無茶振り
緊張した様子で雑誌部前の廊下を歩く里山は、所々で壁に張られたポスターを見つけると透かさず目を通した、ポスターには国文社が特に力を入れて目白にしている大物作家、上野 善治先生の姿を映したポスター等もあった、学生時代に良く上野先生の作品を読破していた里山はつい気になってしまい、足を止めてそのポスターをしばらく眺めてしまった、「里山君、、里山君!」先に里山を案内するため前に歩いていた中年社員の小林は、足を止める里山に声をかけた、里山は声をかけられると慌てて小林のもとへと駆け寄り、低く頭を下げた、「すいません、」
「里山君は上野先生の作品が好きなのかい?」つい気になった小林は軽いコミュニケーションの代わりで問いかけてきた、「あ、えぇ、よく学生の頃に上野先生の作品を読んできたので、つい気になっちゃいまして」里山は軽く笑いながら小林に応えた、「なら良かった、内の業界だったら里山君もすぐに上野先生に会えるよ」小林は歩きながら軽くそう話した、そうこうしている間に二人は目的の雑誌部へと着いた、ドアの隙間からチラッと部署を覗いた里山は、その光景に緊張を感じ始めた、雑誌部は慌ただしい雰囲気で仕事に追われ、ずっと静かになる時がなく騒がしい部署であった、「編集長、見出しはこんな感じてすか?」 「編集長!目黒区内に配置してた目標が出てきたと情報がありました」
この国文社の雑誌部を指揮する編集長の矢代は、社員達の話しに素早く耳を傾けては、スムーズに各々の対応を里山の目の前で見せつけた、矢代は記者の萩原が提示した未完のコラムに目を通すと的確な指示を出し始めた、「う~ん、確かに気になる内容ではあるが、そもそも読者の目に止まらないとこの記事の意味がない、もっと読者が気になるメッセージを付け加えて」 「わかりました、」萩原は困惑した表情を見せるも、素直に自分のデスクへと戻っていった、しばらく矢代の側で時間が空くのを待っていた小林は、萩原が去った瞬間に矢代の方へと駆け寄ってきた、「矢代君、」すると矢代はこちらに気がつくと、軽く笑みを見せながら小林に挨拶した、「小林さん、どうもご無沙汰しております」
「昨日話した彼女が、新入社員の里山 恵君だ」 小林から紹介されると里山は明るく頭を下げて挨拶した、「里山 恵です!よろしくお願いします」ふと頭を上げて矢代の方を振り向くと、矢代の目線は全くこちらを見ていなかった、思わず里山は動揺して辺りを見渡したその時、「遅かったな~!」突然矢代は里山と小林の間を割いて雑誌部へと入ってきた大鷲の方へと駆け寄って行ってしまった、「え? 」思わず驚いて後ろを振り向くと、矢代はこちらを気にすることなく大鷲と話し合っていた、「他の記者クラブからも情報は既に回ってるかもしれません」
「いいや、いち早く情報を掴めたのなら上出来だ、記事になるような写真を任せたぞ、」そう言い終えると、軽い笑顔で大鷲の肩を叩いた、「ですが編集長!俺一人じゃ、編集長が納得するような一枚は無理ですよ、」矢代のいつもの無茶振りに大鷲は思わず困惑した、すると矢代は腕を組んで黙り込んだ、ふと後ろを振り向くと、矢代は何かを決めたかのように大鷲に提案した、「新しく入った彼女にも現場に行って貰おう。」
一時間後、里山は記者の大鷲につられて目黒区のとあるビジネスホテル前の駐車場にいた、「いいか、七海 清二がホテルから出てきた瞬間に、このカメラでとにかくシャッタ―を切れ」
「えぇ、わかりました」里山は終始理解が追い付いていないものの、大鷲の勢いに圧されがまま、カメラを持って車から降りた、そして二人は足早にホテル前へと向かっていった、ホテル前へと着くとそこには既に大勢のマスコミが辺りを占領して、道路にごった返していた、「チ、情報が早いな」里山は不安そうな顔でふと大鷲の方を振り向くと、大鷲は左右に散るよう指示して里山から離れていってしまった、「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」そんな時、回りの記者達が突如騒ぎ始めた、「カシャカシャ、カシャカシャ!」一斉にカメラのシャッターを切る音が鳴り響くなかで、ビジネスホテルのエントランスから衆議院議員の七海 清二が姿を現した、その瞬間、一斉に記者達が七海の方へと集まり質問を次々と投げ掛け始めた、「先生早くこちらへ、」七海の後ろから出てきた秘書官の高嶋が、七海を守るように記者達の間に入り込みながら、自家用車へと誘導し始めた、「七海議員!今回浮上になった疑惑について答弁をお願いします」
「七海議員!」これでもかとしつこく質問を投げ掛けてくる記者達に痺れを切らした高嶋は強い口調で怒鳴りながら七海を誘導した、それでも記者達は収まりきれず、どんどんと人がごった返したその時、記者達の間から押し込まれて、つい高嶋の前へと里山は倒れ込んでしまった、その時、ポケットに入れていたボタンアメのお菓子を地面に落としてしまった、「あちゃ~何してるんだよ新人は」思わず記者達の間から大鷲は痛い顔を浮かべた、「おい!何してる、早くそこをどけ」
「ごめんなさい、」高嶋から強く言われ、すぐにその場をはなれようとしたその時、「ボタンアメか、懐かしいな、」ふと高嶋の後ろから七海がゆっくりと、落ちたボタンアメを拾い上げ、そっと里山に手渡した、「このアメは子供の頃はよく食べたもんだな、へへ、君も頑張って」軽く笑顔でそう一言告げると、車へと乗り込んでいった、
里山はさっきまでの事が嘘のように感じ、しばらくその場で放心してしまった。
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