私の友人を殺した犯人グループには何がなんでも因果応報というものを味わさせてやるのだ。


 彼らのために、戦闘機を使って国を破壊する気はさっらさらない。殺すだけではおさまらないという気分というものが存在するのだ。私の中には確実にそれが存在する。徹底的に精神を破壊してやる。絶望というものをじっくり味わわせるのだ。そうでなければ、腹立たしい気持ちは消えない。


 善意のアフリカで井戸を掘るだけの人間をなぜ殺す必要があるのか。彼が何をしたというのか。私は徹底的に調べてやる、そう固く誓っていた。私は決して諦めない。


 戦闘機に乗っていた未確認飛行物体は、そんな私のささくれ立った心を癒してくれる、奇妙な出来事だった。あの子供たちは一体誰なのだ?


 先ほど、コーヒーを飲みながら新聞を読んでいる敵の一味を、ビルの一室で発見したのだ。私は窓から静かに侵入し、防犯カメラをかわして、敵を空手のつきで気絶させた。彼の机の中に、手書きの手帳があるはずだ。コンピューターの中にはハッカーが侵入できるが、手書きの手帳はハッカーは手に入れられない。そこで、私本人の登場だ。手帳を手に入れた後、男が読んでいた新聞を読み始め、からくりに気づいたというわけだ。


 今回の戦利品は、男の秘密の手帳、特殊な新聞とそれを読み解くメガネだ。



 無事に必要な情報を入手した後、私は高層ビルを後にした。屋上から飛び降りるのではなく、ヘリで逃げて、その後、やはりプライベートジェット機で無事にジャックの待つ自宅に戻った。

 

 ジャックは何も知らずに、いそいそと楽しそうにニューヨーク行きの荷造りをしていた。そう、二度目のハネムーンみたいなものだ。


 

 私は弓矢を隠し持って行くけどね。高性能銃は、どこに隠し持つか迷うな・・・

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