第15話 終幕への序章 ※とある街の住人視点

 始まりは、エルメノン王国の地方にある街だった。


「ふぁあ……。やっと今日も、仕事が終わるな」

「見張りだけなのに、ほんとに疲れたな。早く終わらせて、一杯やりたいよ」

「俺達の仕事って、本当に意味あるのかな」

「これで給料が貰えるんだから、我慢するしかないんじゃないか」

「俺はもっと、意味のある仕事がしたいよ」


 2人の兵士が、脱力しながら話をしている。彼らは兵士の中でも下っ端で、毎日のように訓練や街の警備をしていた。


 その日も朝から夕方まで、街の外の見張りを続けて疲れていた彼ら。特に何の問題もなく、今日も終わりそうなので気を抜いている。


 辺りが暗くなり始めた夕方頃だった。もう間もなく、本日の仕事も終了という時に兵士の1人が何かを見つけた。


「ん? おい、アレは何だ?」

「あ? 何か来るのか? こんな時間から商人の受け入れ対応なんて面倒だぞ。勘弁してくれよ」

「違う! あれは、商人の馬車じゃないぞ。人間でもないと思う」

「はぁ? じゃあ、何が近づいてきているんだ?」

「もしかすると、魔物かもしれない」

「魔物? こんな所に、魔物が居るわけないだろ。何かの見間違いじゃないのか?」


 街から少し離れた場所にある、木々の茂った森の中にそれは居た。蠢く何かの影を見つけた兵士は、目を凝らして正体を確かめようとする。だが、距離があるのでよく見えない。


 もう1人の兵士は、面倒くさそうに欠伸をしている。もう仕事も終わるので、適当に済ませようとやる気がなかった。そんな態度を見て、兵士は注意する。


「おい! もう少し真面目に見張れよ!」

「へいへい。分かってるよ」


 真面目な兵士に言われて、もう1人も目を凝らす。


 黒い影が街に近づいてきた。全身が黒い体毛で覆われていて、大きな2本の鋭い牙と長い尻尾を持つ生き物。体長3メートル程の大きさで、鋭い目つきをして口からは唾液を流しながら息をしている何か。


「は?」

「や、やっぱりアレは魔物だ……! 本で見たことがある!」

「な、なんで!? こんな所に魔物が居るんだよ? オカシイじゃないかッ! いややっぱり、何かの見間違いじゃ」

「こ、これって。今すぐ、知らせにいかないとヤバいって」


 森の中から現れた魔物が猛スピードで、街の防壁に接近してくるのが見えた。1体だけじゃない。その後ろにも、複数の群れが迫ってきている。


 自分たちだけでは対処できないレベルの問題だと分かって、急いで上官へ報告する必要があると思った。だけど、恐怖で体が思うように動かなかった。こんな事態は、兵士になってから初めての経験だったから。


 今まで訓練はしてきたけれど、実践なんて一度も経験がない彼ら。


「何だよ、あの数!」

「だから! い、急いで知らせないと!」

「駄目だ! もう街の防壁に張り付いてッ!」

「えっ!? う、うわぁぁぁっ!?」

「止めないと! 街の中に侵入させるなッ! た、たすけを、よ、よっ……!」


 街を守るための防壁が一瞬にして魔物の大群に飲み込まれた。そこで警備していた兵士達も、逃げ遅れて犠牲となる。


 見張りの彼らには、魔物の大群の侵入を止めることなど不可能だった。この事態を知らせることも出来なかった。




 街に住んでいる者たちにとっては予想外の出来事だった。ここ何十年も魔物による被害なんてなくて一度もなくて、穏やかに過ごしてきた平和な街だったから。


 街で警備していた兵士たちは油断していた。何十年もの長い間、平和が続いていたから。その状況が当たり前となっていたので、外を警戒する意識なんて薄れていた。その結果が、今の状況を作り出していた。


「に、逃げろ! この街に魔物が襲って来たらしいぞ!」

「魔物だって?」

「そんな馬鹿な」

「見間違いじゃない?」


 最初、その報告を聞いた住民たちは冗談だろうと思った。けれど。


「キャァァァッ!」

「な、なんだ!?」

「悲鳴?」

「だから、魔物が襲ってきたんだって」

「俺達も、逃げないとヤバいんだぞ!」

「ほ、ほんとう、なのか……」

「信じないなら、勝手にしろ! 俺は逃げるぞ!」

「お、おれも……」

「や、やばい。逃げないと……!」

「でも、ど、どこに逃げるんだよ……」

「わ、わかんねぇ。でも、どこかに逃げないと」


 街の者たちは慌てながら、ようやく必死になって動き始める。しかし、その頃には魔物が街の中へ侵入していた。既に手遅れである。




「街を守る兵士は、どうしたんだ? まさか、先に逃げ出したのか?」

「もう全員、やられちまったよッ! 早くここから逃げないと俺たちも」

「はぁ? やられただって? それじゃあ、俺たちは……」

「キャァァァァッ!」

「め、メアリー! そ、そんな、ギャアアアア!?」

「と、とにかく逃げるぞッ! ここはヤバい!」

「あ、あぁ……。殺される前に、早く逃げないと……」


 街は大パニックになっていた。街のあちこちで人間たちに襲いかかる魔物の大群。逃げ切れたのは、ほんの僅かな人数だけだった。逃げ遅れた多くの人たちが、魔物によって命を奪われた。


 彼らが住んでいた街は魔物に占拠され、住民たちは街に戻れなくなった。


 そんな事件が、エルメノン王国の各地で多発した。なぜこんなことになったのか、王国の住民たちは原因も分からず、途方に暮れるしかなかった。

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