第2話
少年院から娑婆に出て三日――あてもなくぶらついているだけの毎日。友達はいない。頼れる大人もいない。親戚連中は面会にはこなかった――縁を切られた。妹殺害の罪で少年院行き――五年、食らい込んだ。
少年院――クソみたいなところだった。やる気のない抗議。きついだけの無駄な肉体労働。極めつけはろくでなしが更生するわけないと見下しきった教官の態度。心を入れ換える奴なんているわけがない。ほとんどの奴らが、入る前より性根を腐らせて出ていった。
希望のない世の中――少年院の奴らに耐えられるわけがない。再犯し再び戻るやつらもいるだろう。
そんな奴らをおれは少年院で他人事のように眺めていた。
耐えられないことがあったらいつでも相談しなさい――大人どもは言う。したり顔で。クソ食らえだった。
確かに、大人は相談を聞くだろう――見下した態度付きで。悲劇の少年に手を差し伸べる自分に酔う――あくまでも上から目線を崩さない。悲劇の少年に手を差し伸べる自分に酔う。うんざりする。彼らを気持ちよくさせてやる義理はない。うんざりする。彼らを気持ちよくさせてやる義理はない。
――君より不幸な人はいくらでもいる。紛争地域の子供達なんかがそうだ。
――世の中で生きていくのは大変かもしれないが、それは仕方がないことなんだ。不幸を言い訳にしてはいけない。厄災は自分自身の行いによって引き起こされている。
ある大人は第三者を用いて不満を翻意させようとする。自分自身が向き合おうとはしない。自分は何も困っていないから、気に入らない相手に我慢を強いらせたいだけ。またある大人は的外れなアドバイスをし、綺麗事を言いながらも結局は責める方向に持っていく。
誰も彼も、鮫と同じだ。血の匂い――弱みを見つければ好奇を張りつけ近寄ってくる。親切顔で接してきながら、心を土足で踏み荒らす。人を傷つけ自分自身は安全圏に置いておく。結局は己が気持ちよくなりたいだけだ。クズが当然のように横行する世の中――弱者が閉塞するのも当たり前だ。
責任は弱者にのみ求められる。
石を蹴った――軽く。かつん――甲高い音がして石が飛ぶ。幼い頃も、通学路で道端の意思を蹴っていた。小学生の頃もこうして遊んでいたものだ。
たまたま蹴った石が走っている車のタイヤに命中した。良哉すげーと言われ、上機嫌になっていたおれ。僅かにある、小学校時代の思い出。今は年少帰り。目を細めた――涙は出なかった。良哉は石ころを凝視する。世の中の輪からはぶれたおれ――
石を蹴り続けた――楽しくはなかった。今はそれしかすることがないから、しているだけ。石を蹴る――かつん。かつん――音が響く。立て続けに蹴る。石ころはされるがままだ。目には見えない――しかし確実に擦り減っていく。おれと同じだ――良哉は思う。誰かに助けを求めることもない。何かに縋ることもない。なのに、確実に蝕まれていく。心が壊れていく。
世の中の誰もがそれを気に留めない――気づかない。肥大化したエゴ同士が衝突する社会――誰かを気遣う余裕などない。良哉自身、そんな気力は失ってしまった。
どうでもいいじゃないか――石ころが言う。お前もそうなのか?――呟く。どうせおれたちはこの世界からすればどうでもいい存在なのさ。
政治家の汚職、タレントの自殺、芸人の結婚、五輪は開催できるか否か――世の中が映し出すニュース。全てが耳を素通りする。全ては虚構だ。おれにとっては何の関係もない――良哉は呟いた。
奴らにとってもおれの人生は関係ない。それだけのこと。
馬鹿げた空想を断ち切る。己がその程度の存在だということもわかっているし、周りに特別扱いされたいわけでもない。良哉は歩きだした。あてはない。
十八歳の良哉――高校には行けなかった。少年院で過ごしたからだ。中学校すら卒業していない、少年院から出所したばかりのおれ。どうしたらいいのかわからない。
石ころ程度の存在――だが、そんなおれでも、倦んだ記憶を呪いながら生きている。榊原良哉――道行くものに、おれの名前を知っているものはいない。おれも道行く者の名を知らない。人生でたくさんの人間を目にするのに、ほとんどの人間は互いを知らずに消し合っていく。石ころのように。
そんなことを考えてどうする――おれらしくもない。良哉は自嘲する。もっとも、自分には接する人間すらもいない。密接にかかわっていたのは親父、妹だけ。友達はできたこともない――作ろうと思ったこともない。
互いが互いを石ころ程度としか思わない人間社会――あたりまえのことだ。が、割り切ることができない。心のしこりを取りたくてたまらない自分が、ここにいる。
全ては良哉と家族のせいで壊れてしまった。
「ちくしょう」
呟いて足を上げた。蹴ろうと思った石ころはどこかに消えていた。
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