夢の世界へ
「なんか高級ホテルみたいだな・・・・」
誰も居ない部屋でぼそりと漏れた声は誰にも聞こえる事無く消えていき、俺は店主に言われた通り荷物を棚に置き洋服棚を開けると中には大量の寝間着が入っていた。半袖長袖、サラサラとした手触りの服から女性の寝間着としてよく見るモコモコした服。色の種類も充実していて、寝間着なんて普段着ない俺は少し迷ってしまった。
普段寝る時は、部屋着のまま寝るからどれが良いとか無いんだよな~
一通り見てみたが、特に気に入ったものが無い俺はどうしようかと悩み、次に引き出しには何が入ってるんだろうと開けてみるとなんとそこには旅館で着るような浴衣が入っていた。
こんなのも用意してあるんだ、凄いな
いくら寝るためのお店だとしても、この店の品揃えは凄いと思う。布団や枕、寝間着に絨毯、マットレスと自分の好きなようにカスタマイズを出来るなんて驚きだ。俺は流石に洋室に和服は無いだろうと、引き出しを閉めるとふと目についたスウェットを手に取り
これで良いか
俺は着替えると、制服を畳み荷物と一緒の場所に置くと部屋の前で待っている店主さんを呼びに行った。扉を開けるとすぐ横で待ってくれていたようで
「終わりました」
「あぁ分かった」
店主さんは俺と一緒に入ると、ベットの上に座るように示すと店主さんは椅子に座り俺に向かい合い
「それじゃあ、ゆっくりリラックスして眠れるよう色々質問をしたいんだが大丈夫だろうか?」
「はい、何でも聞いてください」
「よし、それじゃあ始めよう」
店主さんは懐から手帳とペンを取り出すと
「まずは名前と年齢を聞いても良いかな?」
「はい、
「珍しい苗字だね」
「よく言われます」
朧月なんて苗字俺の親族以外では聞いたことが無い。子供の頃は、朧と言う漢字を書くのがめんどうであまりこの苗字は好きじゃなかったけど、中学生になってからは他には居ないこの苗字をカッコイイと思い今では好きと言えるほどには気に入っている。朧月なんて、ゲームに出てくる名前みたいで男だったら誰でも好きになってしまうと思う。
「夜寝る時は、灯りを全部消す派?それとも、常夜灯を付ける?電気を点けて眠る?」
「電機は全部消して真っ暗にして寝ますね。明るくても眠れるんですけど、暗い方が好きです」
「ふむふむ」
夜に電気を消し暗闇に包まれることを怖がる人達も居るが、俺はどちらかと言うと何も見えず、全ての輪郭が暗闇に解けてしまう程の暗闇が結構好きだったりする。目に余計なものが映らず、静かな視界と言うのは落ち着ける空間だ。
「眠る時は何か音楽を聴いたりするかい?」
「聞かないですね」
「ありがとう、じゃあ次は今の部屋の環境に不満はあるかい?今なら好きに変えられるけど」
「いや~特には無いです。なんなら、ホテルみたいでちょっとワクワクしてるって言うか」
「気に入ってくれたみたいで良かった。だけど、眠るためには少し落ち着かないとね」
そう言って店主さんは、持ってきた箱を開けると細長い棒のようなものをテーブルの上にあった置物に挿し懐からマッチを取り出すとその棒に火をつけた。そうすると、棒から白い煙が立ち上がりふわりと入り口で嗅いだ白檀と言う名の匂いが香り始めた。
「それ、何ですか?」
「これは、お香だよ。お香にも色々種類が有るんだけど今回のは線香タイプの物を選ばせてもらった。嫌な感じはしないかい?」
「大丈夫です・・・・落ち着きます」
「それは良かった。それじゃあ、最後の質問をさせて貰うね。悪夢を見ると言ってたけど、どんな悪夢を見るんだい?」
「凄く典型的なやつなんですけど・・・・笑いませんか?」
「笑わないと約束する」
店主さんは真剣な顔で約束をしてくれたので、俺は少しづつ今悩んでいる悪夢について話し始めた。
「真っ黒で大きな剣を持った大男に追われる夢を毎日見るんです。頑張って逃げるんですけど、最終的には追いつかれて体を真っ二つにされて目覚めるんです」
「そうなのか・・・・その大男からは絶対に逃げられないんだね?」
「そうなんです・・・・悪夢だと分かってるんですけど、毎日毎日同じ夢を見て、汗びっしょりで目が覚めて心臓も五月蠅いし。寝るのも嫌になってきたんです」
話した通り、寝ると絶対に悪夢を見てしまうのだ。そのせいで毎日少ししか眠れないし、目覚めは最悪。それが積み重なって、最近はずっと寝不足で体が重い。学校にも集中できないし眠くて授業中に寝てしまったら決まって悪夢。もう寝るのが嫌になってしまう。ただの悪夢だという事は分かってるんだが、こう毎日見ていると何か不吉な事が起きるんじゃないか、誰かに呪われてるんじゃないかなど非現実な事まで考えてしまう。しまいには、現実なのか悪夢なのか分からなくなりそうになる。
折角高校に入ったばりで大事な時期なのに、精神的にも肉体的にも限界を迎え、悪夢を払う方法とか色々ネットで調べて試してみたけどどれも効果は出ず、絶望していたところにこの求眠堂の話をネットで見つけたのだ。ここに来ればどんな眠りの問題も解決してくれると聞き家に近いという事もあり、訪れたのだ。
「大変だったんだな・・・・でも、大丈夫だ。ここに来たからには、悪夢を消し去ってやろう」
「本当ですか・・・・?」
「勿論だ、安くない金を貰ってるんだぜ?効果は保証する」
「お願いします」
親にはたかが夢でしょと言われ、友達からは疲れてるんだよと笑われた。みんな、軽く考えてるかもしれないけど俺にとっては凄く辛い事なんだ。それが解決するかもしれない、俺は店主さんに掛ける事にした。
「それじゃあ、横になって」
「はい・・・・」
俺は店主さんの言う通り、ふかふかで良い匂いがするベットに横になり何時ものように寝る体制になる。こんな夕方から寝れるのかと心配だったが、連日の睡眠不足によって体は限界だったらしい。電気が消え、暗闇と静寂訪れ感じるのは白檀の香りと柔らかな布団。そして、店主さんがポンと布団を触った瞬間俺は眠りの世界へと旅立っていた。
「よし、眠ったな・・・・悪夢は今の気分じゃないんだが、仕方が無いか」
ベットで眠りに就いたと思ったら、次の瞬間俺は期待と不安が入り混じりながら入学した学校の校門に居た。空は夕焼けに染まり普通なら人が多く行き交うはずの道は、誰一人姿が見えず校舎にも明かりが灯っていない。耳が痛くなるほどの静寂に、ここは夢の中だと気付いた俺はこの不気味な場所から遠ざかろうと校舎に背を向けて歩き始めようとした瞬間、
「っ!!」
居る、今俺の後ろに絶対いる。全身の毛が逆立ち、ぞわぞわとした悪寒が背筋を走り喉は乾き額から汗が滲みだす。物音は何もしなかったが、絶対に俺の後ろに居ると俺の本能が言っている。俺は体の震えを抑えながら、少しずつ後ろを振り返るとそれはいた。
全身が黒い靄に包まれ人相や服装がはっきり分からないが二メートルはあるだろう巨体の人型が赤い目を光らせ黒曜石のように艶やかに輝く大きな剣。まただ、またこいつだ。何度こいつに会ったんだろう、どれだけ逃げても必ず俺を殺してくるクソ野郎。はぁ・・・・また駄目だったのか、五千円高かったんだけどな~
「殺すんだろ?早く来いよ、もう逃げる気にもなれねーよ」
俺の言葉なんて理解できないだろうけどな。殺される運命から逃げられないなら、もうどうでもいいや。悪夢から解放されることを諦め逃げる気も湧かず地面に座り込む俺の元へ一歩ずつ着実に歩みを進めるクソ野郎。
あの店主さん嘘つきかよ・・・・返金とかってしてくれねーかな。
恐怖より怒りが勝って来たその時後ろから
「こりゃまた、典型的な悪夢だな」
「え!?」
突然聞こえた声に驚いて後ろを振り返ると、そこには店主さんがダルそうに腕を組みながら立っていた。
「は?え?店主さん?」
「おう、店主さんですよ~」
「はっ夢だからか、でも今までこんな事・・・・」
「混乱してるな~夢だけど現実だぜ。ほら立て少年」
座り込んでいる俺に手を差し出し、俺はその手を取ると確かに温かさを感じた。その温かさは夢なのにとてもリアルで、まるで本当の人間がここに立っているかのよう。だけど、そんな事は有り得ない。だってここは夢なのだから、生きている人間が居る訳が無い。もしここが現実だとしたら、あのクソ野郎の説明がつかない!
「おっと、混乱してるみたいだな。まぁ簡単に説明するとここはお前の夢の世界で俺はこの夢の世界に来ただけ。説明してもどうせ忘れちまうしな、まずはこの悪夢をどうにかしようか」
店主さんは俺の手を強く握り立ち上がらせると、クソ野郎を睨み挑戦的な笑みを浮かべた。
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