第18話 5日目 10時18分 買い出しとミルクとクッキーと

 金曜日。五日目を迎えた。

 10月にしては暖かく、柔らかい日差しが気持ちが良い。

 それでも時折吹き抜ける風は、冷たい空の空気を地面に叩きつけるように強く、首筋を抜けていく。

 涼花はブルルと身体を震わせて、私のほうを見た。


「暖かい寒いか、わかんない。やっぱ上着着てくれば良かった」

「学校から近いし、お店の中も狭いから、私も脱いできたけど、わりと冷えるわね」

「早く買って戻ろ!」

 

 その言葉に私は頷いた。

 今日は私と涼花、それに瑞樹と孝太も一緒に自転車で業務用ストアに来ている。

 土曜日の学校はお休みで、来週の月曜日と火曜日が文化祭なので、金曜日の今日は丸一日文化祭の準備に充てられている。

 クッキーの材料を書き出し、どこで購入しようか悩んでいたけれど、Googleマップを見ていたら近くに業務用ストアがあることに気がついた。

 ここは高級食材は売ってないけど単価を下げたい時には重宝する。とにかく商品のサイズが大きくて安い。

 高校生がイベントで作るお菓子に味を期待する人はたぶんいない。だから食材はこの店で売っているもので問題ない。

 お店に入ると、ビニールで縛られた大量の野菜や、大量に入った酢漬けのレンコンなどが売っている。

 私が働いていた店では業務用ストアの食材を使わないが、個人的には楽しくて通っていた時期があった。特にこの店で売っている韓国のりが安くて美味しくて買いためていた。だからどういう商品があるのかは知っている。

 涼花は学校の近くにあるけど、入ったことがないようで、商品を見て目を輝かせている。


「すごい量の紅ショウガだあああ。これ100人前くらい焼きそば作れそう」

「あの金属のボックスみたいなヤツに入れんじゃね?!」

「お好み焼き屋さんにあるやつーー!」

「涼花ちょっと待てよ、このソースでかすぎない?」

「ヤバイ、こんな巨大なサイズはじめてみた」

「うおおおお、ジュースが一本40円だって」

「え~~~?! コンビニの半額じゃん、これからここで買おうよ!」


 楽しそうな涼花と孝太を横目に、瑞樹と一緒に店内を回る。

 そして瑞樹が持っているカゴの中にバターブレンドを入れた。これはマーガリンとバターが入っているもので450gもあるのに600円でかなり安い。

 バターオンリーだと高く付くけど、これなら単価がかなり下げられる。

 私は涼花の方を見て、

 

「バター80gで15個作れるなら、450g買えば75個作れるわ」


 それくらいで充分なのではと聞くと、涼花はスマホを取りだして画面を見せた。


「もうね、現時点で他のクラスの子から予約入ってるの。それだけで30個くらい売れそう」

「あら人気ね。じゃあ倍で150個くらい作っておく?」

「文化祭二日あるから、もう一声!」

「じゃあ225? そんなに作れるかしら。225って結構な量よ」

「みんな文化祭なんてミリも興味ないのに目玉は作りたいんだって。だから15人位集まるよ! みんな家庭科室で準備万端!!」

「それなら余裕ね。もっと行けるかもしれないわ」

「やったーー!!」

 

 涼花は嬉しそうに飛び跳ねて喜んだ。

 高校生なら材料の計量さえしっかりすれば、このクッキーは簡単に作れる。

 私は杏樹が小学生の時、夏休みサマーキャンプという親が先生になり何か教える会があり、その時にこの生地でクッキーを使った。

 小学生でも上手に作れていたので高校生なら余裕だろう。時間がかかるのはアイシングだけだ。

 アイシングに必要な材料は大通りにあった輸入食品店で購入できた。

 ラッピングの買い物も済ませて学校に戻ると、家庭科室で何人もクラスメイトが待っていてくれた。

 みんな制服の上にエプロンを着ていてちゃんとしている。

 移動時間が長かったこともあり、すでにバターは良い感じで室温に戻っていたので、それをボウルでクリーム状にする作業に入ってもらう。

 その間に私たちは手を洗い、エプロンを着ける。


「後ろ、縛ろうか」

「うん。お願い」


 私の後ろに回ってくれたのは瑞樹だ。家にいたことはこんな風にふたりで料理したことなど数えるくらいしかない。

 杏樹が赤ちゃんだった頃にふたりでミルクを作ったのを覚えている程度だ。

 もう記憶の彼方にしかない姿をもう一度見たくて、服を引っ張ってボウルを渡した。


「じゃあ瑞樹は薄力粉の計量ね。120gをきっちりと頼むわ」

「了解」


 瑞樹は少しずつ薄力粉を出して、丁寧に軽量を始めた。

 その姿を見て、ミルクを作っていた優太朗を思い出した。

 優太朗は性格が細かく、スプーンで丁寧にすり切り一杯。そしてお湯の計量も丁寧に、温度もしっかり確認して作っていた。

 私は泣いている杏樹を見ると焦ってしまって、溶けてれば飲めるでしょう?! とスピード優先にしてしまったけれど、優太朗はいつも丁寧だった。

 「もうそんなに丁寧じゃなくていいですよ!」と急かしたことを思い出す。そして「杏樹が飲むんだからしっかりしないと」と手を抜かなかった姿も。

 なんだか胸の奥がつんとする。その視界に孝太が飛び込んできた。


「俺は?! 結菜先生、俺はすればいいですか!」

「……じゃあグラニュー糖を50gでお願いします」

「わかりましたあ!」


 そう言って他の男子も一緒に計量を始めた。

 みんなものすごく真剣で、その姿が楽しすぎる。


「……おい孝太、それ1g多いぞ」

「そうだな、スプーンで少し……おっとこのボウル濡れてるぞ」

「なんてこった、拭こう」

「台拭きもっとあったほうがいいんじゃないか」


 瑞樹が男子たちと一緒に楽しそうに計量している姿を私は目に焼き付けた。いいなあ、料理をする高校生。見ているだけで楽しい。

 身長も手も大きな男の子たちがエプロンをつけて1gにこだわっている姿を見るのはすごく好きだ。それが瑞樹ならなおさら。

 見ていると、ボウルを抱えた涼花が来た。


「バターとろとろになったよー!」

「じゃあ計量が終わったグラニュー糖を入れてよく混ぜて」

「りょーかい!!」


 どうやら食べ物を作るクラスは6クラスほどあり、それぞれ机に集まって盛り上がりながら作っている。あっちのクラスはガトーショコラのようでチョコレートを湯煎にかけている。となりの机で集まっている子たちはカップケーキらしく粉をふるっている。それを見ながら楽しさを噛みしめる。料理が好きで最後にこんな風にみんなが楽しんでいる所に参加できるのが嬉しい。薄力粉とココナッツファインを入れてバラバラにした生地をまとめて、色素で黒と青の生地を作っていく。

 どうやら私が作業するより、指示を出しながら回っていったほうが効率が良さそうで、みんなに指示を出していると次々を生地ができていく。さすが高校生!

 青い生地を広げて、真ん中に黒い生地を入れる。そして棒状にする。目玉の完成だ。

 色素は160円で売っていたので、色々な目の色を作ることになり、青と赤をまぜて紫など、色々な目の色を作り、中心に黒い生地を入れて黒目にする。

 多く買いすぎたかもと思った材料は15人も生徒がいればあっという間に進み、生地の冷凍が出来た。

 ここから最低一時間は待つので、私は片付けをしながら顔を上げた。


「じゃあ目玉のかぶり物を仕上げましょうか」

「乾いてるかな?!」

「二日干せば大丈夫よ」

「持ってくる!!」


 そう言って涼花は屋上に走って行った。実は目玉クッキーを売る時に何か変な服装をしたいけど、今更服なんて考えられないと涼花に言われたのだ。

 その時に私が思いついたのがピニャータだった。ピニャータは紙で出来た球体のもので、中にお菓子を入れておく。そして子どもたちが棒でたたき割ると中からあめ玉が出てくる海外の遊びだ。私は杏樹が幼稚園の時に手作りしたことがある。

 まず風船を作りたいサイズまで膨らませる。そしてその面に障子糊を付けた新聞紙を貼っていくのだ。そして一番上に障子紙を貼る。

 そして完全に乾燥するまで放置。そして一番下の風船を切って落とせば、外の固まった紙だけが残るという仕組み。本当にただ時間だけがかかり、新聞紙をわりと小さな正方形にしないと球面に出来ないのが大変だ。杏樹が幼稚園の頃は静子さんがまだ元気で、逆に目が離せない時期だったので、隙を見てひとりで作った。

 ボウルなどを洗っていると涼花たち数人が白い球体を抱えて戻ってきた。


「乾いてるーーー!」

「良かったわ。じゃあそれを濡れていない所において」

「うん!!」

「それで一番下の所……風船の所をハサミで切るの」

「りょーかい!!」


 そう言って白い球体の一番下……風船が出ている所を切るとシュルシュルと割れて、白い紙状の球体だけが残った。やはり二日もすれば完璧に乾く。下の部分を丸く切ると……、


「かぶれる!! 結菜かぶれるよ!!」

「そうなの。簡単にかぶり物がつくれるのよね」

「えっ、涼花俺にも貸して」

「孝太は頭でかいから無理。壊れる。これは涼花の頭のサイズに合わせてつくったのー! ね、結菜!」


 そういって涼花はかぶり物をとって笑顔を見せた。可愛い。

 その白い球体に水色の丸と真ん中に黒目、そして血走った血管を書き、目の位置に合わせて穴を開けたら……、


「すごいすごい、外が見える」

「ぎゃははははあ涼花やべえ、マジで目玉のJK! 写真撮ろうぜ、やばい!!」

「はぁい、私目玉のJK。イケてる? クッキー買って?」

「きもちわりぃ!!」


 白い目玉をかぶった涼花が両手でクッキーを持ったような手をしてポーズを付けると、それを孝太が爆笑しながら撮影した。

 思いつきだったけど、良い感じに出来て良かった。下が制服なのに頭だけ白い球体に目玉がついている状態なのはわりとインパクトがあると思ったけどやはり良い感じに出来た。衣装を作るのは時間がかかるし、クッキーを作る以上にミシンを扱うのは大変だ。それに布は予想以上に高い。風船と新聞紙、それに障子紙だけでできるピニャータは、人手はあるけど時間や手法がないときに最適案だと思った。それを見ていた瑞樹と孝太、それに数人が駆け寄ってきた。


「今から作っても月曜日に間に合う?!」

「金曜日だから月曜日の朝には乾いてると思うけど……その日、本番じゃない?」

「朝、仕上げるから大丈夫!!」


 そういって六人ほどが風船を自分の頭の大きさを膨らませてピニャータを作り始めた。その中には瑞樹もいた。瑞樹は私と一緒で日曜日には死んでしまうのに。

 月曜日にはこの幸せな空間に居られないのに。私が横に立つと瑞樹は小さな声で、


「こんなの作れたんだな」

「昔はひとりで作ってたの。でも今はこうしてみんなで作れて楽しいわ」

「瑞樹に残していこうと思ってさ。瑞樹だけ無かったら寂しいだろ?」

「そうね、私も結菜の分を作ったわ。あ。新聞紙正方形でもっと小さくしないと球体にできないわよ」

「え?」

「それに糊が濃すぎるわ。これもっと水で溶いたほうがいいの。そうしないと乾くのに時間がかかるの。余ってる小麦粉でのりをつくっても良いかも知れないわ」

「わかった!」


 瑞樹は楽しそうに新聞紙を切り、それを孝太が盗んでいく。切った新聞紙が風にのってふわりと家庭科室を舞う。

 ピニャータを仕上げている間にクッキーはもう完全に冷凍されていた。私と涼花たちはオーブンの余熱を始めてアイシングを作ることにした。

 さすが私立高校の家庭科室。オーブンはなんとガスで6つもあった。ガスの時点でありがたいのに6つ! 一気に焼けて助かる。

 余熱が終わり、冷凍されたクッキーを切ってみると、


「わあああ、目玉。ちゃんと目玉になってる、かわいいー!」

「溶けちゃう前に焼きましょう」

「うん!!」

 

 やはりはじめて作ったものなので、目玉の位置がバラバラだったけど、これも味。むしろその方が手作りって感じがする。

 焼き上がったものにアイシングで血管を描き、クッキーを仕上げた。バラバラになってしまったクッキーをデザート代わりに食べてみんなで笑った。 

 最後にこんな楽しい時間があるなんて……。私は窓から入ってくる風を感じながら目を閉じた。

 こんな時間、きっと結菜も感じたかっただろうな……と申し訳なくなってしまう。でも準備は万端。売るのは結菜に任せるわ。

 結菜のために目玉のかぶり物も作った。それに秘密のピニャータも。

 楽しんでくれるといいな。

 言葉は変だけど、元気でここに戻ってきて。

 

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