第6話 そこにはもう源氏名しか残っていない………

お店の前に着いた。

思ったままに行動してしまってお店まで来てしまったがわからないままとりあえずはお店に入る。


「お客様は何名様ですか?」

黒服から声を掛けられる。


「1名です」


「1名様お席ご案内しまーす」

黒服が店内のアップテンポの音楽に負けないように大きな声を発する。


「お飲み物はいかがなさいますか?」


「えっ、あっ」

ドギマギしてしまう。


「生、焼酎、シャンパン」


「コーラはありますか?」


「はい、かしこまりました。

 ご予約やご指名はございますか」


「あっ、えっ、シ、シルさんをお願いします」


「シルさんは本日お休みをいただいております」


「えっ」

小さく声を出す。

まさかシルさんが不在だとは想像もしていなかった。確かにそうだ。毎日いるわけではない。


「他の子のご指名はありますか?」


「えっ、あっ」

とテンパった。


「ではフリーでかわいい子をおつけしますね」

黒服は帰られることを避けるために

他の子を強引につけようとした。


俺はここで断るすべも勇気も持ち合わせていない。


仕方ない、今日はとりあえずここで1時間過ごそう。明日以降仕切り直そう。


気持ちを切り替えようとしていたらホステスさんが目の前に現れた。


「あれー?じょうくんじゃない?」


そこにはタカと仲良く話していたももたんがいた。


「ももさん?」


「今日も来てくれたのね。うれしい。

 今日は1人なの?」


「はい。シルさんに会いに来たら今日は休みでした」


「えっ。シルちゃんは昨日で辞めたよ」


「えっ!?…………

 シルさん辞めたんですか?」


「もう会えないんですか」


「シルちゃんと連絡先は交換してないの?」


「してません………」


(どうすればいいんだ。どうすればいいんだ)

頭が真っ白になる。


(シルさんに会えない、シルさんに会えない)


「連絡先………

 あっ、ももさん、シルさんの連絡先知ってますか」


「ごめん、知らないんだ」


「お店の人は知ってますか?」


「じょうくん、落ち着いて。仮に知ってても

 お客様には私たちの連絡先を勝手に

 教えることはできないのよ」


「あっ。確かにそうですね」


「じょうくん、シルちゃんに惚れちゃったの?」


「惚れたのかはわかりません。

 でも、シルさんのことが頭から離れなくて」


「ふふっ。それを惚れたっていうのよ、じょうくん」


「……………」


好きっていうより頭から離れないっていう方が

正しい気もするけど惚れてると言われたらそんな気もする。


「せっかくワンセット入ってるし、

 お話ししよっか、じょうくん」


「はい、なんかご迷惑かけてごめんなさい」


「いいのいいの。シルちゃんについて

 お話ししてあげたいんだけど実は

 よく知らないんだ」


「仲のいい人とかいなかったんですか?」


「誰とも絡まなかった気がするなぁ。

 業務的なやり取りはしてたけど

 プライベートは誰もわからないんじゃ

 ないかな………

 でもちょっとしたやりとりにも気遣いや

 笑顔もあってみんな印象よくは思っていた

 と思うよ」


「連絡取れる方もいないんですね」

俺はシルさんとコンタクトが取れないことに落胆した。


「わかりやすく落ち込んでるね。

 1時間だけど私、頑張ってじょうくん

 楽しませるね」


ももさんは気を遣って楽しくおかしく話をしてくれた。まるで失恋した男を励ますかのように。


トーク内容も楽しい、話術も上手い。

笑顔もかわいい、なんなら手を握ってくれたり

胸をくっつけてきてくれたりする。


なぜだろう。なにも感じない。

シルさんにあった高揚感がそこにはなかった。


もうすぐ1時間。ももさんは頑張ってくれている。


「あ!そうだ。参考になるかわからないけど

 シルちゃんのことで思い出した」


俺の意識が一気にももさんへ傾く。


「あれぇ?お姉さんが話してたときと食いつき方が全然違うぞぉ」


ももさんは俺の反応の違いに茶化して対応する。


「ごめんなさい......それで?」


「たまにシルちゃんの妹さんがお迎えに

 お店まで来てたよ。この近くの学校に通う

 女子高生っていってたよ。

 シルちゃんと違っておとなしそうな子

 だったよ。でもそれくらいしか情報は

 ないかも。ごめんね」


「いえいえ。ありがとうございます。

 もう会えないかもしれないですけど

 諦められなかったら探してみます」


「じょうくん、私とLINE交換しよ。

 何か情報あったら知らせてあげる」


おれはももさんと連絡先を交換した。

そしてお店を後にした。


諦めきれなかったらといったものの俺の心の中はもう決まっている。あの公園に行くことだ。

会えないかもしれないけどあの場所が残された唯一の接点。今日は会えなくても明日なら会えるかもしれない。明日も会えなくても明後日なら会えるかもしれない。


小高い丘にある公園の階段をのぼる。

昨日と同じように公園のベンチにシルさんがいることを想像する。階段を上るごとに胸が高鳴る。いないとわかっていても期待してしまう。


「あっ...」




やはり誰もいなかった。

仕方ない。今日もいたらそれは奇跡だ。


ベンチに座る。

空を見上げる。昨日と違って曇り空だ。

星空が見えない。

曇り空が心をさらに苦しくさせる。


苦しさから解放されたくてシルさんと一緒に寝た芝生に手で触れる。


「シルさん...」

無意識に言葉が出る。


仰向けになって右腕を伸ばす。

昨日と同じ姿勢をとってしまう。

そして空を見る。

やはり曇り空だ。


今日はもう会えないと言われているようで苦しかった。


でも待ちたかった。

腕を伸ばして寝ていたらそっとシルさんが横に来てくれるかもしれない。

そんなことを考えながら時間は過ぎていく。


どれくらい経ったのだろうか。

時計を見たら深夜の1時を回っていた。

明日も学校だ。帰らないと。


昨日のようにタクシーに乗れるわけでもなく

自宅まで歩いて帰った。


家に着いたらどっと疲れてそのまま寝てしまった。

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