第12話 3さいじと「かみさまのそらのいろ」

 私は無事3歳になった。


 まあ特筆すべき事はなく、人々は専制君主のために働かされ搾取され、不本意ながらその手先となっている我が家に税をいったん納め、父は害獣を狩ったり開拓地を見て回ったり様々な書類の処理を行う。


 そして季節ごとに、州都という、父の騎士爵より上の伯爵とやらの特権階級のいる都市へと、税らしき作物を持ち搾取されに行っている。実に封建主義的日常だ。


 あえて変化があるということは、ヨスタナ師が日によって興奮したり意気消沈したりと気分の変動が激しい事くらいだろうか。


「さあ、自由に丸と三角と四角を書いてね! ……といったら、鉛筆と糸を結んで正確に書くとは思わなかったなあ……」


「文字というか文章は、日常会話は3か月くらいで書けちゃうし……。『ロドライの嘆き』って、120ページほどでも、一応古典文学で、ある程度教養無いと読めないんだけどなぁ……」


「でも体育は……運動は苦手なようだなぁ。って、まあ、3歳児の女児だし、できないのは当然かあ。僕ぁ、体育教師になりたくて大学部出た訳じゃないんだけどなぁ……」


「フェブリカせんせぇ」


 と私が声をかけるとびくっとして青ざめた顔をして「や、やあ、レニーナちゃん。何か分からない事があるかい?」と引きつった笑顔で訪ねてきた。


 さっきのぼやきは、課題をもくもくとはしていたが、私には丸聞こえであった。よって早急に修正を行うべきだと判断した。


「ふつうの3さいじの教育を行ってくださいませんか?」


 そういうと先生はがたっと立ち上がり、「だーかーーらーーーー!!」と急に大きな声を上げた。


 そして、今度は急に小声になって自尊心が傷ついたような、情けないような表情で言った。


「……だから……普通の3歳児の教育は、私が来て数日で終わりました。文字、書けるでしょぉ……? しかも初等部中等部の単語まで……」と。


「だいたい既に古典文学の『ロドライの嘆き』は読めて、何故か算術までできてしまってるし……。『実は僕ぁ、なぁーーんにも、教えて無いんですぅ!』と、奥さんに知られたら、どうなるやら……」とぶつぶつと言い始めた。


 これはヤバイ。もっとこう、あれだ。とてもシンプルで身の回りのことで、素朴であるような、簡単な質問とかして、もっと子供っぽい面を見せなければ……。


 いくら「ルートシアニ=レニーナ合意」があるといっても、人間は合意に直接的には束縛されない。私は良くて狂人として、悪くて異端審問官に異端の疑いをかけられるかもしれない。


 私は精一杯の笑顔で「ねえ、せんせい! どうしておそらは青いの?」と子供のあどけない質問のようなことを尋ねてみた、まあ子供なのだが。


 いつも勉強を教わっているリビングの机に、再び顔を伏せていた先生はぱーっと明るくなると、「いい質問だね!」と胸を急に張って立ち上がり、窓の外の空を指差し答えた。


「私の信仰する神様は風と空の神、ルティアス様なんだけどね! ルティアス様の存在とルティアス様は青髪で、青色が好きだから、青色なんだ!」


 ……15分くらい、私は呆然としていたかもしれない。


 この世界はそれなりに文明が発達しているように見えた。電気を使わない魔石での家電のような設備、科学の代わりだからと認めていた。


 ……しかし……空が青いのは神様の髪の色で好きな色だから、それは無いだろう……。


「……レニーナちゃん? ……おーい、ずっと黙っていてどうしたんだい?」


 私はさらに30秒ほど考えて言った。


「…………わぁ、ルティアスさまってすごいかみさまなんですね!」


 私はぎこちない笑顔なのを自覚しながらも、棒読みになっているだろうなと思いながらも、ヨスタナ師をわざわざ傷つけまいと、信念より、思わずそう答えてしまったのだった。



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