真由美せんせい

はもたらさーもん

第1話

桜の花びらをまとわせて、そのひとはおれたちの前に舞い降りた。


一瞬でおれは、そのひとに目が吸い寄せられた。とてつもない美人だ。とんでもない存在感だ。

それまで、退屈で退屈でヘドロみたいに鈍足に過ぎていくほかなかった入学式が180度ひっくり返った。

新しく赴任してきた先生を紹介します、とヅラ教頭がマイクを通して言う。

体育館のステージ前に、教師たちが駒のように連れ立って現れた中に、ひときわ目立ってその人は呼吸していた。

強ばった顔の新米教師やらベテラン風情の教師歴云々のマウントを顔に貼り付けた教師など、特に興味もそそられない面々が並べられる。

でも、そのひとは違った。そのひとが体育館に姿を現した途端、雑多な無駄話はぴたりと止まったのだ。

開け放した体育館の窓からひらひらと迷い込んできた桜の花びらが、茶色くしなやかな髪の先に、誰かのいたずらのように舞い落ちてきて留まった。

それに気付かないまま、そのひとは背筋を正して生徒たちを眺めている。微笑んだ眦は、どこか背徳的な雰囲気をしていて、赴任してきた教師たちの中でも彼女がいちばん教師という枠に囚われることなく呼吸しているのが分かった。

居眠りもできないくらい、いつも前の席に座らざるを得ない自分の名字に、今だけは猛烈に感謝した。左から数えて3番目のその人がよく見える。

2人、自己紹介をして儀礼的な拍手が終わった後、やっとその人にマイクが手渡される。


深く息を吸ってみせた後、瞳を輝かせる。


「弓削 真由美と言います。みなさんにとって、心の拠り所のような保健室の先生になれたらと思います。よろしくお願いします」


数百人の生徒たちが静まり返ったすし詰めの体育館に、その人の声は花びらよりも凛と、つまらない教師たちよりも遥かに鮮やかに零れ落ちた。


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真由美せんせい はもたらさーもん @sushisushikp

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