第22話 12時10分 結菜の伝えたかった言葉

「ダメだよ、遙ちゃん!!」


 私、宮永結菜は叫んで起きた。遙ちゃん、話したいことがたくさんあるからちょっと待って! そう叫ぼうと思ったら、目の前に瑞樹がいた。

 短くて黒い髪の毛、長いまつげ、大きな耳……目の前には間違いなく瑞樹がいた。

 瑞樹、瑞樹だ。私の大好きな瑞樹だ。

 手を動かして頬に触れる。温かい。

 私の手で触れていると分かる。

 

「瑞樹、瑞樹、瑞樹ぃぃ……!」


 頭を抱き寄せると胸元でもぞりと瑞樹が動いた。

 そして、ゆっくりと目が開く。私はもう目から涙が出るのを止められない、顔がべちゃべちゃになるけどそのまま泣き続ける。

 瑞樹はそんな私を見て口を開く。


「結菜、お前、顔が涙でドロドロ……って、ちょっと待てよマジか。マジで戻ったのか。全部夢じゃなかったのか」

「マジだよ、瑞樹良かった、ごめんね、本当に私がバカでごめん……!」

「……もういいよ一万回くらい聞いたし」

「現実では言って無いし、ごめんなさい……!」

 

 私は声を上げて泣いた。嬉しくて泣きたくて声を出したくて、声をちゃんと出せていると確認したくて。ここに居ると確認したくて。

 そして目の前にある瑞樹の頬に触れて、一番気になってたことを聞く。


「身体どこも痛くない? 大丈夫?」

「痛くないな。むしろ……怖いくらいどこも痛くない」


 そう言って瑞樹は布団から起き出した。そしてゆっくりと右腕に触れた。私はその仕草をみるだけでドキドキして息が苦しくなってくる。

 瑞樹の大切な肘。瑞樹は私の方をみて、


「今までで一番痛くない。いやこれ、ちゃんと優太朗さんが触れないでいてくれたな」

「良かった……良かったよお……」


 嬉しくて涙が止まらない。またボロボロと涙を流して泣いてしまう。

 そしてふと思い出した。

 違う、今この瞬間に遙ちゃんと優太朗さんの命が消えて行っている。

 こんなことをしている場合ではない。

 私たちは事故に遭ったあと、目覚めたら目の前に頭がチューリップの形をした変な男が立っていた。瑞樹と「はあ? こいつチューリップじゃね?」と驚いていたら、チューリップの花がブワッと開いて話し始めて超びっくりした。

 そして言った言葉が「ゴメンミスって殺しちゃった。川登ってあっち帰ろ。でもこんなのはじめてでさ。何があるかよくわかんない」とか雑な説明はじめて、マジで瑞樹と一緒に「は?」って叫んだ。

 チューリップ男は「滝登りみたいな感じ? 大丈夫っしょ」とか言っていたのに、はじめて見たらシャケも出産諦めるレベルの激流だし、ホラーゲーみたいなエンタメされてマジ叫んだけど、たまーにYouTubeに挟まるCMみたいにこっち側の景色が見えてたの。それはこっちに近づけば近づくほどたくさん。だから早く行けば声は届くかもしれない。

 私はベッドから飛び降りて、


「てか行こう、あれって西中央病院だよね」

「そうだな」


 部屋から出ようと思って自分の服装を見ると、私が持っている唯一のジャージを穿いていた。てかこれパジャマなんだけど?? しかもかなり昔に着てたやつだな? そのパンツに中学生の時に買ったトレーナーを着ていた。マジでダサイ。どこから発掘したの、この服。これで瑞樹のお母さんとかと話してたの? まじハズいんだけど。

 でももう時間がないから出ようとして叫んだ。


「ねえちょっとまって、ノートとかスマホないと杏樹さん分かってくれないよ!」

「その通りだ。結菜それ全部鞄にいれて、俺自転車の鍵取りに行ってくる」

「おけ!!」


 私は机の上に置いてあったノート……遙さんが書いていたものと、優太朗さんが書いていたものをリュックに入れた。

 そしてスマホも入れた。ちゃんと充電してあって電池は100%。それにスマホの横に「お借りしました。中を見てごめんね」って几帳面な文字で書いた文字が見える。何をそんな……もう遥ちゃん、真面目すぎだよ、大好き。

 ダメ今見たら泣く。全部あとでちゃんと見るから今は病院へ!!

 部屋を飛び出すとお父さんとお母さんがいた。お父さんは私の顔を見て目を丸くして、


「結菜、どうした、何かあったか?」

「全部あと!!」


 そう言って自転車の鍵を掴んで玄関から飛び出した。遙ちゃんがしてたこと……見えたり見えなかったりしてた。突然繋がったり、寝ないで外を見ている遙ちゃんが見えたり、突然中に入って言葉を出せたり、全部曖昧でよく分からない世界だったけど、お母さんの施設がクソってことは分かった。

 戻ってきたらちゃんとする、だから今は遙ちゃんのところに行かなきゃ!!

 私の鍵束には、昔お父さんが使っていたオンボロ自転車の鍵が付いていて、これ電動じゃないんだよなあああと思いながら階段を駆け下りた。


「行こう!」


 振り向くと瑞樹が鍵を持って走り込んできた。私たちは自転車を全力で漕いで西中央病院へ向かった。

 バスのが絶対早いけど、バスに乗ってたら「もっと速く走ってよおおお」ってなりそうだったから、こっちのが心理的にあり!

 西中央病院は坂の上にあって、自転車で行くなんてバカげてる。でも一秒でもはやく行きたくて必死に漕ぐ。

 身体がちゃんと動いて、元気で、ぜんぜん元気で、そんなことを遙ちゃんに感謝して、もう泣けてしまう。

 遙ちゃん、遙ちゃん、もうちょっとだけそこで待ってて。

 もうすぐ行くから、ちょっとだけ待ってて。

 自転車で走ること20分、私たちは西中央病院に着いた。でもどこに行ったら遙ちゃんと優太朗さんがいるのか分からない。

 だから入り口で即聞く!


「すいません、死にかけの人ってどこにいます?!」

「死にかけ……緊急搬送された方は……」

「違うの、ここに事故できて、今死にかけてる人!」


 私が必死に伝えても受付の人は「?」顔だ。どう伝えたら良いのか分からない!!

 騒ぐ私を手ですっと押さえた瑞樹は、


「すいません、取り乱していて。俺たちが探してるのは浅見遙さんと浅見優太朗さんです」


 そう伝えると受付の人は病院内にいると教えてくれた。

 いやいやそんなことは知ってるのよ。はやく居る場所を教えてほしい。

 私の勢いに戸惑いながら受付の人は、


「ご家族、またはご親族、もしくはご家族が特別に許可された方のみ……」

「私たち家族だから!!」

 私が叫ぶと瑞樹は私を胸元に抱き寄せて落ち着かせて、

「このふたりに命を救ってもらった者です。一週間前までここに入院していました。先日ご家族の方に挨拶をしています。浅見杏樹さんです」

「少々お待ちください」

 あまりにも冷静な受付に腹が立ってくる。

 今こうして話している間にも、どんどん遙ちゃんの魂が流れて去って行っているのに! やたら暗くて嫌な気持ちになる場所で、遥ちゃん絶対不安だから、横でお話してあげたいのに!

「もおおお遅いいい瑞樹、間に合うかな?! もういっちゃお、いっちゃおいっちゃお、大丈夫っしょ」

 私が走りだそうとすると背中の服を瑞樹が引っ張った。

「結菜は現世でも地獄でも何も考えず動くな。地獄でも延々言ったけどお前は猪か」

「瑞樹は石の銅像かーーー!」

「分かった分かった。このやり取りも一万回してるだろ。ほら俺が抱き寄せたら落ち着く約束だろ」

「抱っこ!」


 私は瑞樹の腕に抱き寄せられて落ち着いた。

 死んじゃったあとマジでワケわからないことてんこ盛りであって、私はテンパって叫びまくりの泣きまくりだったけど、瑞樹はずっと冷静に私を落ち着かせてくれた。

 大丈夫、落ち着かないと。

 瑞樹に抱きしめられた状態で待っていると首からかける紐みたいのを渡されて私たちは集中治療室に向かうことが許された。

 遙ちゃん、最後に少しでもお話したいよ。

 私が事故にあってチューリップ男に説明を受けている間、遙ちゃんが私になって病院の中にいた所までは確実に覚えてるの。

 だからたぶん、まだ見てるはず。なんたってこれは死んだ経験だから!

 集中治療室に向かうと、たくさんの人たちが遙ちゃんと優太朗さんを取り囲んでいた。見る限り、身体に付けていた色々なマシンを取り外しているんだろう。

 私たちはなんかエプロンみたいのを付けて消毒しまくって中に入れてもらう。

 ふたりの真ん中でぼんやりと立っている女性……杏樹さんだ。

 私は慌てて話しかける。


「杏樹さん、結菜です」

「ああ……ごめんなさいね、助けてもらったのに……少し前にふたりは死にました……ごめんね、ありがとう……」

「違うんです、死んでからまだちょっとの間聞こえてる。死んだから知ってる。ごめんさい、ちょっと遙ちゃんとお話させて、お医者さん、綺麗にするのあとちょっと待って!! あと杏樹さんこれ読んで!」


 遥ちゃんが書いたノートを杏樹さんに渡して私はまだ温かい遙ちゃんに触れた。

 身体中に包帯が巻かれて内出血してて、もう見ているだけでつらい。

 実際怪我をする前の遙ちゃんを見たのは、あの事故の瞬間だけだ。綺麗なスーツをきたおばさんにトラックが突っ込んで行くのが見えた。

 トラックに気がついてほしくて加速したけど、当然何も出来なかった。

 私は遙ちゃんの手に触れる。


「……本当だ。遙ちゃんの手、冷たいんだね。身体はまだ温かいもんね、神さまの手だね。遙ちゃん。挨拶してなかった、間に合ったよね、聞こえてるよね、結菜です。起きたから入ったから戻ったから、それを伝えに来ました。間に合ってると信じて、ここで勝手に話すね。ずっとね、ちらちら見えてたんだよ、遙ちゃんが私のなかに入ってしてたこと。文化祭の準備してくれてありがとう……私ね死んじゃった遙ちゃんの準備してくれたものなんて笑顔で売れるかよ! て言ったら瑞樹がそれ知ったら悲しむだろって言ってくれてね、目が覚めたよ、私全部売ってくるから。東京タワーも見てたよ、ふたりのデートがすてきで戻ったら絶対一緒に聖地巡礼しようねって瑞樹と言ってたんだよ。あとお母さんのこと、ありがとう。お父さんとちゃんと相談するから。これを結菜に見せちゃダメって言ってくれたけど、ごめん全部見えてて。私一生瑞樹の家と関われないと思ってた。もう死ぬしかないって思ってたんだよ。でもね……遙ちゃんみたいに冷静に動けばなんとかなるって、私なのに、全部私なのにさ、なんとかしてたよ。遙ちゃん、ありがとう!!」


 話したいこと全部一気に話すと、遙ちゃんの手が一瞬ほわりと温かくなった気がした。

 遙ちゃん聞いててくれた? 間に合った? 遙ちゃんありがとう。


 話し終わっても離れられなくて処置してる間もずっと杏樹さんに話しかけていた。

 杏樹さんはノートを読んでも全く理解できないといった顔をしてたけど、私が「うちの冷凍庫に杏樹さんの大好物のチキンカレーが冷凍してありますよ! 大好物なんですよね、」と言ったら泣き崩れた。

 遙ちゃんは最終日、ひたすらご飯を作っていた。その中に杏樹さんの好物、チキンカレーもあった。

 ノートにはそのレシピも細かに書いてあるはず。


 私、今までしたいこと、何もなくて、ただ瑞樹にくっ付いて生きていきたくて、夢は瑞樹の奥さん!

 瑞樹にくっ付いて生きようって思ってたけど、そうじゃなくて夢ができたの。

 遙ちゃん、最後の最後まで優太朗さんのこと心配してた。

 自分がボロボロで、酷い状態なのに、痛いはずなのに、それでも死ぬときまで、ずっとずっと優太朗さんの心配してた。

 だから全然わからない、それが何なのか分からないけれど、私は遙ちゃんを心配する人になりたい。

 最後まで自分を心配できない人を心配する人に、私はなりたい。

 私はまだ温かい遙ちゃんの身体に触れて小さな声で言った。

 バカだよ遙ちゃん。痛かったでしょ? 大変だったでしょ? ありがとう。


 

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