第76話 女の子の部屋に来たよ
「……さい。起きてください。着きましたよ。起きてください」
「んっ……?」
目を開けると、そこには上機嫌そうな涼花の顔があった。どうやらいつの間にか眠ってしまっていたらしい。こんな地獄の環境でも寝てしまうとは、俺も末期かもしれない。
それにしても、何やら懐かしい夢を見た。疲労困憊の中であんなくだらない夢を見せて来るくらいなら、黙って寝かせて欲しいものだけど。おかげで全く眠っていた気分にならない。
「おはようございます。よく眠れていましたね」
「……まあな」
「お疲れですか?」
「当たり前だろ。本当だったら我が家で寝ているところだからな」
欠伸をすると、背筋を伸ばして身体をほぐす。長時間同じ体勢で居たせいで身体中が痛い。流石の高級フカフカ椅子でもされるカバー出来なかったようだ。
「……着いたのか」
「はい。貴方が間抜けな寝顔を晒している間に」
そう言うと、俺の手を握ってきた。同じ人間とは思えないほどの柔らかさが伝わる。
「おい、何を……」
「手を繋いでいるだけですけど」
「何の意味がある」
「私が繋ぎたいだけなので気になさらないでください。それとも、ドキドキしてしまいましたか?」
「……別に」
「照れなくてもいいのですよ?」
「……照れてない」
「ふふっ、素直じゃないですね。いつか私に屈服するのを見るのが楽しみです」
「そうか……」
涼花は楽しそうだが、俺は全く持って楽しくない。ただただ眠い。早く寝たい。帰りたい。
そんな俺の希望を打ち砕くように、涼花は手を引いて車から出ていく。外には日本とは思えないような光景が広がっていた。
涼花の家は、アニメでよく見るようなお嬢様の屋敷そのものだった。果てしなく続くような高い塀に覆われている中で、圧倒的な存在感を放つ城のような建物。
玄関に続くまでの道のりにも、美しい薔薇の庭園や立派な鯉が泳いでいる池などが広がっていて、おとぎ話の世界に迷い込んでしまったようだった。一度来たことはあるが、それでも圧巻の光景だ。
「凄いな……」
「そうですか?」
涼花にとってはこれが当たり前なのだから、俺の感想なんて求めていないだろう。それでも思わず感嘆の声を上げてしまった。
「さぁ、行きましょう」
「ああ……」
涼花は慣れた様子で屋敷に入って行く。俺もその後を追って入ると、玄関前に立っていた執事に頭を下げられる。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「ただいま爺や。今日は私のペットも来ていますから、丁重にもてなしてあげてください」
「かしこまりました」
爺やと言われた執事服の老人は、柔らかでありながらも精悍な笑顔でお辞儀をした。何でペット呼びで通用するんだよとツッコミたくなるが、涼花の頭のおかしい言動には慣れているのだろう。何か一番偉い人っぽいし。いつもの黒服さんは運転専用の人なのかもしれない。
「あぁ、でも今日は何もしなくていいですよ。二人で楽しみたいので」
「承知致しました」
「ええ、お願いします。では行きましょうか」
涼花は俺へと振り返ると、ニッコリと微笑む。
「帰りたいんだが……」
「駄目ですよ。この家に入ることさえ叶わない方も居るのですから、その無念を背負ってくつろいで行ってください」
「……わかったよ」
「ふふっ、物分かりが良くなってきましたね。良い傾向です」
俺は諦めて涼花の後を追うことにした。コイツが何を言っているかはよく分からないが、どうせ反論しても無駄な抵抗だ。
長い廊下を歩くと、使用人と思しき人達が深々と頭を下げる。ただの庶民の俺からしたら、落ち着かなくて仕方がないのでやめてほしい。
「ここが私の部屋です」
「……広いな」
案内されたのは、俺の家のリビングより広いんじゃないかと思うほどの広さの部屋。しかも天蓋付きのベッドや高級そうなソファやらが置かれてる。自室にもソファとは、金持ちの考えることはよく分からない。
「ほら、座って下さい」
「ああ……」
俺は促されるまま、フカフカのソファに腰掛ける。すると涼花は俺の隣に座って来た。
「……近いぞ」
「気にしないでください」
「気になるだろ」
「ふふふ、照れてて可愛いですね」
涼花は穏やかに笑いながら、俺の頭を撫でてくる。振り払おうとしたが、思いの外優しく触れてくる手に抗えず、されるがままになってしまう。
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