小説が書けなくなった

智原 夏

書けなくなった

 小説が書けなくなった。


 何本か書いてみたが、どれもこれも満足のいく出来にはならなかった。


 そんな時だった。

 私は一人の男性と出会ったのだ。

 彼はデビューしたばかりの小説家、白戸有也しろとゆうや先生で、私の小説を褒めてくれた。


 そして、こう言ってくれたのだ。


理佐りさならもっと書けるよ! だって、理佐の作品の登場人物は、とても輝いている。諦めるのはもったいないよ。だから僕と一緒に頑張ってみよう!」


 彼の言葉はとても嬉しかった。でも、同時に疑問を覚えた。


「私には才能がないから……」


 そう言うと、彼は首を横に振って否定した。


「いいや、違うね。自分では気付いてないけど、理佐の作品は読むととても救われて、頑張ろうって思えるんだ。そういう気持ちにさせられる素敵な話が書けるんだから、諦めないで」


 彼の言葉を聞いているうちに、今まで自分の心の中にあったモヤモヤとした感情の正体に気付いた。

 本当は才能がないと言ってほしかった。小説を書くのは好きだけど、苦しかったからだ。


 それと同時に、プロの小説家にこんなに自分の作品を褒められたことが、意外でとても嬉しかった。


 そして、小説家として活躍している彼に少し嫉妬した。彼のようになれたらどんなに嬉しいだろうとも思えた。

 気が付いたら、こう言っていた。


「私、書いてみます」


 それから、少しずつ小説を書き始めた。最初はうまくいかなくて、何度も書き直した。それでもやっぱり納得がいかなかった。


 すると、彼がアドバイスしてくれた。

 それを繰り返しているうちに、ようやく納得できるものができた。


 その時、私は気づいたのだ。自分が本当に書きたいものはなんなのか。


 私は、自分の世界を書いて、それが伝わればいいと思っていた。

 しかし、それは間違いだと分かった。


 私が作りたかったのは、読んでくれた人の心を動かす作品だ。

 そのことに気づいたとき、急に目の前の世界が変わった気がした。


 今まで見えなかった景色が見えてきたのだ。

 世界が明るくなり、風が優しく頬を撫でる感覚があった。


 その年、芥川賞に白戸先生の作品が選ばれ、私は書き上げた小説を投稿サイトに載せた。


 ランキングにも載らないくらいの作品だったけど、一人だけ、三つ星を付けてくれた人がいた。


 白戸先生だった。すっかり有名になった彼が、私の小説を読んでくれている!


 気が付くと、涙が零れて、スマホの画面がぼやけて見られなくなった。

 小説、書けるようになったよ!

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