鶴の恩返し
和音
鶴の恩返し
あるところに日銭を稼いで暮らしている男が居た。
彼に両親はおらず、村の外れで侘住いをしていた。
彼は寡黙であった。
必要以上に人と話さず、関わらず、何事にも執着しないような男だった。
暮雪の降る寒々とした日、彼は行きとは違い軽くなった籠を担ぎ、帰路についていた。
その途中、罠にかかった鶴を見つけた。
鶴は積雪の中暴れる様子も無く、唯々毅然として佇んでいた。
普段ならそのまま帰っていただろう。
しかし彼は積雪に足を踏み入れていた。
その日は珍しく物が売れたからであろうか、鶴が余りにも堂々としていたからだろうか、その理由は彼にも分からなかった。
鶴の羽は煌びやかで、目は凛としており、立ち姿は有名な墨画と間違えるほど優雅だった。
彼が鶴を罠から外すと、天高く鳴いて飛び去っていった。
その時通りすがった老人が、見事な鶴だったが逃して良かったのかい?と尋ねて来た。
彼は何も言わずに立ち去った。
それから数日たったある日、いつものように村で物を売っていると、暗い空気を纏った一行が前を通った。
どうやら村一番の長生きをして居た婆さんが亡くなったらしい。
その葬儀に向かっているそうだ。
その婆さんとは二、三回言葉を交わしただけであった彼には関係のないことだった。
家に帰って夕飯の用意をしていると、戸を叩く音が聞こえた。
こんな時間になんの用だろうか、と思い戸を開けると見知らぬ少女が立っていた。
少女は下を向いており、どのような顔をしているか分からなかった。
彼が声を掛けようとした刹那、肉を断つ嫌な音が聞こえた。
曰く、あの時の鶴を捉えた罠の仕掛け人だったらしい。
曰く、あの時の鶴の肝があれば今日亡くなった婆さんの命が続いていたらしい。
曰く、あの時の鶴を逃した彼が憎いらしい。
知らぬ、知らぬ、知らぬ、と彼は思った。
腹から血が流れ、体に力が入らず、目は霞んで行く。
命の灯が消えそうな彼が最期に見たのは、あの時の鶴だった。
その途端彼は悟ってしまった。
曰く、助けてくれたお礼に来たという。
曰く、彼を刺した少女を消すという。
曰く、彼を受け入れない村を無くすという。
彼はその鶴を止めようと這いつくばった。
そんなことは望んでいない。
声は掠れて意味をなさない。
これ程感情が昂った事はない。
しかしその想いは、感情は、動物には分からない、届かない。
飛んで行く鶴を見ながら彼は一人の命が消えるのを感じた。
鶴の恩返し 和音 @waon_IA
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます