第8話「そして冒頭の話に戻る」
これであとはアデルとの婚約を破棄し、用済みになった異母妹を父と父の愛人と一緒に伯爵家から追い出すだけ。
アデルとの婚約破棄は卒業式の翌日、伯爵家で行おうと計画していたのだが……。
「カトリーナ・ウェルナー伯爵令嬢!
貴様の暴虐無道で厚顔無恥な態度には辟易する!
僕は貴様との婚約を破棄し、ミランダ・ウェルナー伯爵令嬢と婚約する!」
私からアデルに婚約破棄を持ちかける前に、彼に婚約破棄を突きつけられてしまいました。
しかも卒業パーティというお祝いの席で。
壇上にいるアデルと、彼の腕をぶら下がっている異母妹は得意げな顔をしている。
「良かったわね、カトリーナ。
これでパワハラ婚約者と節操のない異母妹と縁が切れるわよ」
私のすぐ隣にきたクロリスが小声で話しかけてくる。
「この日の為に熱心に浮気の証拠集めもしていたものね」
口元を扇で隠し、クロリスがフフッと笑う。
「クロリス、この状況を楽しんでない?」
「ええ、少しだけ。
愚か者たちが揃って破滅していくのを見るのは楽しいわ。
あなただってこの状況を望んでいたのでしょう?」
「勘違いしないでクロリス。
私はこんな目立つ場所での婚約破棄なんか望んでないわ。
アデル様との婚約破棄は、子爵夫妻を自宅に呼んで、関係者以外の目に触れないところで、暗暗のうちに行うつもりだったんだから」
伯爵家の応接室でするはずだった婚約破棄を、まさか学園の卒業パーティですることになろうとは……。
アデルも異母妹も最後の最後まで迷惑をかけてくれる。
「おい! 聞いているのか? カトリーナ!
今から貴様の悪事を暴露してやるから覚悟しろ!」
壇上でアデルが叫んでいる。
彼は「正義は我にあり!」と言いたげな顔をしていた。
私は意を決して壇のすぐ前まで移動した。
クロリスも私の後をついてきてくれた。親友が直ぐ側で見守っていてくれると思うと心強い。
「アデル様との婚約破棄、承知いたしました。
ですが暴虐無道で厚顔無恥な態度を取ったことはございませんし、悪事を働いたこともございません。
先ほどのお言葉を撤回し、私に謝罪してください」
そういえばアデルは異母妹に、私の犯した悪事についてノートに記しておけとおっしゃっていましたが、異母妹は実行したのかしら?
アデルの性格からしてそんなノートがあったら、私に投げつけて来ても不思議はない。
ノートが飛んでこないということは、異母妹はアデルの言いつけを守らなかったのね。
「お前が伯爵家でミランダにしていたことを僕が知らないと思っているのか!
お前は美しいミランダに嫉妬し、彼女に暴力を振るい、暴言を吐き、彼女の物を盗んだりしていたのだろう!?
ミランダの物を盗んでおきながら、使用人たちの前で「それは私の物よ返して!」と言って、彼女に恥をかかせたこともあるそうじゃないか!?
その上、ミランダに「あなたは平民なのよ! 父親と愛人と共に伯爵家を出ていって」と言ったこともあるそうだな!
父親の再婚相手なら義理の母親だろう? それを「愛人」呼ばわりし、妹を平民扱いするなんて、お前は最低だ!
伯爵である父親を差し置いて、偉そうに家令に指図していたこともあるそうじゃないか!
これを暴虐無道で厚顔無恥な行いと言わず何と言う!」
アデルが鼻の穴を大きく膨らませ、「どうだ反論できないだろう?」と言いたげな顔でこちらを見ている。
異母妹がアデルの腕にすがりつき、「アデル様、あたし辛かった……!」と泣き真似をしていた。
アデルは「よしよし、今まで辛かったね。もう大丈夫だよ」と彼女の頭を撫でている。
なんだこの茶番劇は?
Sクラスの生徒は卒業パーティを台無しにした二人に、眉根を寄せている。
AからCクラスの生徒は、呆れた顔で二人を眺めている。
Eクラスの生徒は、アデルと異母妹のクラスメイトなので、やや二人に同情的だ。
「アデル様はいくつか誤解しているようですね」
「誤解だと?」
「私は異母妹に暴力を振るったり、暴言を吐いたりした覚えはございません」
「嘘をつくな!
お前はミランダが父親から愛されていることに嫉妬し、彼女が父親から貰ったドレスに向かって、
『それは私の物よ返して!』
と言って彼女を泥棒扱いしたそうじゃないか!
腹違いとはいえ妹を平気で陥れるような、心の醜い人間の言葉など信じられるか!」
「異母妹が私の部屋に侵入し、私のドレスとアクセサリーを盗んでいったのです。
彼女が盗み出した物に『それは私の物よ返して』というのは当たり前ではございませんか?」
「ミランダは、ドレスは父親であるウェルナー伯爵に買ってもらったと証言している!」
「断言します。
ウェルナー伯爵がミランダにドレスを買い与えたことなどありません」
「なぜ、お前がそんなことを断言できる!?
ウェルナー伯爵はお前よりもミランダのことを可愛がっている!
可愛い娘にドレスを買い与えることぐらいあるだろう?
さては貴様、自分がウェルナー伯爵からドレスを買い与えられたことがないから、ウェルナー伯爵に可愛がられているミランダに嫉妬し、彼女を目の敵にしていたのだな!」
「可哀想なお義姉様、お父様からの愛情が欲しかったのね!」
アデルが壇上から私を罵り、その隣にいる異母妹が私に同情的な視線を向けた。
そんな異母妹を見たアデルが、「ミランダは優しいな。自分を虐めてきた異母姉に同情するなんて」と言ってる。
この二人、本当にうざい。
さっさとこの茶番劇を終わらせて、二人との縁を切ろう。
「ウェルナー伯爵がミランダに何も買い与えていないと、断言できますわ。
だってウェルナー伯爵家の当主は私ですもの」
「はっ?!」「えっ?!」
アデルと異母妹は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。
二人には何度も説明したはずなのですが、都合の悪いことは右から左に抜けていく耳を持つ二人の記憶には、残っていなかったようですね。
「お前が伯爵家の当主であるはずがない!」
「そうよ、嘘をつかないで!
伯爵家の当主はお父様よ!」
「二人には何度も説明しましたよね?
前伯爵は私の母。
父は伯爵家の婿養子。
母が亡くなる前に私に家督を相続させたので、私は十四歳の時から伯爵家の当主です」
「なっ、十四歳なんて未成年じゃないか!」
「そうよ! 子供が家督を相続するなんておかしいわ!」
アデルと異母妹が私の言い分に抗議する。
「ですから母の弟、私にとっては叔父に当たる方に、私が成人するまでの後見人になっていただきました。
しっかりとした手続きを踏み、後見人がいれば未成年でも爵位は継げるのですよ。
ご存知ありませんでしたか?」
アデルと異母妹は口を半開きにしてポカンとしている。
「父のことは一応身内なので、年老いるまで面倒を見てあげるつもりでした。
しかし父は母の死後、すぐに愛人と外で作った子を連れて伯爵家に乗り込んで来ました。
父が母の存命中から浮気し、愛人との間に私と三か月しか歳の違わない妹がいると知り、気が変わりました。
私は当主の権限で父を伯爵家から除籍しました。
父は婿入りのとき実家である男爵家から除籍されています。
ですから伯爵家から除籍された瞬間、父は平民になりました。
父も平民、父の愛人も平民なので、当然その娘であるミランダも平民。
父には可愛そうなので多少のお小遣いをあげていました。
しかし私が父に与えたお小遣いは少額。
私が父に与えたお小遣いでは、ミランダが着ているような高価なドレスやアクセサリーを買えるはずがないのです。
ですから私の部屋に侵入しクローゼットからドレスやアクセサリーを盗み出したミランダに、「それは私の物よ返して」と言ったのです」
私の説明を聞いて、アデルは絶句していた。
都合の悪い話を右から左に抜けてアデルが何も理解しなかったらどうしよう? とやや不安でしたが、今日はちゃんと私の話を理解してくださったようですね。
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