第3話 始まりの男女
アンブローズ・マーリンという魔術師がいる。通称マーリン。
12世紀の偽史ブリタニア列王史に登場し、予言を行いかの有名なアーサー王に仕えた偉大な魔術師である。彼の全盛期はそれはそれは凄いものであった。ただそれの代償なのか、末路は悲惨。というかなんともいえないものである。
マーリンは数多くの女性に言い寄る色男である。男女関係は古今東西難しい。マーリンの最後の女、といったら彼女にとても悪いのだが。マーリンの最後の女になったのはこれまた有名な湖の貴婦人ヴィヴィアンである。
とても簡単に述べよう。
なんやかんやでマーリンとヴィヴィアンは共に旅に出た。色男なマーリンはヴィヴィアンの純潔を何度も強引に奪おうとしたのである。それにうんざりしたヴィヴィアンはマーリンを上手く誘導し、ある石の下に潜り込ませたあと、どんな魔術を使っても二度と出られぬようにしてそのまま立ち去ったのである。
この後のヴィヴィアンは円卓の騎士の一人と結婚し、アーサー王や騎士たちを助け最終的には王をアヴァロンへ導いている。
補足もあったが、マーリンという魔術師の末路はこうであり。なんともいえない感じなのである。
さて、そんなアンブローズ・マーリンだが実は彼が現代日本に最初に来た住人なのである。
自分はこのまま朽ちていくのか。もっと女を抱きたかったな。とヴィヴィアンが聞いたらその場で朽ちろと魔法をかけていたところであろう時に、光の濁流が彼を襲い包み込んだ。
あまりの光に彼は目を瞑って濁流が去るのを待った。そろそろ良いだろう、と彼が目を開けるとそこは暗い石の下ではなく明るい陽が指す森の中だった。
彼は不思議に思いながらも歩き始め、現代日本を目にしたのである。
彼は女にだらしなかったが聡明であった。自分の状態を理解し、受け入れた。
そして魔術が使えることに調子にのりにのりまくり、全力で現代日本を楽しんだ。
ひと通り満喫した彼は最初の森へと戻った。全力で楽しんだことは良し、しかし今後はどうしようと悩んだのだ。
魔術は使えるが、自分のいた世界への戻り方がわからない。そもそも戻ったところで彼の居場所は暗い石の下だ。戻りたくなどない。ならばどうするか。
うんうんと大木の下で悩む彼の上に唐突に女性が現れ、彼は女性に踏みつけられた。
「ここは何処だ。私は忙しい。私に踏まれるという幸福を受けている男よ、この状況を説明せよ」
これが最初の住人であるマーリンと二番目の住人となる女王の出会いであり、後続の住人を助ける基板ができたきっかけである。
赤い服がよく似合う、気品溢れる美女が屋敷の中を歩いている。ヒールの音すら気高く、美女の高貴さがよくわかる。
他のものと歩くことも好きだが、美女はこのように一人で静かに歩くことも好きだった。顔には出さないがご機嫌である。窓から差し込む陽も良い。
そんな麗らかな昼下がり。
「シャンプーとかリンスとかその他諸々一式忘れたああ!」
盛大な音を立てて美女の歩く通路にある扉の一つが開く。慌てて出てきた男は真っ裸である。
「あ、ハーツ!ちょうど良かった。シャンプーとかリンスとか諸々持ってきてくれない?」
真っ裸の男は隠しもせずに、やっちゃったと笑いながら美女にそう声をかけた。
「マーリン、貴様またそのような姿で私の前に姿をみせるか!今日こそ首を刎ねてやろう、そこになおるが良い!」
ハーツと呼ばれた美女はわなわなと体を震わせてそう声を張り上げる。
彼女はここに二番目にきた住人、ルイス・キャロルが書いた有名な児童小説の不思議の国のアリスに登場するハートの女王その人である。
ここでは様々な名で呼ばれるが、マーリンは彼女のことを"クィーン・オブ・ハーツ"(ハートの女王)からハーツと呼んでいる。
「また僕を捕まえるのは良いけどどうせ君の愛しの王が逃してくれるさ。だって君、ここでも元の世界でも処刑なんてしたことないじゃない」
「黙れ、不愉快だ!その口を閉じるが良い。そして毎度貴様を逃がしていたのは我が夫か!貴様……女だけでは飽き足らず、よりにもよって我が夫にも手を出すとは……最早裁判など不要、早急に首を刎ねる!」
「とんだ誤解をしないでくれよ!僕は君の夫になんか手を出さないさ。生憎僕の愛は女性限定でね。なんならハーツ、今晩どうだい?」
「……っ!誰か、誰か!ギロチンを、いや斧を持ってこい!私直々此奴の首を刎ねてやる!」
マーリンとハーツはもうかなりの付き合いになる。こんな軽口など、この屋敷にいるものは聞き飽きているため誰も斧など持ってこない。
ちなみにマーリンは未だに真っ裸だが、ハーツは自分の夫にしか興味がないしマーリンは真っ裸でも気にしない。
この場に足りないものは斧でもシャンプー等お風呂に必須セットでもなく、ツッコミ役であった。
「ハートの女王、様。マーリン、様。今日は、鹿のお肉、です」
真っ裸の男と美女の言い合いという、過激なドラマの一面のような場に現れたのはお盆に血が滴る肉を乗せた少女だった。
その少女はマーリンの格好を見ると自らのエプロンを外して彼に差し出した。
「やあ、スウォゥルスティネガ・メ・ピー。これを僕に?ありがとう」
少女からエプロンを受け取ったマーリンはそれを身につけた。不審者レベルが天元突破しているが、少女にはそれがわからなかったし、ハーツはマーリンの存在を消したため誰もマーリンを不審者と呼ばなかった。
「マーリン、様。長いので、私のことは、リレ。で、良いです」
「これは良い肉だな、リレよ。皆で上手く調理をしておくれ」
「はい。ハートの女王、様。私、頑張ります」
ハーツはリレと名乗った少女の頭を優しく撫でる。リレの表情は真顔から変わらないのだが、手に頭を押し付けているあたり嬉しいのだろう。リレがこうして頭を撫でられるのに慣れたのはここ最近のことで、ハーツはそれが嬉しかった。
リレと名乗ったこの少女はハンス・アンデルセンの書いたマッチ売りの少女に出てくる少女その人だ。彼女にも名が無かったが、それではこの世界では不便だとリレと名乗るようにした。
「今週は、料理をする。それが、私のノルマ、ですから」
「うむ、きちんと守れてなによりだ」
「暮らしていくうえでルールは必要だからね。ましてや僕たちみたいな個性の闇鍋集団にルール無し。なんてことしたら無法地帯の世紀末になってしまう。素早くノルマというルールを作ったハーツは流石女王だ」
「害虫がいるようだが気にしてはならぬ。すぐ調子にのる虫だ。放っておけ。今晩の食事を楽しみにしているぞ」
「お任せ、を」
リレはそういうと鹿肉を持って調理室に向かう。しかしふと振り返ってこう言った。
「マーリン、様。そのエプロン、洗っても返さなくて、良いです」
「え、それってもしかしなくても僕拒絶されてる?」
リレの言葉にマーリンはショックを受け、ハーツは大笑いをした。
思いがけずにこの世界に来てしまった住人たちを受け入れるこの屋敷は、マーリンという魔術師とハーツという女王の元作られた、彼らの大切な居場所である。
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