あったかもしれない世界線

Planet_Rana

★あったかもしれない世界線


 在り得ないイフを好むのが人の性。

 身に覚えもない夢ならば、何とも心地のいい刺激だろうと思った。


 魔導王国浮島。四種族が入り交じり暮らすこの浮島で、とある魔法具研究室が爆発を起こすまでは。


「浮島中で性別がひっくり返ったぞ騒ぐな!! って放送があったから何かと思えば、あの工房の実験が失敗したのねぇ……これ、どれぐらいで元に戻るんでしょうね?」

「冷静だなぁ。俺は起きてすぐから気が気でなかったって言うのにさ」

「私だって、人の身体がどういう形なのかくらいは知ってるわ。男になるって言っても、無いものが増えて胸が板になるだけでしょう」

「いやまあ、そうか……そうか?」


 少年だった少女は寝起きの違和感から自身の服を剥いて目を剥いたのだが、目の前の彼女だった彼はそうではないらしい。心が図太くて何よりであった。


「体格が変わらなかったことが救いよね。まあ、貴方は女の子になっても綺麗な顔のままだし、むしろ可愛いからそのままでも良さそうだけれど」

「まてまてまて、俺から性別を取ったら何が残るって言うんだ」

「個人が残るでしょうよ。何を卑屈になってるんだか」


 ほら、行きましょう。と手が差し伸べられた。俺はペースを崩されたことにむず痒さを覚えながらその手を取る。


 ――水色の手袋に、黄土色のコート。


「……?」


 え、違うだろう。

 どうして君がその服を着ている?


「■■■■■?」


 鼠顔を被った、彼女だった彼が言う。

 俺だった私の肩には灰色のケープがかかっていて、喉元は気味が悪くなるほど涼しくて。


「――っ!!」







 夢と自覚して目が覚めるまで一瞬だった。寝汗を吸ったシーツが、胸元でぐしゃぐしゃになっている。


「……はぁ、そうだよな。俺が魔力由来のごたごたに体質を左右されるわけないもんな。びっくりした……」


 薄い朝日が差し込む。読みかけの本を棚に積み直す。


 興味深い内容の夢だったが、まさか立場までひっくり返ってほしいと願ったことは一度もない。

 例え泡沫になろうとも、彼女には自分のような思いをして欲しくはないのだった。


 そうしてすっかり目が覚めてしまった夜明けごろ、予定外の回線硝子ラインビードロが明滅する。


「はい。鼠の巣の針鼠です」

『あぁ、おはようだねぇ!! 急で悪いがお仕事の依頼だ!!』

「……風邪でもひきました? 声低くないですか?」

『魔法具が爆発して吸い込むと性転換する煙がだね!!』

「正夢なのかよ!!!!」


 朝一番の針鼠の叫声は浮島にこだましたとか、しなかったとか。




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