第二話 泉くんは、優しい。(3)

「ど、どうって…」


「うん。教えてよ」


「ええっと…」


 宮内くんは男の子なのに、ときどき女の子よりも綺麗に見えるときがある。たまに見える寝顔は少し幼くて、でもそのまま目を覚まさないような…ひんやりとした感覚をわたしに抱かせる。


 目が合えばそのまま引き込まれるんじゃないかって思うくらい、宮内くんの目はすごく澄んでいて。宮内くんの見える世界こそが、一番綺麗なんじゃないかと本気で思う。


「瑞希さん?」


「えっと、」


 でもそんなことは言えないから。


「ミルクティーみたい、かな…?」


 さっき思ったことを口にした。


「ミルクティー?」


「うん」


「…そっか。ミルクティーか」


「っ!」


 ゆるゆると宮内くんの口元が上がる。


 そうして微笑んだ宮内くんは、わたしが見てきた中で一番幸せそうな笑顔だった。


「瑞希さんは、ミルクティーは好き?」


「――…う、ん」


 その質問に答えるのは宮内くんを好きだと答えるみたいで、すごく緊張した。


「俺の妹もね、ミルクティーが好きなんだ」


「妹、さん?」


 初めて聞いた、宮内くんの家族構成。宮内くんはこの街から遠く離れたところから、わざわざこの高校に入学したらしい。だから宮内くん本人から聞く以外、宮内くんのことを知る方法がなかった。


「宮内くんの妹さん…可愛いだろうな…」


「どうだろう?でもまぁ俺と似てるかな」


 そう苦笑した宮内くんには、さっきまでの幸せそうな雰囲気は少しも感じられなかった。


 妹さんとうまくいってないのかな?でもそうだったら妹さんもミルクティーが好きなんて、わざわざ言わないよね…?


「妹さんはどこの高校なの?」


「妹は――」


 宮内くんが教えてくれたのは、ここから三つほど離れた県の名前だった。


「随分離れちゃったんだね…」


「……うん。でも、しかたないから」


「………」


 しかたないと言った宮内くんの表情が、なんだか切なくなったように見えた。


「あ、」


 下校時間のベルが鳴る。それに声を上げたのは宮内くんだった。


「ごめん。俺、邪魔したよね」


「う、ううん!ちょうど今日は終わろうと思ってたときだったから…!大丈夫!」


「―――」


 あまりにもわたしが必死だったからなのかもしれない。


 宮内くんは一瞬驚いた顔をして。


「――それなら…よかった」


 柔らかく笑ってくれた。


「また駅まで一緒に帰ろうか、瑞希さん」


「…うんっ」


 また宮内くんの隣を歩ける。それだけでわたしは顔がにやけるほどの幸福感に包まれた。


「すぐ片付けるからっ」


「手伝うよ」


「ううんっ、大丈夫!すぐだからっ」


 少しでも宮内くんを待たせないように慌ただしく動き回るわたしがおかしかったのか、宮内くんが小さく笑った気配がした。


 それだけで空気が和らぐ。それだけでわたしは幸せを感じる。


 ――どうしようもないくらい、わたしは宮内くんが好きだ。


「瑞希さん、お願いがあるんだけど…」


「え?」


 駅までの帰り道、少し緊張した様子で宮内くんが口を開いた。


「邪魔しないようにするから、さ。瑞希さんが絵を描くとき…俺も準備室にいてもいいかな?」


「………!」


 美術準備室は、宮内くんがいる自分たちの教室の次に好きだった。


 だけど。


「も、もちろんっ。全然邪魔じゃないよ…!」


 この瞬間、宮内くんと二人きりになれる準備室が、学校で一番好きな教室になった。


「よかった。断られたらどうしようかと思った」


「そんな!絶対断ったりしないよっ」


「ははっ。うん。お願いしてみてよかった」


 どきどきしっぱなしの胸が苦しい。だけど苦しくてもいいからこのままずっと、宮内くんの隣にいたいと思う。


 ――好きだよ、宮内くん。大好き。

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