儚いからこそ夢は夢でいられる
目覚めた時こんなにも凄い違和感を感じたのは初めての経験だった。悪夢に魘された時ですらここまでの違和感を感じたことは無い。俺はいつも通りに寝た、そして次の瞬間朝になっていたのだ。可笑しい、何で俺は夢を見てないんだ?どんな時も朝になれば必ず夢を覚えてた。なのになんで・・・・
もやもやした気持ちを抱えながら、学校に行き授業を受けるけど日常的にある物が無いという違和感に睡眠は十分だが本調子が出ず睡眠に関することなら夢食さんが分かるはずだと放課後になるのまだかまだかと待っていた。帰りのHRが終わり急いで教室から出ようとした時
「朧月君」
霧浜さんに呼び止められた。
「ん?どうかした?」
「いや、今日一日心ここに在らずだったから大丈夫かなって」
「あ~ちょっとね。だけど、今日で解決できるはずだから大丈夫!」
「そうなの?」
「うん、心配してくれてありがと」
俺は笑いながら返し求眠堂へ急いだ。いつも通りひっそりと佇んでいる求眠堂へ駆け込むように中に入ると本を読んでいた夢食さんが驚きながら
「うおっ吃驚した。朧月か、そんなに急いでどうしたんだ」
俺は速足で夢食さんの元まで行くと
「あの、夢を覚えてなかったんです!今までこんな事無かったのに!」
「あぁそのことか」
一体何なんだという風に顔を顰めていた夢食さんはなんだそんな事かと、ダラけてしまった。いや、俺にとっては重要な事なんだけど!てかそのことかって・・・・もしかして何か知ってる?
「そのことかって・・・・何か知ってるんですか?」
「知ってるも何もそれしたのは俺だからな」
「え!?ちょ!酷いですよ!何でそんな事するんですか!」
何か知ってると思った夢食さんが犯人だと分かった俺は詰め寄ると、
「説明してやるから落ち着け」
「勿論説明して貰いますよ!朝からすっごいモヤモヤして気持ち悪いんですから!」
「ふむ、そこまで違和感があるってことは夢を消すのは駄目か」
「え、ちょ夢を消すってどういうことですか!?」
「ちょっと待ってろ、店閉めてくるから」
夢食さんはそういうと、店の扉に休憩中という掛札を出して戻ってくると俺に座布団を出して説明を始めた。
「朧月、お前は夢についてどう思ってる」
「悪夢を見てる間は辛かったけど、今ではすごい楽しいものです!現実ではありえないことでも出来るし、夢を操れるようになってからは最近の楽しみなんですよ!なのに、奪うなんて・・・・」
口をとがらせながら不満を訴えると、夢食さんは何時も怠そうにしている姿勢を正し真面目な顔になると
「夢って言うのは、寝ている間に記憶を整理しているや深層心理が景色として現れると言われてるがその夢を憶えていられる人間は殆ど居ない。何故だか分かるか?」
「起きたら忘れちゃうとか、夢を見ないから?」
「夢を見ない人間というのは居ない。みんな無意識のうちに夢を見ているがそれを憶えてられずその結果夢を見ていないって事になるんだ。人は毎日夢を忘れて生きているなんでか分かるか?」
「・・・・さぁ?夢を忘れるなんて勿体ないと思うんですけど・・・・」
自分の周囲で全ての夢を憶えている人は誰一人いない、自分が特殊だということは知ってるけどそれでも夢を忘れるなんて勿体ない事してるなって俺は思う。
「それはな、夢を忘れなければ人は生きていけないからだ」
「は?何言ってるんですか?」
物騒な事を言う夢食さんに顔を顰めてしまう俺。夢を忘れなければ生きていけない?なら、何で俺は生きてるんだ?
「人っていうのは自分が経験した過去の記憶をもとにして行動を決めるんだ。例えば、遊びで高所から飛び降りたら怪我をしたらその痛みと経験から人は学び同じことを繰り返さないよう知性を働かせることが出来る。経験した痛みは恐怖となって、高所への恐怖となって命の危険がある事を思い出させて同じことを繰り返さないようになる。人間は学習する生き物だからな」
「はぁ」
「つまり無意識の行動は、その人物の経験や記憶があらわれるものなんだ」
「それが、さっきの話と何の関りが?」
「さっきお前は言っただろ、夢は非現実的なことが出来ると」
「言いましたけど・・・・」
夢食さんの言いたいことが分からず首を傾げると、俺の目をしっかりと見ながら
「夢の世界は、現実ではありえないことが可能になる。前にお前が言ったようにビルとビルの間を飛んだり、火の中にだって入れる。そんな経験を憶えていられたら、現実での行動はどうなると思う?」
「それは・・・・」
「夢を憶えていられる人間は、夢での記憶に基づいて現実で行動しちまうんだ。夢で飛べたんだからこっちでも飛べるはず、夢で痛くなかったから車に撥ねられても大丈夫、夢で自分はスーパーヒーローだったのだからこっちの世界でも同じことが出来るんだってな」
「そんな」
淡々と話される内容に俺は少し身に覚えがあった。夢だったらあそこから飛べると思った事や、子供の頃夢で出来たのだからと高所から飛んで怪我をしたことがある。その時こっぴどく叱られたから今はやろうと思わないようになったがもし少しでも間違えていたら死んでいたかもしれないという事を思い出し背筋がぞわっとし鳥肌が立った。
「夢を憶えているという事は寝ている間も記憶してるってことだ。普通の人間は寝ている間の事を思い出せないから、自分が寝て起きるまでの時間の経過と記憶の一部喪失によって自分は寝ていたんだと自覚が出来る。だが、寝ている間も記憶できるとしたら?自分が寝ていたと気付ける物が無かったとしたら?そんな状態になってしまえば、現実を夢だと思い込み夢を現実だと思ってしまうだろう。現実と夢の境が曖昧になり夢と現実が混同し、自分が起きているか寝ているのかが分からなくなってしまう。そして、現実を夢だと思い込み普通ではありえない行動に出てやがて死に至る」
「じゃあ、このままだと死んじゃうんですか俺は」
夢食さんから告げられた内容に頭は真っ青になり、声が震える俺
「お前達夢人は、そういう運命にあるな」
「っ・・・・」
何時の日か俺もそうやって死ぬんだろうか。話から考えるに夢を記憶しておくことが問題のようだがそれはつまり寝るなという事だ。そんなの生きている間は無理に決まっている。避けようがない問題に泣きそうになると
「だが、お前はまだ大丈夫だ。これから、そうならないよう対処方法を教えていくからお前を雇うことにしたんだ」
「そう・・・・なんですか・・・・ありがとうございます」
すぐに死ぬことは無いと言われ、緊張で固まっていた俺は急に体の力が抜けてしまい床に倒れこみながらお礼を言う。良かった・・・・対処法はあるんだ・・・・
「礼は要らない、俺にも責任があるからな」
「責任って・・・・?」
「俺がお前に夢を自由に出来る方法を教えてしまった。普通夢人は幼い頃に夢の仕組みに気付き成長した時には自由に夢を操れるようになっているんだがお前は違ったみたいだな」
「そうなんですか・・・・?」
「だが、それが幸いしたな。お前の歳ぐらいになると、夢に逃げてしまう者も多いんだがそれが無い。対処法を覚えれば普通に生活していけるぞ」
「夢に逃げる・・・・?」
「その話は後でな。夢を見ないことが一番簡単な方法なんだがさっきの様子を見るとあまり良くなさそうだな。違う方法にしよう」
夢食さんは、懐から獏が鈴を抱えた可愛らしい木のストラップを取り出すと床に倒れこんでいる俺に手渡し
「昨日持たせた置物は今度持ってきてくれ。あれは夢を食う置物だから今日は枕元に置かず離した方が良いぞ」
「はい・・・・」
夢を食うというとんでもない非常識な置物に関して色々聞きたい事はあったが、さっきの話で疲れてしまった俺はツッコむ気になれず素直に返事をする。
「疲れてるみたいだな」
「そりゃいきなりあんな話されたら誰でも疲れますよ・・・・」
「がんばれ、若いの」
「無理です」
「ま、今日は店閉めてるし回復するまで寛いどけ」
「お言葉に甘えて・・・・それでこのストラップは何ですか?」
「それはな、夢から強制的に目覚めさせる鈴だ。生活してて今が夢か現実か分からなくなったらそれを耳元で鳴らすんだ。夢だったら眠りから目覚めるし、現実だったら何も起きない分かりやすいだろ?」
「なるほど・・・・」
眠りから強制的に起こすって一体どうやってこんなもの作ってるんだ・・・・
疲れてしまった俺はそれを質問する気力も湧かず、お言葉に甘えて心の整理と精神的疲労が癒されるまで横にならせて貰った。まさか自分のこの体質が、死に至るほど厄介なものだとは思ってもみなかった。夢食さんは対処法を覚えれば、問題なく生活していけると言っていたが・・・・これからどうなるんだろう。
今日はもう疲れてしまったので起き上がる気力を回復すると、夢食さんからアルバイトの同意書を貰い、家に帰ることにした。
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