第七話:二つの再会

「一体何でしょう?」


 静かに問いかけてくるエリスさんに、俺はこう願い出た。


「俺は確かに異世界から来ました。それはちゃんと証明します。ですが……ここからの話は、あなたとエスティナさんだけの秘密にしてほしいんです」

「え?」


 エスティナは思わず驚きの声を漏らし、エリスさんは真意を確認するように、じっとこちらを見つめてくる。

 その真剣な瞳から目を逸らさずにいると。


「それは、この世界に大きく影響する事なのですか?」


 彼女はそう問いかけてきた。


「いえ。どちらかといえば、俺の都合だけです」

「都合? それだけのために、私達にそれを飲んでほしいと」

「はい」


 こっちが迷いなく返事をしたせいか。

 エリスさんは少しいぶかしげな顔をする。


「理由を聞いてもよろしいかしら?」

「……俺は、あなた達を信じたいから」


 その言葉に、一瞬眉をピクリと動かすエリスさん。

 エスティナも戸惑いながら、事の成り行きを見守っている。


 そんな反応も最もだ。

 いきなり信じるなんて言われたって、意味が分からないと思う。

 でも俺は、自分の直感を信じ、決意を込めてこの言葉を口にした。


 だって、もしエリスさんが本当に母さんの妹さんだとしたら、母さんの身内を疑うのは、どうにも後ろめたいし。


 エスティナの事だってそうだ。

 彼女が昔と同じように接してくれるかなんてわからない。

 俺のことなんて忘れてるかもしれない。

 でも俺にとって、エスティナは大事な人。

 だからこそ、真実を伝えても願いを聞き入れてくれる。そう信じていたいから。


 目を逸らさずエリスさんを見つめ続けていると、視線を受け止めていた彼女がこんな提案をしてきた。


「でしたら、こちらも一つだけ条件を出させて頂戴」

「どんな条件ですか?」

「デルタは私達の忠実な執事であり、エスティナの付き人。ですから、彼にもあなたの事情を聞かせる事。いかがかしら?」


 やっぱりデルタさんは、そういう立ち位置だったか。

 気になっていた謎のひとつが解け、俺は納得する。

 そして同時に思った。

 俺の命を心配してくれたあの人なら、信頼できるって。


「わかりました」


 俺がしっかりと頷くと、エリスさんも頷き返してくる。


「では、貴方あなたが異世界からやってきたという証拠、見せてもらえますか?」

「はい」


 俺は上着の内ポケットからスマートフォンを手にすると、ロック画面を解除してあるアプリを起動しつつ、ゆっくりとエリスさんに歩み寄る。

 そして、そのままスマートフォンの画面が見えるように、彼女に手渡した。


「……これは!?」


 その瞬間。彼女は片手を口に添え目を大きく見開くと、画面を見たまま暫く固まってしまう。


「お、お祖母様ばあさま?」


 予想外の事に、エスティナが心配そうに問いかけたんだけど、彼女も次の瞬間動けなくなった。


 エリスさんの目尻に溜まった涙がぽろぽろと零れ落ち、彼女の足元のカーペットを濡らしていく。エスティナはきっと、その光景に唖然としたに違いない。


 ……俺が彼女に見せた物。

 それは俺が以前撮影した、両親の写った写真だった。

 エリスさんは涙目のまま、じっとその画像を見つめ、その身を震わせている。


「……二人とも、お元気ですか?」

「……はい。お陰様で、元気に暮らしています」

「そう、ですか。……良かった……」


 想い出を噛み締めるように呟いた彼女は、感極まったのか。

 俯き嗚咽を漏らしながら、口に当てていた手で目を隠し、もう一方の手で愛おしそうにスマートフォンを胸に当て、人目をはばからずに涙した。


 ……彼女はやっぱり、母さんの妹さんだった。

 涙したのはきっと、両親と過ごした懐かしい想い出が、沢山蘇ったからだよな。


 切なさと寂しさを感じる光景。

 涙の理由が分からないエスティナは、俺の後方にいるであろうデルタさんに顔を向け、戸惑いをあらわにする。


 俺はといえば、エリスさんの感傷的な雰囲気に釣られて目が潤んだけど、指で鼻をこすり、涙をぐっと堪えた。

 想い出という、幸せだった時の記憶と邂逅する彼女を見つめながら。

 

   § § § § §


「……ごめんなさい。恥ずかしい所をお見せしたわね」


 暫くして。身体の震えが落ち着いたエリスさんは、何処かスッキリした顔で天を仰いだ。


「お祖母様ばあさま。こちらを」

「ありがとう」


 歩み寄ったエスティナからハンカチを受け取ったエリスさんは、それを借りると涙を拭う。


「……はぁ。何時ぶりかしら。ここまで泣いたのは」


 さっきまでの表情から一転。柔らかな笑みを浮かべた彼女は、大きく深呼吸すると俺の方を見た。


「伺いたい事は山程ありますが、まずは本題を済ませてからにしましょう。後でまた、お時間を頂いてもよろしいかしら?」

「はい。喜んで」


 俺の相槌に、嬉しそうに微笑んだエリスさん。

 母さんそっくりな笑顔見ると、やっぱり二人が姉妹なんだって改めて感じるな。


「さて。貴方あなた来界者フォールナーである事は、よくわかりました」

「ま、待ってくださいお祖母様ばあさま。それは、手にされている怪しげな道具が証拠なのでしょうか?」


 さっきと違い過ぎる彼女の反応に、思わず口を挟むエスティナ。

 まあ、スマートフォンが証拠だとしても、急にエリスさんが泣き出した理由もわからないし、色々気にもなるよな。


 敢えて何も言わずに様子を窺っていると、エリスさんは首を横に振る。


「それも証拠のひとつ。ですが、この道具が映し出している者こそ、彼が来界者フォールナーだと示すのに十分な物。勿論、貴女あなたもそう思うはずよ」


 彼女は意味ありげに笑うと、エスティナにスマートフォンの画面を見せた。


「エスティナ。この二人に見覚えがありますね?」

「え? ……そ、その方々は!?」


 思わず身を乗り出し、画面を食い入るように見たエスティナは、目を丸くしたまま、ばっと俺に顔を向ける。


 この反応……多分、覚えてるって事だよな。

 って事は……。


 内心少しドキドキしていると、俺の心中しんちゅうを察したのか。エリスさんがくすりと笑うと、優しく微笑んできた。


「……以前、幼きエスティナより話には聞いていましたが。まさかこうやって、リュウジさんと姉様ねえさまの息子に逢えるなんて。長生きはするものね」

「……じゃあ……やっぱりあなたは……リュウトなの?」


 真実を確認するように、ゆっくりと問いかけてくるエスティナ。

 美少女が向けてくる期待の眼差しに気恥ずかしくなり、俺は一度目を泳がせると。


「……うん。えっと……お久しぶり、かな?」


 視線だけを彼女に向け、はにかみながら自然と頬を掻く。

 そんな俺の言葉を聞き、みるみる彼女の表情に喜びが満ちていくと──。


「リュウト!」


 俺に駆け寄って来た彼女は、勢いよく抱きついて──って、え? え!?

 そこまで予想していなかった俺の心拍数が一気に上がり、顔も一気に火照り出す。


 いや、再会は凄く嬉しい。

 嬉しいけど、い、いきなり抱きしめられてる!?


 ふわりとした髪の毛からほのかに香る、花のような良い香り。

 制服越しにもはっきりと感じる、柔らかな感触。

 背中に回された手から感じる彼女の熱。

 様々な刺激が、俺の恥ずかしさを増長させていく。


 こ、これ、どうすればいいんだ!?

 思わず困った顔をしていると、エリスさんにまたもくすっと笑われ、それがより気恥ずかしさを加速させる。


 でも、喜んでくれているエスティナは、そんな事なんてお構いなしに、俺をぎゅっと力強く抱きしめると、


「リュウト! 逢いたかった!」


 腕の力と同じくらいの力強さで、思いの丈を叫び出した。


「私、あの時の別れは寂しかったけど、きっとまたすぐ逢えるって思ってた! でも、こっちに戻って来て知ったの! 異世界転移なんて早々起こらないんだって! だからもう、あなたに逢えないって思ってた! もっとちゃんとお礼を言えば良かった! ちゃんと想いを口にしておけば良かったって、凄く後悔したの!」


 ……彼女の想いと後悔を聞いて、俺の胸が苦しくなる。


 確かに、あの頃は俺もエスティナも幼かった。

 俺は両親からこっそりと、彼女が元の世界に戻ったら、まず逢えないと思えと聞いていた。

 だから別れの日、すごい寂しかったのを我慢して、必死に笑みを浮かべ見送った。

 けど、彼女はそこまで知らなかったからこそ、そんな後悔もあったんだよな……。


 少ししんみりした気持ちになっていると、エスティナも少し落ち着いてきたのか。

 穏やかな声で、ゆっくりと続きを語る。


「……私、リュウトやご両親のお陰で、お祖母様ばあさまや友達に、ちゃんと再会できたよ。ずっとそのお礼を言いたかった。……本当に、ありがとう」

「……うん」


 俺が短く応えると、彼女は再びぎゅっと俺を抱きしめてくる。

 そして、再会の余韻を味わってるのか。そのまま俺を離してくれないんだけど……。


 変に声を掛けて、気分を害しちゃいけないんだろうか?

 でも、二人っきりならともかく、今はエリスさんやデルタさんが見てるんだけど……。


 俺が悩ましさを顔に出しつつ、何も言えずに困っていると。


「ミャーウ」


 隣にいたミャウが、何処か不服そうな鳴き声で、再会に水を差したんだ。

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