第五話 泉くんは、もういない。(4)
「泉くんの席はあそこだよ。わたしも同じクラスで、席はこっちなの」
「泉の席は、窓際なんだね」
「うん。陽が当たる時間は、気持ち良さそうに寝てるときがあるよ」
「相変わらずだなあ。でも勉強はできちゃうから不思議なんだよね、泉って」
花ちゃんは今と変わらない過去を思い出したのか、柔らかく笑っていた。
「泉と私は中学まではずっと一緒だったの。それが今は学校も生活も離れ離れになっちゃって…ずっと心配だった。…ね、瑞希さん。泉はここでも上手くやってる?」
「ええっと、」
その疑問にどう答えていいか、正直分からなかった。
泉くんは周りから嫌われたりはしていないと思う。けれど上手くやっているかと聞かれれば、それはまた違っていて。
「なんて言ったらいいのか分からないけど、一人でいるのが好きみたいで…」
「え…?」
「でも嫌われてるとかそんなのじゃなくて!なんかこう、一人だけ雰囲気が違うというか…」
どんな言葉を使っても、泉くんが孤立しているようにしか伝えられなくて。こんなことが言いたいんじゃないのに、と慌てていると、花ちゃんがとても動揺していることに気が付いた。
「――花ちゃん?」
「…あれだけいつも友達に囲まれてたのに…泉は…一人でいることを選んだんだ…」
その意味深すぎる言葉に、次に動揺したのはわたしだった。
前に泉くんは、遠く離れた場所からこの街に引っ越してきたことを教えてくれた。実はそれにはとても大きな理由があったんじゃないかと、ようやく今になってその考えに至った。
「…それでも泉は、瑞希さんのお陰で息抜きができたって言ってた。――ありがとう、瑞希さん」
「で、でもわたしは特別なことなんて何も…」
「瑞希さんが無意識でも、泉にとってはそうだったんだよ。だから、ありがとう」
花ちゃんはそう優しく笑って、泉くんの席へと向かった。
そして椅子を引いてその席に座れば、泉くんがそうしているように机の上に顔を伏せた。
「………」
そのときの花ちゃんの姿はまるで、泉くんの姿そのままだった。
「―――」
ぐるり。自分の胸の奥で、暗い気持ちが渦巻くのが分かった。
花ちゃんは決して他人が近づけない泉くんの領域に、唯一足を踏み入れることができる。例えそれが双子という特別な関係が為せるものであったとしても、わたしにはひどく、羨ましく思えた。
わたしだってもっと、泉くんに近づきたい。その寂しそうに笑う理由も、泉くんが抱えているものも全部、全部知りたい。
――でもそれは、わたしの自分勝手な気持ちだって分かっていた。
だからこそ、『好き』という気持ちだけでは踏み込めない領域にいる花ちゃんが、羨ましかった。
「――ね、瑞希さん。瑞希さんは今、好きな人はいる?」
「っ、え」
不意の問いかけに、大袈裟に反応してしまった。
「――私はね、いるよ」
花ちゃんのその言葉に、わたしの思考回路は全ての動きを止めた。
「好きな人。私はいる」
だって花ちゃんの声が、纏う空気が。好きな子がいると教えてくれた泉くんと同じくとても柔らかく、だけと胸が苦しくなるくらい切ないものを含んでいたから。
「…だけどね、一番近くて、一番遠いの。とっても、遠いの」
「っ、」
体を起こした花ちゃんは遠くを、窓の向こうを見た。
その後ろ姿は、今にも消えてしまいそうなくらいの儚さを宿していて。
――その姿はどこまでも、泉くんと同じだった。
これも、わたしが泉くんを好きだからなのかな…?
泉くんと花ちゃんの好きな人に、気づいてしまったような気がした。
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