いちごパフェ①



「恋愛もいいけどな、勉学にももう少し力を入れてもいいんじゃないか。

 しっかりやって、彼女に男らしさを見てもらえよ」


 恋愛相談に来た生徒に、年甲斐もなく語る僕は見っともなかったんだろうか。


「先生、男らしさとか、そろそろ差別になる言葉使わないでください」


 生徒にそう返されて、ぐうの音もでなかった。

 時代遅れの俺の考えや言葉は、生徒のささくれだった思春期の心には、一切刺さっていないようだった。



 教師生活だって三十年以上続ければ板にもつく。

 同じ教職に就く妻だって二十年以上のベテランだ。

 それでも俺のほうが先輩で、相談なんてできない。

 教職に就けるのもあと僅か。

 退職の二文字が実を帯びてきたころに、私は自信をなくしていた。


 子どもたちのことが、わからない。

 かつては魂でぶつかる熱血教師、なんて持て囃されたが、このご時世、そんなものは疎まれるだけだ。

 ご時世と言えば、この国は経済的にもよろしくなくて、子どもたちが心配するのは年金だの給料だの。

 そんなことより大事なものが昔はあったような気がするが、俺が見ていなかっただけなのかもしれない。

 時代に取り残された、哀れな教師。

 それが俺なんだろう。

 

 学校の帰り道にそんなことを考えながら歩いていた。

 すぐに家に帰る気にもなれず、ぶらぶらと。

 生徒にでも見られたら示しがつかないな、などと思うあたり、俺はまだ教師だった。


 はあ、と大きくため息を吐くと、いつの間にかそこは知らない路地裏だった。


「なんだ、こんなところあったか?」


 誰に言うでもなく呟く。


 学校の近くなのに教師が知らない、というのも格好がつかない。

 そう思い、ごつごつとした石畳を歩く。

 夜も更けてきて、開いている店はなさそうだ。

 すると、微かに甘い香りが漂ってきた。

 その香りに惹かれるように路地を抜けると、開けた場所に出る。

 そして、俺は目を見開いた。

 

「うおっ」


 桜だ。

 桜の木だ。


 これでもかと満開の桜が、そこにあった。

 街灯に照らされ、煌々と輝く薄紅色は堂々としていて、なんとも立派なものだった。


 桜の向こう側に喫茶店があった。

 甘い匂いはそこからしているようだ。


 赤煉瓦の外壁に緑のオーニング。

 出窓には分厚いレースカーテンが引いてあって、店内は見えないが明かりが灯っているのがぼんやりと透けている。

 カーテンのこっち側に、ぽつんと佇むおもちゃの兵隊と目が合った。

 きりりとした兵隊の表情は、どこか緊張しているようで、卒業式の生徒たちを思い出し、くすりと笑ってしまった。

 古びた扉の横にランプと立て看板がひとつ。

 ランプがついていないから、営業時間外なのだろう。

 立て看板には

 

『喫茶 時間旅行  本日、平成七年』


 と、書いてあった。


「九十五年か。あの頃は大変だったなあ」


 教師になって五年目のその年。

 やっと仕事をきっちりこなせるようになって、生徒たちをひとりひとり見られるようになったのがその頃だった。

 そうは言っても、我ながらてんやわんやした毎日を送っていたのだから、今思えば情けないものだ。

 あの頃の生徒たちはよく相談に来てくれたし、未だに連絡をくれる奴だっている。

 それがいつしか少なくなり、ここ数年受け持った生徒で卒業してから連絡をしてくる奴なんて、誰もいない。

 なにを間違ったのだろう。


「はあ」


 また大きくため息を吐く。

 

 すると、それを聞いていたのかと思うようなタイミングで、扉の横のランプがぽうっと灯る。

 その優しい明かりに惹かれるように、私はふらふらと喫茶店に入っていった。





 

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