『リセット‐日常清掃員の非日常‐』

夷也荊

プロローグ

プロローグ 上

 記憶はあいまいだが、おそらく夏を過ぎたころだったと思う。俺は高校二年で、ある人からの依頼を安請け合いした。それは、一年生の男子の制服を盗んでほしいという依頼だった。俺の先輩の友人からの依頼で、断るという選択肢はなかった。この高校の生徒は上下関係ばかりが厳しい割に、教師たちとは対立関係にあった。だから俺は、一年の体育の時間を狙って、こうして一人で、一年の教室に忍び込んでいるというわけだった。机の上には、乱雑に制服が置いてあった。何という無防備さだろう。この高校において、こんなに無防備では生きていけないぞ、一年生諸君。だからこんな風に、先輩から制服を物色されるという憂き目にあうのだ。この就職を控えた三年生が、一年生の制服を狙うという行為は、校是よりも生徒の間に根付いている伝統だ。それを知らずに盗まれる方が悪い。盗まれたらおとなしく、ズボンはジャージのままで過ごすしかない。そして両親に説明して、新しく買うことになる。

 

 ちなみに俺が一年生の時は、クラスで真面目に学校生活を送っていた三人が、盗難被害に遭った。その内の一人は、おとなしい女子で、盗まれたことにショックを受けて泣いていた。就職活動の面接の際、短く切ったスカートやだらしないズボンで面接を受けられないので、三年生は一年生の新しい制服を盗むのだ。それは男女ともにそうなのだ。俺は一年生の頃にはもう、先輩たちとのつながりがあったし、俺のズボンは裾が擦り切れ、だいぶくたびれていたから、盗られることはなかった。


「お、これ、いいじゃん」


 俺が目を付けたのは、男子の割にきちんと畳んである制服だった。この荒んだ高校できちんと畳まれて置いてある制服なんて、目を付けて下さいと言っているようなものだ。用があるのは制服のズボンだけだから、上にあったシャツには用がない。俺はたたんであった制服をぐちゃぐちゃにしながら、ズボンのチェックを始める。この高校はブレザーだから、上辺だけきちんと見えればそれで良かった。そのため、シャツを盗む人はいない。


「どれどれ?」


 俺は下になっていたズボンを広げてみる。まだ新しいし、汚れもなく、そして裾も切れていない。どう見ても新品に見える。


「いいね、いいね。サイズはっと」


 俺はズボンをめくり、ウェストのサイズを確認する。まあ、依頼者のサイズが平均的だったので、サイズの問題は楽々クリアだ。しかも嬉しいことに、裾上げしてあった。この制服の持ち主は、やや胴長短足らしい。まあ、野郎の体格何て俺には興味がないけどね。


「よし」


 俺はこのズボンを丸めて、一年の教室を出ようとした。廊下には見回りの教師がいたが、こんな状況でも別に慌てるほどじゃない。いつもなら、廊下で大乱闘を起こして、他のクラスの授業を妨害しているところだが、今日はこのズボンを先輩に届けるという使命がある。だから教師に見えない場所に座って、体を縮め、俺は教師をやり過ごして、ズボンを先輩が待つ理科室に持って行った。しかし、何が悲しくて、俺は男のズボンを盗まなければならないのか。せめて女子のスカートとか、リボンとかなら納得できる。これでは俺が、同性に興味がある泥棒ではないか。

 今は授業中だが、理科室は使われていない。俺はノックもせずに理科室に入る。そこには、俺が慕う鹿野(かの)先輩と、依頼者であろうもう一人の先輩がいた。


「うーす」


 俺と鹿野先輩は、いつものように挨拶を交わす。もう一人の先輩は頭を俺に下げただけだった。何だかモヤシみたいで、鼻につく感じがする先輩だった。鹿野先輩は見るからに不良といった風貌だ。金髪の髪の毛はワックスで針鼠みたいに立てられ、男にしては長めだ。耳にはピアスが何個もあいていて、指にはメリケンサックのように髑髏の指輪が並ぶ。首からはこちらも武器になりそうはネックレスが、何本も下がっていて、動くたびにじゃらじゃら言っていた。制服はもう着ておらず、ほぼ私服だ。その上指定された靴ではなく、便所スリッパをはいている。もう一人の先輩は普通だ。肌が病的に白いが、そのほかは取り立てて目立ったところはなかった。特徴がない人間とは、こういう人を言うのだと初めて思った。何なら優等生っぽい。髪の毛は黒く、短髪で、この高校では珍しく制服を上下とも着こなしているし、装飾品もない。靴だって、ちゃんと指定の内履きをはいている。どう見てもちぐはぐな二人だったが、仲は良さそうだ。それに、先輩の友達にも、隠しても隠しきれないやんちゃさが見え隠れする。黒髪はさっき美容院で染めて来たばかりというくらい、不自然なほど黒いし、耳たぶには小さなピアスの穴がある。そして、制服のズボンは擦り切れいていた。確かにこれで面接に行けは、即退場となりかねない。

「で、佐野。例のヤツはどうだった?」




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