求眠堂の夢喰さん

和吉

いらっしゃい、お客さん

 ここは某都内の路地裏に静かに潜む小さなお店。周囲を見上げるほど大きなビル達に囲まれ異様な雰囲気を出しているが、路地裏にあるため誰もこの店の存在に気付かない。もし表にこの店が有ったとしても気付かれないだろう。


何故かって?


 この都市の人々は常に忙しそうに働き歩き、その視線は小さな情報端末に注目している。そして、誰しもが日々の生活に追われ、この小さな店を見つける余裕が無いのだ。


 毎日ここら辺に通勤している人なら気付くと思うだろ?それがな、逆なんだよ。毎日訪れる場所に人間は段々慣れてしまう。慣れてしまえば好奇心を失い、新しい場所を発見しようとする気持ちは失われてしまう。思い出してみろ、自分の職場や学校の近くにある自分に関わりの無い店を詳しく知ってるか?通学路にある小さな店の小さな変化に気づくことが出来るか?殆どの人が知らない、出来ないと答えるだろう。自分と関わりの無い店なんてそんなものだ。


じゃあ、誰がこの店に来るのかだって?


 この店に来るのは、ある悩みを持った者達のみ。この悩みは世界で大勢の人が悩み解決策を探しているだろう。ある人は道具を変え、ある人は病院へと行き、またある人は薬に頼るだろう。此処はそんな悩みを、解決する不思議な店。此処に辿り着く人間は、悩みを解決できると風の噂を聞いた者達のみ。今日もまた、悩みを抱えた人がこの不思議で温かなこの店に訪れる。




「ここが求眠堂きゅうみんどうか・・・・」


 制服を着た短髪の爽やかな青年がリュックを背負い求眠堂の前に立っていた。しかし、その爽やかな雰囲気を打ち消すようにその目の下には真っ黒な隈がくっくりと刻まれていた。


「噂で聞いたけど、本当に在ったんだ」


 少年は、ゆっくりと店を見上げた。不思議な雰囲気を纏うこの店はまるでそこだけが時代に取り残されているかのような、木造の古びた2階建ての建物。田舎だとこういった建物が見られるのだろうけど、都会ではまず見る事が無い。そして、鼻が長く黒と白の何の動物をモチーフにしているのか分からない置物が求眠堂という看板を持って飾られていることによって異質な雰囲気を助長している。ぱっと見では営業しているようには見えないし、ここに入ろうと考える人は居ないだろう。だが、俺はこの少し異様な雰囲気を纏っているこの建物に用があって訪れたのだ。大きく深呼吸をすると、俺は曇りガラスになっている引き戸に手を掛けガラガラと音を立てながら開き中に入る。


「すみませ~ん」


 中に入ってみると、外に出ていく風と共に何かの匂いが鼻に届いた。よくある柔軟剤や消臭剤による作られた匂いではなく、自然由来のとても落ち着く匂い。入り口に居てもしっかりとその匂いが分かる程強い匂いなのに嫌じゃなくむしろ好みだ。中を見渡してみると、壁際には多くの棚が並んでいて中には粉が入った瓶や植物が入った瓶が並んでいる。部屋の中央には、教科書で見たことが有る古い地球儀とその周りをゆっくりと回っている太陽と月、そして星の模型。よく見てみると地球儀もゆっくりと回ってるみたいだ。


「凄いなぁこんなの見たこと無い」


 しばらくの間地球儀をぼーっと見ていたが、ここに来た目的を思い出し店の奥を見ると、床が一部高くなり畳が敷かれテーブルが置かれている場所の奥から白い煙が立っているのが見えた。


(あそこに誰か居るのかな・・・・?)


 近づいてみると、そこには横になって寝ている着物を着た男が居た。


「すみませ~ん」

「・・・・・」

「あれ?すみません」

「ん?あぁお客さんか」


 体を揺すり起こした男は、眠そうに起き上がるとズレてい羽織を直し俺を見るとあくびをしながら、


「いらっしゃい。今日はどんなご用件で?」


 座りなおした男をよく見てみると、ぼさぼさの髪の毛に眠そうな目に若いのかおっさんの間みたいな顔をしているけど、一体何歳なのかは分からない。


(着物着てる人なんて、初めて見た・・・・)


 男は緑色の着物に紺色の帯と羽織を着ていて、まるで時代に取り残された人だ。ちょっと怪しげな雰囲気を出しているけど、噂通りならばこの人なら俺の悩みを解決してくれるはず・・・・


「実は、夢見が悪くて・・・・毎日悪夢に襲われるんです。此処ならそれを何とかしてくれると聞いて来たんですけど」

「お~若いのに大変だね。確かにここなら何とか出来るぜ。いらっしゃいませ、お客様」


 そう、俺が訪れた理由は毎日のように悪夢から解放されるために訪れたのだ。


「はい、勿論」

「そうか、じゃあまずはこの店の説明をしようか。噂で聞いてるだろうけど、ここは安らかな眠りを提供する場だ。奥で各自の部屋に入り、俺が眠りのサポートをするけどここまでは良いかな?」

「大丈夫です」

「よし、学生料金で5000円ね」


 

 俺はお小遣いで貯めた5000円を財布から出し店主だと思われる男に渡すとそれを懐にしまった男は立ち上がり、煙が立っていた香炉を消すと


「まいどあり~じゃあ、準備しようか」


 店主は畳から降り草履を履くと、


「付いておいで」


 俺は言われるがままに男の後ろを付いていくと、色々な物が飾ってある棚の前に来た。男からは何処か深く森のような匂いが漂い、とても濃い匂いなのに全く嫌じゃない。


「まずは、この中から好きな匂いを選んでもらおうか。どんな匂いが好きかい?」

「・・・・匂いですか?」

「そ、ゆっくりリラックスして眠りには自分が一番落ち着ける環境を作り出す必要が有るんだ。人間の嗅覚は鋭くて、匂いだけで記憶を呼び覚ますことも出来るほど嗅覚って結構重要なんだぜ」

「そうなんですか・・・・」


 寝る時の匂いなんて気にしたこと無かったな。


「最近だとアロマディフューザーとか流行ってるだろ?匂いって言うのは集中力も高めてくれるから、勉強する時とかも良いぞ」


 そう言いながら、店主さんは棚から小さな瓶を取り出し中には、液体が入っている。そして、その瓶にはラベンダーと書かれている。


「これがよく言うアロマオイルだな。嗅いでみてくれ」


 店主さんは俺の鼻にその瓶を近づけてくれたので、嗅いでみるとよく柔軟剤や消臭剤とかで嗅ぐラベンダーの香りが鼻に届いた。この香りは嫌いでは無いけど・・・・花独特の甘い匂いはあんまり好きじゃないんだよな。


「その顔だと、あんまり好きじゃないみたいだな」

「良い匂いだとは思うんですけど、落ち着くかと言われると・・・・」

「匂いの好みは人それぞれだ、今までどんな匂いが落ち着くと感じたことが有る?爽やかとか柑橘系とか、大体な感じで大丈夫だ」

「そうですね・・・・この部屋の中は凄く良い匂いだと思うんですけど」

「ん、さっきまで焚いていたのは白檀なんだが」

「白檀って言うんですね、なんか柔らかな匂いで凄く落ち着くというか」

「そうか、じゃあ白檀にしてみよう」


 店主さんはラベンダーの瓶を、棚に戻し隣の棚から細長い箱を取り出すと


「それでは、店の奥に案内しよう」


 俺は言われた通り後ろについていくと、先程まで店主が居た場所の隣の扉を開け


「隣に靴を入れてくれ。スリッパはこれを使ってくれ」

「分かりました」


 俺は言われた通り靴を棚の中入れると、スリッパを履き扉の中に入ってみると、まるで旅館のような廊下と障子が張られた部屋。扉の前には春の間と書かれている。


「旅館みたいですね」

「まぁここは寝る場所だからな。部屋の様式は宿泊施設のようになってしまうんだ。それで、和室と洋室どっちが良い?ベットの硬さなんかも希望があれば言ってくれ」

「自由に選んで良いんですか?」

「あぁ、構わないぞ。今は誰も寝ていないから全室空いている。だから、選びたい放題だ。自分が好きな空間を希望してくれ」


 まだ平日の夕方だからお客さんが来てないのか?だが、部屋を自由に選べるのはとても嬉しい。家の部屋は洋室でベットでしか寝たこと無かったから、和室の布団は少し抵抗が有ったんだよな。


「じゃあ、洋室が良いです。ベットの硬さは~・・・・何が良いんでしょうか?」

「体が沈み包み込まれるような感触が良いなら柔らかめだな。体をしっかりと支えてくれるのが好きなら固めの方が良いだろう。家ではどんなのを使ってるんだ?」

「どんなのって言われても・・・・普通のです」


 ベットの硬さなんて気にしたこと無かったし、親が用意してくれたものだから詳しく知らない。というか、ベットってそんなに種類がある物なのか?


「そうか、じゃあ一般的な硬さで試してみよう。それで要望があればいつでも変えられるから、何時でも言ってくれ」

「分かりました」


 俺は店主の後に続き廊下を歩いて行くと、ある部分を境に和式から様式にいきなり変わった風景が広がっていた。まるで、洋式の家と和式の家を無理やりくっつけたような違和感に首を傾げながら進んで行くとある扉の前で止まった。そこには、夕焼けと書かれてプレートがぶら下がっている。


「君の部屋はここだ。学生さんだから夜遅くまでは寝かせられないし、日にちを跨がせることも出来ない。最長で二十二時まで寝られるけど、何時まで寝たい?」

「そうですね・・・・」


 今は夕方の五時だ。親には夜遅くなることと夕飯が要らない事を伝えてあるから、九時を過ぎても大丈夫なはず。五千円も払っているんだ、時間はギリギリまで使った方が良いだろう。ここから家に帰るのに大体三十分ほど掛かるから・・・・


「九時半まで寝ても良いですか?」

「おう、問題ない」

「それじゃあ、それまでで」

「了解した、では中に案内しよう」


 扉を開け電気を点けると目の前に飛び込んできたのは、部屋の奥にある白い大きなベット。あんなに大きな物はテレビとかでしか見たことが無い。右側には椅子とテーブルが置かれており左には大きな洋服棚が置かれている。床にはふかふかで茶色の絨毯が引かれさながら高級なホテルのようだった。ベットの隣にはサイドチェストと小さなランプが置かれ、過ごし易そうだ。


「ホテルみたいですね」

「参考にしてるからな。それでは部屋の説明をさせてもらう。洋服棚の中には寝間着が入ってるから、自分の好きな種類を選んで来て頂くことになっている。そして、布団や枕の色に希望があるなら、すぐに変えられるが希望はあるか?」

「いや、無いです」

「了解した。それじゃあ、荷物は棚に置いて着替え終わったら扉の前で待っているから呼んでくれ」


 そういって、店主さんは部屋から出て行ってしまった。


「随分と寝て無さそうな顔してたな・・・・それだけ強い悪夢・・・・楽しみだな」


 部屋で準備をしている少年を待ちながら、店主は面白そうにほくそ笑む。そんな事を知らない少年は、店主を待たせまいと急いで準備に取り掛かるのだった。

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