レッスン1 嫌な奴だ

バレー部ってどこ?

 4月清明、東京都文京区、東大寺学院大講堂に続く桜並木。散りはじめた桜の花びらに、色とりどりの学生が入り混じっている。今年も春の祭り、新入生歓迎会で活気付くキャンパス。


 吹きながれる透明な風、新緑の光と戯れる影。それぞれの新しい生活の始まり、はじめての通学路、変わらない校舎、これから始まる講義や部活、サークル、バイト、新らしく出会う友達や先輩。


 真っ白なキャンバスに、これから描かれる色とりどりの曲線や直線。どこまでも並行する曲線。一瞬だけクロスして離れていく直線。永遠にまわり続ける円、それぞれが錯綜し、交差しながら、とめどもなく時間を埋めてゆく。


 心をときめかせる期待もあれば不安もある、偶然もあれば運命的な出逢いもある。でも、とりあえず関係ないと法学部の心地よい講義を聞きながら、橘聡一郎は窓際の後ろの席で寝ている。



 俺、夢を見てる。去年のインターハイ初戦、あそこにいるのは高校三年の俺だ。


『結果はどうでもいい、俺たちは恐れない、ただ前に進む、後悔は残さない』だったかな、、


 あの試合は最高だった、

 最後の最後まで楽しめた、今でも気持ちいい、

 でも、夢なら覚めるのか?

 未だ覚めてないか、

 あれ、夢なら何してもいいのかな?

 どうでもいいか、

 夢なのに眠くなってきた、

 そうか、このまま眠ればいいのか、

 寝ていれば夢も覚めない、

 きっと夢の続きが見れる、、



「ふざけるな、起きろ!」


 聡一郎を起こす神田淳、誰もいなくなった法学部講堂。俺、夢見てたのか、でも何だろ、何か忘れてる気がする。、、思い出せないか、ま、いいか。


 午後4時55分、時計を見て現実に戻る聡一郎。


「あれ?」


 ***


 春の大学は、恒例の新入生の争奪戦、新入生歓迎会、部活やサークルのチラシを配る先輩たち、嵐のような飲み会を、小魚のように群れて回遊する新入生たちで夜遅くまで騒がしい。


「歌舞伎町みたいだ、あっくんは誘われないけど」

「出遅れたからだ。俺だけじゃなくて、おまえも誘われてないだろ」


 まあ、面倒くさくなくていいんじゃないか、入るとこ決まってるし、と言いながら、わざわざサークルのチラシを貰いに行く神田淳。うかれて騒いでいる女子のグループが珍しくて立ち止まり、入学したばかりなのに、もう仲良しグループできてんだな、とか呟いている。

 神田淳は同じ中学、高校に通った気のおけない親友だ。聡一郎は浮かれた親友の無駄話を聞き流していたが、いい加減に面倒くさくなって振り返る。


「あっくん、良く喋るけど、歩くの遅くない?」


 淳と向かいあったまま、後ろ向きで歩く聡一郎。


「寝過ごしたのはおまえだろ?」

「起こせば良かったのに、あっくんが」

「やっぱ、授業サボるんじゃなかった。おまえ、ノートも取ってないだろ?」

「気にしない方が良いよ、過ぎたことだし」

「それ、おまえが言うのは変だろ」


 あ、御免なさい、後ろ向きで歩いていた聡一郎が男にぶつかり振り返る。逆光で表情は掴めないが、背が高い。頭を下げて男の前を通り過ぎようとすると呼び止められた。


「おまえ、ちゃんと前見て歩け」


 もう一度、振り返る聡一郎。背の高い男の様子を伺いながら『愛想がないな』と思う。


「見てましたよ、後ろも。でも、横からあたって来ましたよね、避けれたはずなのに。そっちこそ前見てましたか?」そう言うと、男が何か言おうとするのを遮って、素直に謝る、


「あ、でも、どっちにしても俺の方が悪いから謝ります、すみません」


「おまえ、後ろ向いて歩いてたが、どこに行くつもりだ?」

「忘れた、どこだっけ、あっくん?」

「バレー部に入部しに行くんだろ?」

「新入生か、バレーならあっちだ、反対の方だ」



 東大寺学院裏門、閑静な住宅街、竹藪の間をつづら折りに下る坂道の階段、


「あっくん、静かでほっとするね」

「ああ、でもあそこの看板、駅前ビル3階バレー教室って書いてる」

「古くない?あ◯ち充のギャグみたいだ」


 ***


(第二体育館)


 第二体育館の正面入口、向かって左側に体育館を背にしてクラブ活動の部室が並び、部室の正面には舗装路を挟んで、陸上競技のグランドが広がっている。


「やっぱり、騙されたのか。ちょっと、ぶつかっただけなのに」聡一郎

「多分な。今日は受付だけして帰ろうぜ。練習は無理だ」淳


『あれ、何だろ』


 聡一郎の目の前の床でバレーボールが歪んで弾け、そのまま壁まで飛ぶ。背の高い男がスパイクを打っている。ボールが強烈に叩きつけられる音が、体育館の空気を一瞬、黙らせ、そして騒然とさせる。


『何だろ、記憶が飛んだ?』聡一郎の瞳の中でゆっくりと一つの像が焦点を結ぶ。

「さすが、スーパールーキー 」受付の先輩も男の方を観ている。

 

「あれ、あいつじゃん」聡一郎

「俺も思い出した、あいつ薬師高校の大和恒星だ」

「バレー部だったのか、やっぱり騙されたんだ」

「聡一郎、そっちじゃないだろ。薬師高校は去年のインターハイ準優勝高だろ」

「インターハイ?」

「おまえも出てただろ、去年のインターハイ」

「そう言えば、あっくんも一緒だった。初戦で負けたけど」

「それもちがう。覚えてないか、大和恒星は有名だったと思うけど」

「全くって、同級生じゃないか、何だったんだ、あの高飛車な態度は!」



「やっぱり大和君って凄いんだ。プレゼントも沢山届いてる」、男子バレー部マネジャーの上野和香が、休憩中の大和恒星にドリンクを渡そうとする。その手が、聡一郎に気付いて止まる。


『橘君、だ』


 男子バレー部マネジャー上野和香からドリンクを取る恒星、聡一郎と目が合う。


「何だ、今日は見物して帰るだけか?余裕だな」

「駅ビル3階が受付だと思って、あれ?何で勘違いしたんだろ、あっくん」

「勝手に俺に振るな」


 帰ろうとする聡一郎の背中に、

「馬鹿じゃないのか、おまえ」と吐き捨てる恒星

「あっくん、ちょっとむかついてきた」と、

 振り返った聡一郎の目の前で、

「そうなんです、馬鹿だから相手にしないで」と、

 あっくんが恒星に手を合わせて謝っている。


 ***


 文京区湯島3丁目、聡一郎のアパートまで歩く聡一郎と神田淳、湯島天満宮が近い。


「悪かった、許して」

「裏切られた気がする」

「奢ろうか?」


 考える聡一郎、『お茶でもするか、、、』



 部屋で正座して、鍋で湯を沸かし、茶筅で抹茶を点てる聡一郎、は〜っとため息を吐く。


「あっくん、落ち着いた?」

「落ち着いてなかったのはおまえだろ」

「まあ、一緒に呑もう」

「乾杯かよ、普通乾杯するのか?(カセットコンロ使ってるし)」


「聡一郎って、茶道師範だよな」

「茶道だと師範じゃなくて教授かな。でも、橘流宗家の一人息子だから、相伝、皆伝だよ、もうちょっと偉いんだ」

「マジでおまえで大丈夫なのか?」

「どうだろう、ちゃんと教わったことないからな。やっぱ、橘は俺の代で終わりかな」

「終わって良いのかよ」


 マジなあっくんの顔、笑える。何かに似てる、ラッコかな、髭描いてあげたい、と思う聡一郎。

 機嫌直ったみたいとホッとする淳。「お茶って良いな」としみじみ和んでいる。

 ラッコがお茶飲んでる、笑える、とお茶を飲みながら笑いを堪える聡一郎。確かに機嫌は直ったようです。

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