第10話「百里(ひゃくり)を行(ゆ)く者は九十を半(なか)ばとす」
「二つだけ訂正を。
アデル様のおっしゃっていることが正しいなら、Sクラスは二十番目ではなく十九番目です」
Sはアルファベットの十九番目の文字だ。そんなこともわからないとは、元婚約者として恥ずかしい。
「そんな些細なことで揚げ足を取るな!」
アデルが顔を真っ赤にしている。アデルにも羞恥心があったのですね。
「本題はここからです。
確かにアデル様のおっしゃる通り、クラスは成績順にABCDEクラスに分かれております」
「だったら……!」
「その理屈で言うと、Sクラスは最低の十九番目。
しかしながらこの学園は、一学年十九クラスもございません」
「えっ?」
「一学年六クラス、成績順にSABCDEの順番です。
Sクラスの「S」には
つまりSクラスは成績上位の優秀な生徒だけを集めた、特別なクラスということです」
「Sクラスが最低クラスじゃない?
じゃあ……僕のいたEクラスは……」
「学園で一番成績の悪い生徒を集めたクラス……ということになりますわ」
「し、知らなかった……!」
アデルがガックリと肩を落とした。
そんなアデル様を見てSクラスの生徒を中心に笑いが起きた。
笑っているのは、アデルに「Sクラスは最低のクラス」と言われて、憤っていた人たちだ。
アデルと同じEクラスの生徒は、「あんなバカと同列に扱われたくない」と漏らし、居心地を悪そうにしている。
「アデル様のお言葉をお借りするなら、
最下位クラスにいたあなたに領地経営なんかさせたら、伯爵領はめちゃめちゃになりますわ。
ですから、アデル様の申し出はお断りさせていただきます」
「くっ……!」
アデルは悔しそうに唇を噛んだ。己の発した言葉がブーメランのように帰ってきたのだ。ぐうの音も出ないのだろう。
「アデル様、いまお義姉様はなんて言ったの?
あたし、全然わからな〜〜い。
なんでSクラスがEクラスより優れてるの〜〜?」
異母妹の発言にアデルは苛ついているようだ。
一から十まで説明しても理解できないおバカがいた。
あれが異母妹なのかと思うと恥ずかしい。
「それとミランダ。
あなたと、父と、父の愛人には今日限り伯爵家を出ていってもらうわ」
「はっ? なんでよ!
そんなの横暴よ!」
「なんでって、あなたが学園に入るとき契約書を交わしたでしょう?」
「えっ? 契約書……?」
その顔は記憶にないって顔ね。
「王立学園を卒業するまでにかかる費用は莫大なの。
平民にはとても払えない程にね。
居候にすぎない父の愛人の娘の為に、私がその費用を出してあげる筋合いはないのよ。
あなたは平民だから学園に通う必要性もないしね。
だから私は、あなたを学園に通わせる費用を立て替える代わりに、契約書にサインさせたの。
覚えていないかしら?」
「契約書……?
あのときの……!」
異母妹は私に言われてようやく思い出したようだ。
「あなたがサインした契約書にはこう書かれていたのよ。
『わたくしミランダは、学園を卒業するまでに婚約者を見つけるか、もしくは就職先を見つけ、学園を卒業後は速やかに伯爵家を出ていきます。
もし仮に卒業までに婚約者も就職先が見つからなくても、卒業と同時に伯爵家を出ていきます。
その際伯爵家で得た物は全て置いていきます。
伯爵家で知り得た情報は決して口外いたしません。
もし上記の契約を一つでも破ったときは、ミランダが学園を卒業するまでにかかった費用と、ミランダが伯爵家に来てからかかった飲食代を一括でお支払い致します。
もしお金が払えなかった時は、借金がなくなるまで鉱山で働くことを誓います。
またカトリーナ・ウェルナー伯爵が望む罰を受けます』とね」
契約書の文章はこんな簡単な言葉ではなく、もっと難しい言葉を使い、わかりにくく書いてあった。
契約書を読まずにサインした異母妹には、契約書の内容が難しかろうが簡単だろうが、関係ないのかもしれないが。
「あなたが学園に入学するとき、父と父の愛人にもサインをもらったわ。
『ミランダが学園を卒業するまでに就職先を見つけて伯爵家を出ていきます。
もし仮に就職先が見つからなかった場合も、ミランダの卒業と同時に伯爵家を出ていきます。
その際伯爵家で得た物は全て置いていきます。
伯爵家で知り得た情報は決して口外いたしません。
もし上記の契約を一つでも破ったときは、伯爵家に来てから出ていくまでにかかった自分たちの飲食代を一括でお支払い致します。
伯爵家から盗み出し、売却した物を全て弁償いたします。
もしお金が払えなかった時は、借金がなくなるまで鉱山で働くことを誓います。
またカトリーナ・ウェルナー伯爵が望む罰を受けます』と書かれた契約書にね」
父は一応契約書に目を通したが、小難しい言い回しの文章を理解することができず、諦めて契約書にサインをした。
内容のよくわからない契約書にサインするなんて、元貴族としてありえない。
母や祖父が父に仕事をさせなかった理由がよくわかった。
父に仕事をさせていたら、伯爵家は今頃なくなっている。
「そんなの酷い!
お父様はお義姉様の実の親でしょう?!
あたしはお義姉様の可愛い妹でしょう?!
なんでこんな無慈悲なことができるの!」
「私は自分のしたことを酷いとは思いません。
居候の分際で愛人と愛人の間に作った子供を伯爵家に連れてきた父と、
異母姉の婚約者に色目を使う異母妹に、伯爵家を出ていく猶予を三年も与えたのですから。
この程度の罰で済ませるなんて、むしろ優しすぎるくらいだと思っています」
「あたしもお父様もお母様も、伯爵家を出ていかないからね!」
「それなら結構。
期日を過ぎても伯爵家を出ていかない場合、あなたが学園を卒業するまでにかかった費用と、あなた方が伯爵家に来てからかかった飲食代と、あなた方が伯爵家から盗み出し売却した物の費用を全額払ってもらうわ。
支払えない場合は三人を鉱山に送り、強制労働に就かせ、借金を返してもらうわ。
三人で働けば十年もあれば返済できるでしょう」
「嫌よ!
あたしは伯爵家を出ていかないし!
鉱山にもいかないわ!」
「出ていかないなら裁判を行います。
裁判にかかった費用もあなた方に請求します。
ダダをこねるほど、鉱山で働く期間が伸びるだけよ」
「そんな……!
お義姉様の人でなし!
なんとかしてアデル様……!」
「僕に触るな!
お前のせいで伯爵家の婿養子の座を逃したんだ!
この嘘つき!
平民のくせに貴族ヅラして高貴な僕に話しかけてきやがって!
お前のせいで僕の人生はめちゃくちゃだ!!」
異母妹がアデルにすがりつき、アデルはそんな異母妹を力いっぱい突き飛ばした。
突き飛ばされた異母妹は尻もちをついている。
その光景を見ていた生徒たちが眉をしかめアデルを睨んでいる。
「ミランダ様は悪女とはいえ、女の子を力いっぱい突き飛ばすなんて最低!」
「彼女、ゲルラッハ子爵令息の子供を妊娠しているかもしれないんでしょう?」
「自分の子を宿しているかもしれない女性に、なんて態度なの!」
女子生徒を中心にアデルへの非難の声が上がる。
「くそっ!
いつまでもこんなところにいられるか!
子爵家に戻って父上と母上に相談しないと!
カトリーナ、僕はお前との婚約を絶対に破棄しないからな!
必ずお前と結婚して伯爵家の婿養子に入ってやる!!」
アデルは捨てゼリフを残して会場を出ていった。
「待って〜〜! アデル様〜〜!」
アデルのあとを異母妹が追いかける。
二人がいなくなって、ようやく会場が平穏を取り戻した。
「元婚約者と伯爵家の居候がご迷惑をおかけしました」
私は会場にいる皆様に頭を下げた。
「カトリーナ、あなたのせいじゃないわ」
クロリスが優しい声をかけてくれる。
「その通り、悪いのはゲルラッハ子爵令息とミランダ嬢だ」
「あんなのが元婚約者と腹違いの妹だなんて気の毒に」
「あの二人が破滅したのは自業自得さ、君が気にすることじゃない」
クロリスの言葉に続いて、クラスメイト達が優しい言葉をかけてくれた。
クラスメイト達に続いて先生方や他のクラスの人たちも「気にすることはないよ」「これからパーティーを仕切り直そう」とおっしゃってくれた。
本当に優しい人達ばかりだ。
アデルと異母妹が退場したあと、卒業パーティはまた賑わいを取り戻した。
皆、学生最後の日を思い思いに楽しんでいた。
私もクラスメイトたちと、思い出話に花を咲かせた。
☆☆☆☆☆
パーティが終盤に差し掛かったとき、クロリスに呼び止められた。
「退場するときのゲルラッハ子爵令息の言葉が気になるわ。
窮鼠猫を噛むという言葉もあるし、今日は伯爵家に帰らないほうがいいんじゃないかしら?
追い詰められた人たちは、何を仕出かすかわからないもの」
「例えば?」
「子爵夫妻とゲルラッハ子爵令息とあなたの父親と愛人とミランダ様がぐるになって、あなたの貞操を奪おうとするとか……」
「えっ?」
「彼らをまともな人間だと思ってはだめよ。
目的の為なら手段を選ばない連中だと思って相手にしないと危険よ。
彼らなら最悪そのくらいのことはやりかねないわ。
だから伯爵家に帰るのは危険よ」
「クロリスの言うとおりね」
クロリスに言われ、私はあの人たちならやりかねないと思った。
伯爵家には私の雇った護衛もいるが、念には念を入れた方がいい。
「公爵家が経営するホテルがあるわ。
そこならセキュリティがしっかりしてるから安全よ。
公爵家で雇った護衛もつけるわ。
今日だけでなく裁判が終わり、全ての片が付くそこに泊まった方がいいわ」
「でも、それじゃあクロリスに迷惑が……」
「親友でしょ、気を遣わないで。
むしろもっと頼ってほしいくらいよ」
「ありがとうクロリス、お言葉に甘えてホテルに泊まらせてもらうわ」
「本当は公爵家に来てもらいたいんだけど、今は事情があってできないの。
ごめんなさいね」
「気にしないで。
これだけしてもらったら十分よ」
「全てが終わったら公爵家に招待するわ。絶対に遊びに来てね」
「うんありがとう、楽しみにしてるね」
☆☆☆☆☆
こうして私は波乱含みの卒業パーティを終えた。
私はクロリスの助言通り、パーティのあと家には帰らず、彼女に紹介されたホテルに泊まった。
王都で一番豪華なホテルのしかも、ロイヤルスイートルームに通され、私は目を丸くした。
いくら伯爵家でもこんな豪華な部屋に何日も泊まれない。
さくさくアデルとの婚約を破棄して、父と父の愛人と異母妹を伯爵家から追い出してやる。
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