第2話「自分が伯爵になったと思い込んでる父親が、愛人と愛人の間にできた子供を連れてきた」




それから四年が過ぎ。


優しく賢かった母も、私が十四歳の時に亡くなった。


死期が近いことを悟った母は、生きている間に私に爵位を継がせた。


この国の成人は十八歳。成人前でも後見人さえいれば爵位は継げる。


なので私が成人するまで、母の弟……私に取っては叔父が後見人になってくれた。


この国では「男女問わず先に生まれた子供」が爵位を相続するため、叔父は他家に婿養子に入っている。


貴族は血の繋がりを重んじる。


母が亡くなったら私。


私が失くなったら叔父。


叔父が亡くなったら叔父の子が。


その子も亡くなったら親戚の誰かが伯爵家の家督を継ぐ。


だから婿養子で伯爵家の血が一適も入ってない父が、伯爵家を継ぐことは天地がひっくり返ってもあり得ない。




☆☆☆☆☆





しかし、父は母が亡くなったあと自分が伯爵家の当主になったと勘違いしていた。


父は愛人と、愛人の連れ子のミランダを伯爵家に連れてきた。


「政略で結婚した妻が、やっと亡くなった。妻が死んでくれたおかげで、わしは伯爵になれた。

 お前たちにはこの十数年苦しい生活をさせたが、日陰の生活はもう終わりだ。

 これからは伯爵家で贅沢な暮らしをさせてやる。

 ヒルダは伯爵夫人、ミランダは伯爵令嬢だ!」


私は父のその言葉を聞いたとき、無一文で三人まとめて貧民街に捨てて来てやろうかと思った。


父の言葉は「母が死んで嬉しい」と言っているようなものだ。


「お父様、あたし髪の色と同じ桃色のドレスが着たいわ」


「ミランダはわしの血を分けた可愛い娘。

 伯爵のわしがなんでも買ってやる」


「きゃーー! 嬉しいわ!」


さらに私を苛立たせたのが、ミランダが愛人の連れ子ではなく、父の実子という事実。


「お父様、階段の上から知らない女の子がこっちを睨んでいるわ。

 あの子はだぁれ?」


「あの娘は先妻との娘のカトリーナだよ」


「先妻の娘? じゃあ、あの子はあたしの腹違いのお義姉様になるの?」


「カトリーナの方が年上だが、ミランダとは歳は三か月しか違わない。

 無理して『お義姉様』などと呼ぶ必要はないよ」


「は〜〜い」


伯爵家の婿養子の分際で、母の存命中に浮気して、浮気相手との間に私と三か月しか歳の違わない娘を作って、母が亡くなったあと、伯爵家に連れてくるとか……父はどれだけ面の皮が厚いんだ!


厚顔無恥にも程がある!


言われて見れば、ミランダの髪と瞳の色は父が連れてきた愛人と同じピンクだが、彼女の顔の作りは父に似ていた。


母の存命中に浮気をし、子供まで作り、母の死後は己が伯爵になったと勘違いし、愛人とその娘を伯爵家に連れてきた父に、私は心の底から幻滅していた。


父と愛人とミランダの身ぐるみ剥いで、野獣の出る森に捨ててきてやろうか……と本気で考えるぐらい、私は父に腹を立てていた。





☆☆☆☆☆




父は伯爵家の金を自由に使えると思っていたが、母が生きていたときと変わらずお小遣い制なのに憤慨。


仕事もせずに愛人を連れ込んだろくでなしなど、今すぐ追い出してもよいところだ。


むしろろくでなしの父に、住むところと食べ物を提供し、お小遣いまで上げている私の心の広さに感謝してほしいくらいだ。


異母妹は父にドレスを買ってもらえないとわかると、私の留守中に部屋に入り込み、ドレスやアクセサリーを盗んでいった。


しかもあろうことか「お義姉様いいでしょう? これお父様に買ってもらったのよ」と私に自慢してきた。


私は「私の部屋から盗んだのね、返しなさい」と異母妹を責めた。


すると異母妹は、

「お父様に買っていただいたものを取り上げようとするなんてお義姉様ひどいわ!

 あたしがお義姉様よりお父様から愛されているから、嫉妬しているのね!

 だからあたしのドレスやアクセサリーを取りあげた上に、あたしを泥棒扱いするのね!」と泣き出した。


そこに父の愛人も加わり母娘でギャーギャー喚き立てられ、私のストレスはマックス。


それでも私は父の愛人と異母妹に、

「父は伯爵家の当主ではなく婿養子です。 

 前当主である母が亡くなった今、父は伯爵家の居候に過ぎません。

 伯爵家の居候にすぎない父に、高価なドレスやアクセサリーを買えるお金などありません」

と根気よく何度も説明した。


しかし二人には最後まで理解して貰えなかった。


二時間ほど説明したあと、私は「こいつらはまともではない、説明するだけ無駄だ」という結論に達した。


その数日後。


思ったより贅沢な暮らしができないと知った父と愛人が、伯爵家の調度品を持ち出して売り始めたので、私は貴重品を持って離れに引っ越した。


そして離れの警備を厳重にし、そこで執務をこなすことにした。


本邸にあるのはイミテーションばかり。それらを売ったところで、大したお金にはならないだろう。


しかし泥棒は泥棒なので、彼らが何を持ち出し何を売ったのか、監視をつけてしっかりと記録に残させた。


証拠も揃ったし、この泥棒たちをいつ役所に突き出してやろうか?


しかし、血縁から泥棒が出るなど家名の恥だ。ここは内々に済ませ、三人まとめて荒野か砂漠に捨ててきた方が良いだろうか? 


私がどちらがいいか思案していたとき……。


使用人が先触れもなしにアデルがやってきたと告げた。


アデルは月に一回のお茶会はすっぽかすくせに、こうして思いつきで先触れもなしに訪ねて来ることがあった。


そういうときのアデルの態度は「先触れもなしに急に訪ねてきてすまない」なんて殊勝なものではなく、

「婚約者様が会いに来てやったんだ! 手厚くもてなせ!」という横柄なものだった。


アデルは本当に自分を何様だと思っているのだろうか?


元々悪かった態度が、前当主である母が亡くなってからますます悪くなった。


それはつまり現当主である私が、アデルにも子爵夫妻にも舐められているということだ! 悔しい!


もっとも、アデルが私が伯爵家の現当主だと理解しているか怪しいが。


アデルのことだから婿養子の父が伯爵で母は伯爵夫人、伯爵家の一人娘である私と結婚したら自分が次の伯爵になれる……と勘違いしたままな可能性もある。


子爵夫妻は「アデルにはよく言って聞かせますから」「己の立場を理解させますから」と言っていたが、あの夫妻の言葉はあてにならない。


私が「お茶会をすっぽかさないようアデル様に言ってください」「先触れもなく急に訪ねて来られては困ります」と子爵夫妻に苦情を言ったときも、

子爵夫妻は「アデルにはきちんと説明しておきますから」と言っていたのだ。


それなのにアデルはこうして先触れもなく伯爵家を訪れている。


これが、私が子爵夫妻の言葉を信用出来ない理由だ。


こっちは貴族の娘としてのマナーの勉強に、伯爵としての勉強と領地経営で忙しいのだ。



来年は学園に入学するから、そのための準備もある。


父と父の愛人と異母妹のことだけでも頭が痛いのに、この上モラハラな婚約者まで加わったらたまらない!



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