5. ゲームスタート

 ピーター、ジョージア、レオの三人は、木の上から見た岩場めがけてひたすら早足で歩き続けた。太陽が地平線を赤く染め、空も赤くなり、辺り一体に雄大な景色が広がっていたが、三人にはまるで目に入らないようだった。三人とも無言だった。


日が暮れて真っ暗になれば、獰猛な動物が襲ってきても、暗闇の中で全く見えなくなり、身動きが取れなくなる。それだけ危険極まりない状態になるのだ。食料を探しにきたはずなのに、自分たちがサバンナの動物の餌になってしまう可能性が高かった。急がなければならなかった。


 だいぶ薄暗くなった頃、ようやく岩場に近づいたようだった。草原ではなく、辺りは緑の木々が生い茂り始めた。ひたすら無言で三人は水場を目掛けて歩き続けた。一刻を争う状況だ。


 ふと、我に返ったピーターがつぶやいた。

「湿った土の匂いがするね。」

 ジョージアとレオの鼻にも、水場が近いことを示す、湿った土の匂いが感じ取れていた。


「あった!」


 レオが目ざとく目的の泉を見つけ、駆け寄った。

「待って、レオ!」ピーターが小声でレオに言った。


「動物がいないか確かめてから、飲もう。」

 ピーターはそう言いながら、素早く周囲に目をこらし、泉の周りになんの動物もいないことを確かめた。


「うん、飲もう。」ピーターが頷いた。

 しばらく三人は夢中で冷たくて美味しい泉の水を飲んだ。


 何あれ?


 ふと、泉から顔を上げたジョージアが、向こうの岩場を指差して、言った。

「ね、王という字に見えない?」

 ジョージアとレオは、ジョージアが指差している方をじっと見つめた。


 暗闇が近づく、薄暗い岩場の壁に、確かに「王」という字が浮き上がっているように見えた。漢字という文字だ。父さんが、ずっと子供の頃に、教えてくれたことがあった。


「そういうことね!王手をかけろってそういうことね?」

 ジョージアは勢いよく立ち上がり、泉の縁を走り、向こうの岩場まで走って行こうとして走り始めた。


 その時だ。低い低い唸り声が背後からした。人の声ではなかった。


 はっとして振り返った三人の子供たちの目に、ライオンらしき大きな動物の輪郭と、鋭く光る目が飛び込んできた。


「ライオン!」ピーターは低い声でそう言うと、そばにいたレオを引きずるように立ち上がらた。必死で手を引いて、ジョージアのあとを追って走らせた。


「王手をかけるんだ!」

 ピーターは大声でそう言い、レオを引きずるようにして全力で走り始めた。


 ライオンの吠える声と、三人の子供たちが全速力モードでかけ始めたのは同時だった。横から二匹のオオカミも飛び出してきた。


 間一髪で、スーザンは「王」という文字が浮き上がった岩場まで辿り着いた。そして、「王」の文字に右手を伸ばした。そして左手を、走ってきたレオの右手に伸ばし、レオの左肩をピーターがつかんだ。


「今だ!」


 ピーターが叫び、ジョージアの右手が「王」の文字を押した。ジョージアの目には、大きなライオンが泉の向こうからピーター目掛けて飛びかかってきたのが見えた。しかし、次の瞬間、大きな建物だらけの街並みにさっと切り替わってしまった。


 ここは一体どこ?


 三人の子供たちは、未来の都会の通りに、みすぼらしい格好のまま、放り出されていた。


 そこはニューヨークの大通りだった。しかし、その街がニューヨークという名前の未来の大都会ということは、子供たちには全く分からなかった。



 三人の子供たちの頭上に大きく「ゲーム スタート」という巨大な看板が出現した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る