【超短編】海を歩く

茄子色ミヤビ

【超短編】海を歩く

 男は海の上を歩くことができた。

 高いところから海に飛び込んだとしても、水面がそれを優しく受け止める。

 そんな体質の人間だった。

 彼はその能力を活かして「他の人に出来ない何か」を探した。

 まず思いついたのは海難救助だった。

 しかし彼は虚弱体質であった。

 採用されたのも「何かの役立つだろう」程度の判断があったからで、、結局事務職へと回されてしまったのだ。何度か救助演習に参加するも、その現場はクジラやサメが海面に顔を覗かせていたことへの心理的負担と、海面からの強烈な照り返しに彼は海面にぱたりと毎回倒れるのだった。

 

 彼は旅に出ようと思った。

 一年かけての船での世界一周の旅だ。

 飛行機と違い、例え船が沈んだとしても自分は生き残れるという点や、なにより彼は自分と同じ能力を持つ人間に会ってみたいと思ったからだ。

 もし自分と同じ能力を持つ人間がいるのなら、必ず海辺にいるはずだと。

 男はこの旅で仲間に出会えなかったら、この能力を忘れて生きようと決意していた。

 男はテレビに出たこともあった。

 有名になり女性も寄ってきたし、お金も入った。

 病院で精密検査を受けさせられたこともあった。

 宗教団体に攫われそうになったこともあった。

 でもどこの場所でも必ず彼は「飽きられた」

 周りがどう言って来ようと彼にはそう感じられた。

 それしか出来ないのか?と、誰と居ても何処に居ても、最終的には冷めた目で見られている気がしたのだ。最初からそれしか出来ないと言っているのに。「その能力の有効な活用方法を教えてやる」と息ま

いていた連中も、彼の不器用さにいつしか離れていった。

 彼は本当に海の上を歩く以外の才能がなかった。

 それも持って生まれたものであり、彼が磨いた技術でもない。

 しかし周りはそれを褒め、おだて、欲しがり、飽きる。

 そんな環境に男はうんざりしていた。

 だから、それに一旦決着をつけるため仲間を探してみることにしたのだ。

 ひょっとするとこの産まれ持った能力の本当の使い道を、出会った仲間から教えてもらえるのではないかと。


 出港して3カ月と10日目。

 船の左側面で爆発が起きた。

 ツアーの運営スタッフからは「この辺りで頻出する海賊に襲われぬよう、現地の元締めには充分に話は通してあるのでご安心ください」とガイドからは耳打ちされていたのに…そんな事を思い出しながら、彼は近くの手すりを掴んで必死に揺れが収まるのを待った。

 そしてたまたま見渡した近くの島影から、小さなボートが4艘近づいていくるではないか。

 …しかし彼は違和感を覚えた。向かってくるボートは船の右側面方向。つまり爆発が起きた方向とは逆だった。

 爆発の程度にもよるが船はすぐに沈むものでないと学んでいた彼は、ある種の期待を込めて爆発が起きた箇所が見えるテラスまで走る。そして到着まであと半分、船頭まで来た時に彼は見つけた。


 そこには少年がいた。

 年のころは10歳くらいの現地の子供だ。

 腰には手投げ爆弾をいくつかぶらさげ、男と同じように海面に立ちボートに向かって手を振っている。

 そして最もスピードがを出しながら近づいてきたボートに乗っていた、おそらく頭領らしき人間が少年を怒鳴り散らし、私たちの後方の船を指した。

 おそらく少年は間違えたのだ。 

 少年は乱暴に襟首を掴まれボートへと引きずり込まれ、海賊船は後方の船へと向かっていった。


 混乱が収まると、すぐに船の修理作業が行われた。

 男は船から海面に飛び降りると、爆発の衝撃で海面に落ちた荷物を拾いあげたり、修理に必要な手回り道具を背負って補助に回ることにした。

 そして現地の海上警察が駆けつけたとき、水面を歩く彼の姿に警官は鋭い睨みをきかせてきたのでコーディネーターに通訳を頼むと、ふんっと鼻を鳴らしてから現場検証を始めた。

 そして警察の船には、いくつかの遺体袋があるのを彼は見つけていた。

 先程の海賊が向かった先の船を経由して彼らはやってきた…当然中身はその船に乗っていた者か、乗り込んできた者かのどちらかだろう。

 しかし、その中には子供サイズの小さなものは無かった。

 男は安堵して周囲の海を見回したが、あの子供の姿はどこに見当たらない。

 そして再び船に積まれている黒い袋に目を戻す。

(子供サイズの遺体袋なんてこっちにあるんだろうか…?)

 そう疑問に思ったが結局彼はそれを聞けず、修理を終えた船は日本に到着するまでの残り約9カ月の旅を再開した。

 

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