帝都夢幻万華鏡 〜瞬間記憶探偵と怪盗千相貌〜

春乃ねむり

第1話 怪盗と探偵

「それでは今回はこれにて失礼しよう。探偵君。きみは私を捕まえる事が出来るかな?」

「待て、怪盗千相貌せんぼうそう!」

 待てと言われて待つ怪盗がいるものかとでも言うように怪盗は足取り軽くその場から逃げていく。逃してなるものがと探偵は怪盗を追いかける。これは最近の帝都では良く見られる光景のひとつだ。


 ここ帝都での最近の話題といえば、古めかしくかしこまった出で立ちをした怪盗が出没することである。

 盗みに入るにもご丁寧に予告状まで出してくるのだ。小馬鹿にされたといきどおった富豪たちは自らの宝を盗られてなるものかと厳重な警備を行っていた。しかし、どれもこれも上手くはいかなかった。なぜならその怪盗は、決まりきった姿というものを持っていなかったからである。

 怪盗として世の中で1番有名な姿は、目元付近を仮面で覆った正装の紳士。その姿は、彼または彼女の一形態に過ぎない。これから先は便宜上、怪盗のことを「彼」と呼ぶことにするがそれは怪盗の性別を確定させたということにはならない。

 彼は自身の存在が曖昧でどんな姿にも変わることができるという特性を存分に活かしていた。人混みに紛れ姿を変えたり、ある時は他者に擬態して追手から逃げていたのである。文字通り千の顔を持つ怪盗なのだった。

 誰も彼も歯が立たずあっという間に逃げられる。これから先も怪盗の良いようにされてしまうと思われていたその時に救いは現れた。瞬間記憶力を持つ瞬間記憶探偵。その名を「問覚とおぼえセツナ」という。

 怪盗がどんなにたくさんの顔を持っていたとしても見ていた景色に不自然に人間が増えればそれが怪盗だとわかる。間違い探しの要領で、少し前と現在の風景を脳内で比べて見れば怪盗がどこにいるかはとてもわかりやすいものなのだった。

 しかし彼はとてつもなく運が悪かった。その上、正義感あふれる人物だったため怪盗を捕まえる機会を逃してしまったのだ。あと一歩のところで、背後でひったくり事件が発生したのである。探偵がひったくり犯を取り押さえている間に怪盗はその場からすっかり逃げ出していたのだった。それが、探偵と怪盗の第一回目の対決の結果である。

 あと一歩というところで失態をおかしたのだから次回から怪盗対策として警察に呼ばれることはなくなるだろうと探偵は思っていた。しかし、彼は自身の行動を少しも後悔していなかった。彼は何度同じような状況になったとしても困っている人を助ける人間なのだ。

 探偵はこの状況を思いの外、楽観的に考えていた。大きな依頼が無くとも猫探しなどの小さな仕事を積み重ねて地元密着型の探偵を目指そうと心に決めているところに差出人不明のいかにもあやしげな封書が自身の元に届けられた。質の良い紙でご丁寧に封蝋で閉じられている。

 封書の外側をじっと見ているだけで何も変わらない。覚悟を決めた探偵が封書を開けると中から文字の書かれた札が一枚出てきた。それは、怪盗千相貌の予告状だった。おどろいた探偵が警察に連絡をしてみると、どうやら探偵宅に届いた予告状と同じ内容のものが今回狙われている物品の所有者にも届いていたそうだ。怪盗と縁が切れたと思っていた探偵は、怪盗側の方から結び直されてしまったのだった。


 それから探偵は何度も怪盗と対決した。探偵は怪盗を見つけ出す。どんなにたくさんの顔を持っていても逃してやらないのだとわからせるように。そして、なんの因果か毎回あと一歩というところで怪盗を逃してしまっていた。探偵が歩けば事件に当たるとでもいうかのように何かしらの事件に巻き込まれてしまうのである。探偵は根が真面目なので、巻き込まれたとしても事件をきっちり解決していた。怪盗を逃してしまっているとはいえ探偵の人気は日に日に高くなっていった。

 今回、探偵が怪盗を追いかけた先は廃棄された百貨店の屋上だった。上ってきた階段に続く扉の前に探偵は門番として立ちふさがった。これで怪盗は逃げ場が無くなったも同然である。探偵はふと今まで気になっていたことを怪盗に問い詰めた。

「捜査から外されたまま放っておいたらあなたはこれから先も捕まることはなかったはずだ。あなたはどうして僕を呼び戻すようなことをした?」

「きみが。きみだけが。どれだけ姿を変えても私を見つけてくれるものだから何だか楽しくなってしまったのさ。それにしてもきみ。いつも詰めが甘いぞ」

 怪盗は、急に走り出し廃百貨店の屋上から身を投げた。怪盗が自暴自棄にでもなってしまったのかと思った探偵は慌てて落ちた方角を探すと、怪盗は西洋凧のようなものに乗って空を優雅に舞っていた。

 怪盗は顔から血の気の失せた探偵を見て意地悪くニヤリと笑った。

「じゃあな。探偵君。また会おう!」

 怪盗は、とてつもなく良い笑顔でそうのたもうた。

「とっとと捕まれ。この怪盗ー!」

 心配したのが自分が馬鹿みたいじゃないかと探偵が叫ぶ。先ほどまで血の気の失せていた顔は怒りですっかり赤く染め上がっていた。

「あはははは! 次も楽しみにしているよ」

 怪盗の上機嫌な声が空に響く。逃してなるものかと探偵が廃百貨店の屋上から急いで一階へと駆け下りてみたものの怪盗はとっくにその場所から遠くへ逃げていた。


 探偵と怪盗の対決はこれから先も続いていくのであった。

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