泉くんは、儚い。
秋乃 よなが
第一話 泉くんは、遠い。(1)
儚い(はかない)
束の間であっけないさま。むなしく消えていくさま。
不確実であったり見込みがなかったりして、頼りにならないさま。
思慮分別が足りない。未熟である。また、愚かである。
***
教室の、窓際で一番後ろの角の席。わたしの左隣になるその席に、彼はいつも座っていた。
「―――」
授業の間の休憩時間もお昼休みも、彼はずっとそこにいる。お昼休みには机に伏せて眠っているときもある。そのときは窓から差し込む光が彼の細い髪に反射して、いつも男の子なのに綺麗な髪だなって思っていた。
「まーた見てるし。そんなにじっと見てると気づかれちゃうんじゃない?」
「えっ」
からかうような口調でそう言われ、はっと我に返る。視線を正面に動かせばその口調と同じような表情で、綾乃が笑っていた。
「ほんと好きだよね、瑞希って」
くすくすと笑う綾乃の言葉に、一気に顔が熱くなる。
今、わたしと綾乃が座っているのは一番廊下側の席。聞こえているはずがないと分かっていても気が気じゃなくて、また視線を窓際へと向けたら。
「―――」
彼はさっきと少しも変わることなく、いつもの席で本を読んでいた。
「宮内って何しても様になるからすごいよね」
綾乃も彼を見て、感心するようにそう言った。
この教室で…ううん。きっと他のどの高校生よりも大人びているであろう彼は、いつも一人で自分の席に座っていた。そしてどこかミステリアスな雰囲気とその外見が相まって、宮内くんを好きだという女の子は多い。
そういうわたしも、宮内くんに恋をしている一人だった。
「あ。あの子たち、宮内に話しかけようとしてる」
「えっ」
綾乃が小さく指をさしたのは、宮内くんの二つ前の席。そこでさっきまでお昼を食べていた三人組の女の子たちだった。
女の子たちは、ちらちらと宮内くんの方を見る。そうして三人で一斉に立ち上がったかと思えば。
「っ、」
宮内くんの席まで行って、彼に話しかけた。
「すごいテンション上がってるねぇ、あの子たち」
綾乃の言う通り、高い声で楽しそうに話しかけている女の子たち。宮内くんは嫌な顔ひとつもせずに、彼女たちときちんと話をしていた。
「……はぁ」
思わず零れる溜息。
「瑞希もあれぐらいできればいいんだけどなぁ」
そう綾乃が苦笑する理由を、わたしはよく分かっていた。
わたしが宮内くんを好きになったのは高校一年生のとき。けれど、わたしと宮内くんが言葉を交わしたことなんて一度もなく。恋愛初心者すぎるわたしは、片思い暦丸一年をそのまま迎えようとしていた。
「みんな、どんなことを話しかけてるんだろ…」
「なんだっていいのよ。何読んでるの、とかさ」
「うーん…」
その点、綾乃は恋愛上級者だ。他校に彼氏がいるし、綾乃の話を聞く限り恋愛経験も豊富そうに思える。
「話しかけるなら私も一緒について行ってあげるって言ってるのに」
「それは心強いけど…結局綾乃に任せきりになっちゃいそうで…」
「どうやったら瑞希の奥手は直るんだろうねぇ」
ごちそうさま、とお弁当箱を片付ける綾乃。わたしも少し遅れてお弁当箱を片付けた。
「あ、綾乃。わたし、今日は描いて帰ろうと思うの」
「オッケー。ちょうど私も今日はデートすることになったんだ」
綾乃の彼氏は一つ上の先輩。放課後、街で遊んでいた綾乃に先輩が一目惚れしたのが始まりらしい。一度会ったことがあるけど、大人っぽい人だった。でも、宮内くんの方が大人っぽく見えるのは、私の贔屓目なんだろうか。
「…瑞希、また宮内のこと考えてるでしょ」
「……へへ」
わたしの頭の中はいつだって、宮内くんでいっぱいだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます