勝手な待ちぼうけ

朝凪 凜

第1話

「はぁ~……」

 白い息が漏れる。

 この一週間、ちょっと変な喫茶店で昼から閉店まで、店の奥にある4人席のソファーにずっと陣取っている。

 人を待っているのだ。

 ここのお店に来るということは、店の人に聞いてきたのでおそらく確実。

 逆に、それ以外の情報は何も無かったので、ただひたすら待つしかなかった。

 さすがにちょっとストーカーじみていることは自覚している。

 今日一日待って、やってこなかったらもう諦めるしかない。

 別に私だってヒマなわけじゃないのだ。

 こうして待っているのにはちゃんと理由がある。一週間前、家に帰る途中で絡まれたのだ。おそらく大学生くらいが4,5人ほど。高校一年の自分としては無視して避けたかったのだけれど、逃がしてはもらえなかった。

 このまま連れて行かれるんだろうな、と諦観していたところに「やあ、まだこんなところにいたのか。ちょっと急ぎで手伝ってくれるかい」と声が聞こえた。大学生達と一緒に振り返ってみると、細身で背が高く、赤茶色をした短髪の男の人が片手をあげていた。大学生達に向けた言葉では無くて私の方を見ていた。この大学生達よりも落ち着いていて三十代くらいなのだろうか。顔は笑っているが目は真剣だった。

 全く知らない人だけど、人違いでもいいからこの場から逃れたかったので「はい、わかりました」と駆けてくと、ガラの悪い大学生が男の人に向かって殴りかかっていったのと、男の人が素早い動きで大学生達を地面に倒れさせたのが同時に見えた。それくらいあっという間の出来事だった。

 そんなことがあって、助けてくれてすぐにどっか行ってしまったので、理由も無くつい追いかけてしまった。そうしてこの喫茶店に入っていったことを知ったのだ。

 それから家に帰って改めてお礼をしようと決めて、こうして毎日お店に来ているのである。

 しかしそれも無理だろうかと思っていると人が入ってきた。一週間誰も入ってこなかったこの喫茶店にである。

 店に入ってきた人が項垂れながらこちらに向かってゆっくりと歩いてきた。

「えっと、君、俺なんか悪いことした? もしそうなら謝るよ。もしかして先週のこと?」

 探していた人だったのだけれど、何やら勘違いをしているよう。

「いえ、いや先週のことなのはそうなんですけど、助けてくれたお礼にと思って。たまたま会えて嬉しいです」

 思わず立ち上がったものの、素直にありがとうと言う感じでは無く、偶然通りすがった風を装ったのだが、それが良くなかったのか。

「たまたま……。一週間毎日この店に入ってきては何も頼まず、ただずっと外を睨んでいたのがたまたま……?」

「っ!? あっ、えっと……」

 コーヒーとか飲んでおけば良かったのかもしれないと思うと同時に耳が熱くなるのを感じた。水しか飲んでいなかったのだ、お店に悪いことをしたと思う。

「いやいいんだ。俺が余計なことをしたんだろう。ここで飯を食うのが昼の楽しみだったんだけど、ここのオーナーから連絡があってね。俺を探しているらしいって。しかも怒っているらしい、と」

 怒って……?

「いや! そんな! 恐い思いをして本当に助かったので、お礼を言いたかったのは嘘じゃ無いです。全然怒ってないですし」

「睨んでいたって言ってたが」

 男の人がカウンターの方を振り返るが、誰も居ない。

「睨んでたつもりは全く無かったんですけど……。もしかして気が急いでいて目をこらして外を見ていたからそう見えた、とか?」

 全く身に覚えがないけれど、真顔で外を窺っていたら不審に思うかもしれない。

「えっと、じゃあ、改めて確認してもいいかい?」

「はい」

「先週のあれは絡まれてたってことで合っている?」

「合ってます」

「俺がたまたまそこを通って、余計なお節介をしたのは余計じゃなかった?」

「余計じゃ無いです」

「じゃあ、それから一週間もずっとここにいるのは?」

「お礼をしたいと思ったので」

「飽きずに一週間も待ち続けて?」

 段々と不審な目になってきてちょっと視線が痛い。

「そろそろ諦めようかと思っていました。何か理由があるんだろうなと思って。その理由が私だったんですね。すみません」

 しばらくこちらを見据えていたが、ひとたびため息をついて向かいの席に座る。

 それにつられて私も席に座り、

「えっと、ホットココアもらえますか」

 面倒ごとが終わったことを察したのか、店員さんがカウンターに出てきたので一週間入り浸っていた店で初めて注文をした。男の人もコーヒーとケーキを注文して、店員さんはまたカウンターの奥に戻っていった。

「それで、お礼ついでなんですけれど、もうしばらく私の近くに居てくれませんか?」

「それはどうして?」

「なんかよく、変な人につけられたりとかして、また襲われたりしてもいやだな、って……」

 表向きはそうなのだけれど、颯爽と悪者を退治してくれたこの人に普通じゃ無い感情ができたのは隠しておく。どうせ叶わぬ願いなのだ。なるべくなら一緒に居るようにして少しずつ距離が近くなってくれたら嬉しいという思いもあった。

「まあ、ああいうのを見た後だから、報復に来たりとか何かあっても恐いだろうな。少しの間だけならいいぞ」

 やった、と心の中で声を上げ、それからのあれやこれやを妄想逞しく並べていく。なるべく平静を装った表情だと思うけれど、すごく怪訝な顔をしていたのはちょっと腑に落ちない。

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