猫のお客さん
家に帰るといつも通り両親がリビングで寛いでいた。
「ただいま~」
「おかえり、今日は早いわね」
「作業が早く終わったから、早めに上がらせてもらったんだ。それと、母さんにお土産」
俺は持っていた紙袋を手渡すと、中を見る父さんと母さん。細やかで繊細な枝や葉が描かれた白い和紙の包みを開けると中から、オレンジ色の側面には細やかな葉の装飾がなされたキャンドルが現れた。
「あら、素敵なキャンドルね」
「こんなものどうしたんだ?」
「今日は別に特別な日じゃないわよね?」
「今日のバイトで作ったやつを貰ったんだ」
そう、アロマキャンドルが固まった時に夢食さんに一つ持っていけと言われたのだ。キャンドルの中に入れたオイルの匂いはバニラ系統の匂いに纏めたものだから万人受けするため、良ければ使って見たらどうかと言われたがバニラなら母さんが好きな匂いだからあげても良いかと聞いたら勿論と言ってくれたので有難く母さんに渡すことにした。母さんに渡すということで夢食さんがラッピングと説明書もつけてくれたので、それを説明すると
「あら・・・・店主さんにお礼を言っておいてね」
「はーい、次バイトに行ったときに言っとくよ」
「夢食さんはこんなものも手作りしているのか・・・・器用だな」
アロマキャンドルを嬉しそうに笑顔を浮かべながら受け取る母さんと、細やかな装飾がなされたキャンドルと丁寧な包装に感心したような声を出す父さん。ほんと、夢食さんって基本的には何でも出来るんだよな~
「お風呂の時に使わせてもらうわね。ご飯温めるからちょっと待っててね」
「はーい」
俺は温めて貰った夕飯を食べ風呂に入りいつも通り今日は何の夢を見ようかと考えながら夢の中に入って行った。
「くっっっら!!!」
夢の中に入ってすぐの感想は真っ暗という事だった。周囲は何も見えずただ暗闇が広がり灯り一つ無い空間にポツンと自分ひとり。自分の手足も見えないほどの暗闇は流石に怖いと感じ取りあえず灯りを生み出してみた。
「・・・・流石に蝋燭の光じゃ殆ど変わらないか」
今日じっくりと見た蝋燭が想像しやすかったので、作り出してみたがこの程度の光源では自分の体が見えるぐらいで周囲を照らしてはくれない。
「夢なら全てを自由に作り出せる・・・・自分が思うままに」
普通の蝋燭では周囲一帯を照らすことは出来ないがここは夢の中。現実ではありえない現象や物だって作れるのだ。俺は目を閉じこの手にある蝋燭が光を強め周囲一帯を照らす灯台のように輝くことを想像する。優しく人々を照らし守る温かなこの火が強まることを、心に抱きながら目を開けると手に持っていた蝋燭は周囲の闇を払う光を放ちながらも眩しくは無く温かな光を発し始めた。
「おーここって森の中だったのか」
蝋燭が周囲を照らしてくれたおかげで、周囲の景色が見えるようになり自分居る場所が何処なのかを確認することが出来た。どうやら俺は今とても背の高い木に囲まれた深い森にいるようだ。周囲には生き物の気配や風の音も一切聞こえず耳が痛くなるほどの静寂が広がるだけ。
「何だこれ、薄気味悪いな」
灯りのおかげで然程恐怖は無いが、匂いも気配も風も無いこの森は薄気味悪く感じてしまう。こんな夢さっさと変えようと思いまた目を瞑ると、急に生き物の気配が俺の後ろでした。物音がした訳では無いが確実に俺の後ろに生き物がいると確信した俺は目を開き、思い切って後ろを振り返ってみると
「え、猫?」
するとそこには、体が細くすらっとした黒猫が行儀よくお座りしていた。何か恐ろしい者が居るんじゃないかと思っていた俺は拍子抜けしてしまったが、その猫と視線を合わせるようにしゃがむと
「こんばんは」
「うわっ喋った!?」
黒猫は口を開き上品な女性な声で話したので驚いたが、夢の中なら話す猫も居るだろうと思いこの黒猫とお話をすることにした。
「すみません、驚いてしまって。こんばんは」
「いえいえ、殆どの人は猫が喋れば驚く者ですよ。貴方は受け入れるのが早いですね」
「まぁ夢なら何でもありかなって、それに妖怪と話したこともありますし」
「なるほど」
そう言って黒猫は笑うように目を細める。猫って表情豊かだよな~
「それで、今日はなんで俺の夢に?いや、俺が見ている夢なんだから質問しても仕方ないか」
この世界は俺が見ている夢なんだから夢の中の存在である黒猫さんに聞いても仕方ないよな。確か夢は深層心理とか記憶が関わってくるって夢食さんが言ってたけど、何でこんな夢見てるんだろう。
「いえ、私は貴方が見ている夢の存在ではございませんよ。噂で貴方の事をお聞きしたので、少し夢にお邪魔させて頂きました」
「え?」
そう言った黒猫は笑いながら尻尾を揺らす。そして、尻尾を揺らしたことによって気付いたがこの猫、尻尾が二股に分かれている。っていうことは・・・・
「もしかして、猫又ですか?」
「そうですよ、初めまして夢人さん」
「えぇ・・・・猫又って夢の中に入れるんですか・・・・」
「化かしのちょっとした応用で出来るんですよ。化かしと言えば狐や狸の専売特許のように言われてますが、猫だって化かすんですから」
「そうなんですか・・・・」
ドヤ顔で胸を張りながら話す黒猫は撫でてしまいそうになるほど可愛らしいが、相手が妖怪だという事を忘れてはいけない。夢食さんに言われたように油断せず名前は名乗らないようにしないと。まずは、何故俺の夢の中に来たか理由を聞いてみるか・・・・
「その・・・・どうして黒猫さんは俺の所に?」
「先言ったでしょ、噂を聞いたからって」
「俺の噂って?」
「偏屈で有名なあの先祖返りの獏が人を雇ったと聞いたのですよ。しかもその人間が夢人っていうじゃないですか」
「えぇ、個人情報ダダ洩れなんですけど」
「猫の情報網を甘く見ては駄目ですよ、どんな場所にも耳と目はあるものなんですから」
ふふふ、と笑う黒猫は可愛らしさだけでは無く少し恐ろしさを感じる。まさか妖怪の中では俺って有名人に何ってたりするのか?それはちょっと嬉しいような迷惑のような微妙な感じだな。
「それで、実際会ってみての感想は?」
「う~ん、良い目を持ってるみたいだけどそれだけですね。夢人は優秀な陰陽師になったりするのだけど、貴方には向いて無さそうですね」
「それは・・・・褒められてるのですか?」
「えぇ褒めていますよ。陰陽師という面倒でつまらない奴らとは違うという事なんですか」
「そうですか、ありがとうございます」
黒猫さんは陰陽師が面倒な奴らと言ってるが、夢食さんの話だとそんな悪く言われるような感じではなかった気がする。妖怪目線からだと印象がやっぱ違うのかな?
「素直なのは良い事です。猫からの印象も悪くないようだし害にはならなそうですね」
「それは、どうも?もし俺の印象が悪かったらどうするつもりだったんですか?」
「それは勿論・・・・」
ふふふと怪しげに目を細め口を横に伸ばしながら笑う黒猫はまさに妖怪のようで、本当に妖怪なんだなと感心していると、
「あ」
ふっと急に黒猫の後ろから手が伸び首根っこを摘まみ上げた。
「ギャッ」
「な~にやってんだ、悪戯猫」
「ちょっと、いきなり摘まみ上げるのはどうかと思います!」
「人の夢にいきなり現れるのもどうかと思うぞ」
「それは貴方もでしょう!」
「夢食さん・・・・」
「おう、この猫に何かされなかったか?」
黒猫を摘まみ上げた手の正体は何時もの姿をした夢食さんだった。俺が想像していないのに急に現れたという事は、本物の夢食さんなんだろう。
「いえ、何も」
「そうか、全く好奇心は猫をも殺すぞ」
「気になったもの仕方が無いじゃないですか!」
「俺の従業員を井戸端会議のネタにしようとするんじゃねーよ」
「えー良いじゃないですか!久々の見える人間なんですから」
「お前達のネタにされたらあっという間に話が広がるだろ」
「あの~もしかして俺噂話のネタとして探りを入れられてた感じですか?」
「そういうこと」
「えぇ・・・・」
夢食さんと黒猫の言い合いを聞いていて何となく察してしまったが、どうやら黒猫が来たのは猫達が話すネタとして情報を収集するために来たらしい。もしかして俺食われるとか少しヒヤッとしたのに、何だか気が抜けてしまった。
「最近は面白い事も無いから、来たのにケチですね!」
「うっせ、さっさと帰れ」
「分かりましたよ、全くケチな獏な事で!それと明日いつものやつ貰いに伺いますからね」
「はいはい、それじゃ俺も帰るわ」
「あ、はい」
「お休み」
「お休みなさい」
そう言って黒猫と夢食さんは蜃気楼のように森の中に消えて行ってしまった。なんだか、今まで一番濃い夢な気がするな・・・・いや、夢であり現実なんだけどさ。
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