剣導水~喪失編~
maria159357
第1話【玉蜻】
登場人物
信
李
拓巳
死神
海埜也
亜緋人
和樹
エド
鳴海
みりあ
自分自身を信じてみるがいい。
きっと、生きる道が見えてくる。
ゲーテ
第一章【玉蜻】
「おい亜緋人、何してんだよ」
暗闇に薄ら光るその場所には、数人分の影がある。
その中心にいる男は、何やら1人で大量の書類を捲りながら、身体を捻って別の方向を向くと、そこではパソコンをカタカタと打って何か調べ物をしている。
周りにいる者たちは、そんな男、亜緋人のことを見ているだけで、特別手助けをしようとする素振りすらない。
いや、きっと亜緋人自身が「話しかけるな」というバリアでも張っているんだろう。
それでも話しかけたのは、亜緋人のことをじっと見ている男、エドだ。
エドの問いかけも無視して調べ物を続けていた亜緋人に、周りにいた者たちは皆ため息を吐き、別室へと向かおうとする。
「よし」
「あ?終わったか?」
ここでようやく、亜緋人が身体を伸ばしながら口を開いた。
一体何を調べていたのかと聞けば、亜緋人は首を左右に動かし、身体もうんと伸ばしながら、ずっとそこに置いてあったコーヒーを飲む。
すでに冷たくなっていたコーヒーを飲み干すと、亜緋人はニヤリと笑う。
「何だ、気持ち悪い」
亜緋人の笑みを見てエドが言うと、亜緋人はエドの方を見てまた笑う。
一体なんなんだと思っていると、亜緋人はこう言った。
「和樹を起こせ」
「なあ、何処に向かってるんだ?」
ずっと山道を歩いていたためか、信は酷く疲れた様子で、一番前を悠々と歩いている、いや、もはや飛んでいる李の背中に向かって文句を言う。
同じく、李の後ろを歩いている拓巳と死神は、信のように文句を言う事もなく、ただただ忠実に李の後ろを付いて行っていた。
「信ってば体力ないよね。そんなんだから、お坊ちゃんはって言われちゃうんだよ」
「え?俺お坊ちゃんって言われてたの?初めてそんなこと言われたんだけど。てか李!お前浮いててずるいぞ!俺はな、こういうことする予定じゃなかったんだよ!もっとのんびりと旅をする予定だったんだ!」
「文句を言う前に足を動かした方がいいと思うよ」
「何を!?」
「そもそも、その旅を一緒にしていた奴に裏切られたから俺達と一緒にいるんだろ?別に俺たちに付いてこなくてもいいのに」
「・・・・・・。裏切られる予定も無かったんだからしょうがないだろ」
「そういうのは予定に入れないからね、普通」
ふう、と小さくため息を吐くと、李は信の方にふわふわと近づいて行く。
その様子を拓巳と死神は黙って見ていた。
信の目の前まで来ると、李は信と目線を合わせるようにして地面近くまで下り、なぜかにこっと笑った。
「ま、裏切られたのは俺達も同じだけどね」
そう言うと、李は再び地面から少し浮いて前の方へ向かって行く。
「情報がいる。俺達がいた研究所に行っても良かったんだけど、和樹の情報があるかは分からない。それに、何年か前にぶっ壊されたとか聞いたな。噂だけどね」
「じゃあどうするんだ?」
「後手に回ってるのは確かだからね。設計図欲しかったけど、技術者がいないのもまた事実」
「和樹のことは人造人間ってことでまあざっくりと分かったけどさ」
「むしろそれ以外のこと知っているの?」
李の言葉に、信は少しだけムッとする。
李たちよりも、自分の方が和樹と長く一緒にいたはずなのに、こんなにも知らないことが多い。
そんな拗ねた感情が思い切り顔に出ていたようで、李はちらっと信を見て小さく笑っていた。
「銃の扱いが上手かったくらいかな」
和樹のことで知っているのは、と信が付け足すように呟くと、今度は李ではなく拓巳が答える。
「和樹のことは特に謎が多い。だから俺達は設計図が欲しかった」
「他にも同じような人造人間?がいるんだろ?それなのになんで和樹だけ?」
すると、今度は死神が答える。
「和樹はいわば、『バグ』だと言われてる」
「バグ?・・・バグを起こしたものを欲しがってる?なんで?」
「そこが分かれば苦労しないんだよ」
李が大きくため息を吐きながら信の問いかけに答えると、信は少し距離が離れてしまった李に声を届けるため、大きめの声を出す。
「じゃあなんでお前らは設計図欲しがってんだよ」
ぴた、と李が動きを止めると、やれやれと言った感じに首を左右に動かす。
そんな李の様子に若干の苛立ちを覚えた信だが、ここで言い争っても自分が負けるんだろうと思い、口を紡ぐ。
「バグの正体をつきとめて、自分の身体を取り戻す為だ」
「自分の身体・・・?」
「それより信、遅れてるけど大丈夫?遅れたら手なんて貸さないし待ったりもしないし置いて行くけど」
「もはや清々しいほどのクソ性格だ」
「ありがとう」
「だめだ。厭味も通じない」
それからしばらくすると、何やらコンクリートで出来た建物が見える。
「ひとまずあそこで休もうか」
ようやく一呼吸おけるのかと、信はホッと胸をなでおろし、先にその中へ入っていた李たちの後を付いて行く。
ずっと歩いていたせいか、中に入るとすぐさま腰を起こして壁に背中を預ける。
李たちも同じように適当な場所に重ねてるコンクリートのブロックまで行くと、そこに座ろうとした。
ふと、李が動きを止める。
同時に、信のすぐ横に男、海埜也が下りたってきて、戦闘体勢を取っている。
何事かと思っていた信だが、ひとまず自分も、と腰にずっと収めてある剣を握る。
「海埜也?一体・・・」
「信様、お静かに」
急に訪れたピリッとした空気に、信は思わず呼吸を忘れる。
動き出しそうで動かない。耳を澄ましても自然の音しか聞こえてこない。
一体何が起こっているんだろうと思っていると、自分の耳元で『カキン』という金属同士がぶつかったような音が聞こえる。
すぐさまそちらに目を向けると、すでに海埜也はオレンジ色の髪の男と戦っていた。
そして、その男には見覚えがあった。
「亜緋人・・・!?」
「よう信!久しぶりだな!」
「信様、避難を!!」
海埜也と対等にやり合っている亜緋人は、余裕そうに笑いながら素手で海埜也の攻撃を受け止めていた。
すると、他の場所からも音が聞こえてきた。
「・・・!?」
「ほら、あなたも一緒に戦いましょ?」
信の前には、女が立っていた。
「みりあ!お前一番弱い奴相手かよ!」
「うっさいわねエド。どうせみんな殺すんだから誰からだっていいでしょ」
エドと呼ばれた男は拓巳と対峙し、死神はまた別の男と向き合っていた。
そして、李の前には・・・。
「和樹・・・」
「あれ?君壊れたんじゃなかったのかな?ああ、直してもらったんだ。いいなぁ」
「・・・・・・お前を破壊する」
「嫌だなぁ。痛いの嫌いなんだよね」
いつもと変わらない様子の李だが、見た目にはわからないほど、心臓はいつもより速く波打っていた。
それがどういうことを示しているか、それは李は当然知っている。
しかし、それよりも和樹に反応を示していたのは信だった。
目の前にいるみりあとかいう女性よりも、自分が知っているままの姿、声をしている和樹に、信は懐かしさを覚える。
それが気に入らなかったのか、みりあは信に向かった容赦ない蹴りを入れる。
信は思い切り壁に激突するも、それでも和樹に目がいってしまう。
「私という超絶美女がいながら、なんでこっちを見ないのかしら?」
「お前に興味がないからだろ」
近くで拓巳と戦っているエドがそう言うと、みりあは信に近づいて行き、綺麗な紫色をしている信の髪の毛を掴みあげ、強引に自分の方を向かせる。
「いいわね。綺麗な髪色。とっても素敵。惚れちゃいそう」
「うるせぇ」
「大丈夫よ。死ぬことは怖くないわ。あっという間だから安心して」
みりあは、信の髪の毛を掴んでいる手とは反対の手を自分の顔の横に持ってくると、みりあの爪が刃物のように長く鋭いものとなった。
それが視界に入り、ようやく信はみりあの方を向く。
徐々に近づいてくるその爪先に、顔を背けようとするが髪の毛を掴まれているため大きな動きも取れず、信はその爪先をじっと見つめる。
「・・・!?」
「ちょっと!邪魔しないようにちゃんと相手しておきなさいよ!!」
「悪い悪い。やっぱ強ぇ、紅頭」
「ご無事ですか、信様」
どうやら、海埜也が上手い具合に亜緋人をこちらへ飛ばしてきてくれたようだと分かった信は、すぐさまみりあの腕を掴み、捻りながら遠ざかる。
「(足を引っ張るな!亜緋人だって超人。海埜也だって余裕はないはず!)」
亜緋人は楽しそうに海埜也に突っ込んで行くと、海埜也の攻撃を避けながら地面に転がっていた瓦礫を拾い、海埜也に投げつける。
海埜也がそれを避けると、避けた先に亜緋人が蹴りの準備をしており、海埜也は足裏で蹴りを受け止める。
互いに衝撃に耐えきれず、弾かれ壁に叩きつけられる。
「あー、楽しい。愉快愉快」
「あの男を奪うという目的は果たしたはず。なぜわざわざあの男を連れて戻ってきた」
冷静に問いかけをしてくる海埜也に対し、亜緋人はただケラケラと笑う。
ちゃりん、とお洒落に音を立てる亜緋人の片耳についている2つのピアスは、コンクリートで囲まれている場所ではよく響く。
「いやなんかさ、もっと楽しいものがあるかもってわかって」
「もっと楽しいもの?」
「いや、俺個人的にはよ?紅頭も相当面白いと思うから、連れて帰っていろいろ調べたいところなんだけど、普通の人間はいいんだって言われちゃっててさ」
「一体何の話を」
「知る必要はないよ。だって、お前だってこれから俺に殺されるんだから」
一瞬にして目つきが変わると、亜緋人の姿が消える。
「・・・!?」
いや、消えたわけではなさそうだ。
亜緋人はとてつもない速さで海埜也の視界から消えるように身を屈め、同時に海埜也の方に近づいてきていた。
なんとか反応が出来た海埜也は、地面を蹴って後ろに下がりながら、身体を捻り、突進してくる亜緋人をかわそうとする。
それを読んでいたかのように、亜緋人もまた軸を切り替えると、海埜也の胸倉を掴む。
そしてそのまま地面に叩きつけ動きを封じようとするが、すでに亜緋人の前にいるのは海埜也ではなく、瓦礫だった。
「・・・これが噂に聞く『代わり身の術』ってやつか?すげーな」
「・・・・・・」
海埜也は悟られぬよう、生と死の狭間を感じ取った感覚を落ちつかせるべく、ゆっくりと呼吸を繰り返す。
海埜也だからこそ反応出来たものの、亜緋人の動きは人間のそれとは全く違う。
「(動きが速い。隼や朷音、燕网よりも速いかもしれない。呼吸音が分かりづらい。動きも読めない。筋肉の収縮がけた外れだ)」
「楽しいな。やっぱお前みたいな強い奴を殺すってのは一番楽しい」
手にした瓦礫を適当にポイっと放ると、亜緋人は身体をぐるぐる動かして柔軟をする。
「さっきの避けられる奴なかなかいねぇんだよ。さすがだ」
「・・・・・・」
「でもまあ、紅頭ってくらいだから、あれくらいで死なれてもな。俺だってまだまだ本気じゃねえから」
思わず、海埜也はごくりと唾を飲み込んだ。
それに気付いたのか気付いていないのか、亜緋人は至極楽しそうに笑う。
その無垢な笑い方さえ、不気味で恐ろしい。
「さぁて、お互い本気出そうか?」
「お前らさあ!なんで俺達に喧嘩売るわけ!?」
「売ってる心算ないから」
「じゃあなんだ?なんで和樹の設計図奪おうとしてんだよ」
「そもそもそっちが俺達を裏切ったんだろ」
「そうだったか?」
銃を持っている拓巳に対し、ガンガンと拳を打ちこんでくる無鉄砲男、エド。
銃は遠距離には長けているが、接近戦となるとなかなかどうも邪魔にさえ感じる。
かと言って、素手でやりあって勝てるかと聞かれると勝てないだろう。
拓巳はエドの拳が自分の顔の横を通り過ぎるのを待って、すぐさま銃を構えるも、エドの拳が銃を持っている拓巳の手の甲に当たり、思わず銃を落とす。
暴発こそしなくて良かったが、銃はカラカラと地面を転がる。
エドに殴られた手の甲がジンジンとする。
いや、手の甲だけではなく、腕全体が痺れている。
「おいおい、そんなんで大丈夫か?」
「何がだ」
「何がって、とんだ強がりさんだな。銃しか武器が無ぇのに、武器落しちまって大丈夫か?」
「別に」
「ほら」
どういう心算なのか、エドは自分の足元の方に転がってきた拓巳の銃を拾うと、それをご丁寧に拓巳に返してきた。
理由を知りたいところだった拓巳だが、エドの次の言葉に思わず眉を潜める。
「それが無いと戦えねえだろ?」
思わず「銃は使わない」と言いそうになった拓巳だが、これはフェアな喧嘩ではないと思いだし、遠慮なく戻ってきた銃を使うことにする。
「お前誰だ?確か・・・」
うーん、と考えるような素振りを見せている男、鳴海だが、数秒後には男、死神に襲いかかっていた。
「どうでもいいか」
死神は鎌で鳴海の攻撃を止めるようとするが、鳴海は鎌に当たる寸前で身体をのけ反らせると、その姿勢のまま死神の後頭部を蹴り、さらには隠し持っていたナイフで腕を狙う。
振り下ろされたナイフをなんとか避ける死神だが、服の一部が刺さってしまい、一瞬、動きが封じられる。
それを鳴海が見逃すはずもなく、もう1つ持っていたナイフで死神の背中を刺そうとする。
なんとかもがいて服を破り攻撃から逃れる。
「そうだ、死神だ」
「だったらなんだ」
「大層な名前だよな。死神?ははッ!どんだけ嫌われたらそんな名前付けられるんだよ」
「俺は気に入ってる」
「まじ?変わってんな」
適当な会話をした後、鳴海の身体から煙が出てくる。
そしてみるみるうちに、鳴海は死神よりも一回り、二回り、いや、それ以上だろうか、とにかく鱗や牙、角が生えた巨躯と化す。
そして、舌舐めずりをしながらこう言った。
「すぐ殺したら面白くない。じっくり嬲り殺さねぇと」
和樹と対峙していた李は、空中を動きながら和樹の攻撃をかわしていた。
いつか弾が切れて補充するタイミングがあるはずだから、それまで避けていれば、と思っていた李なのだが、そうはいかなかった。
どういうわけか、和樹の銃は弾が無くならないのだ。
詳細を知りたいところだが、今はそんなこと考えている場合ではない。
李は仕方なしと、かけている部分があるものの、まだ天井と呼べるであろうその部分に足をつけると、思い切り蹴り飛ばす。
そして和樹に近づいた瞬間、和樹の身体を拘束しようと思ったのだが、すぐ目の前に銃口がきていることに気付き、ギリギリのところで身体をひるがえす。
久しぶりに地面という地面に足をつけると、和樹の方を見る。
「なんだろうね。不思議な感じだ」
何に対して李がそう言ったのか、他の者は誰も聞こえていないから分からないだろう。
しかし、李は何かに引っ掛かりながらも、また浮遊して和樹の周りを回る。
じーっと和樹を観察していると、視界の隅の方で信がみりあに蹴飛ばされているのが見えた。
「・・・あれ?」
李が何かを見つけたのか、気付いたのか、とにかく声を出した丁度その時、死神が鳴海に壁に突き飛ばされ、血だらけになっていた。
手に持っていたはずの鎌は地面に空しく伏し、身体を締めあげられている死神。
「・・・ッ!」
「こうも決着付くのが早過ぎてもつまらないもんだね」
「っるせぇ・・・」
「おまけにまだ強気だ」
クツクツと喉を鳴らすようにして笑った鳴海は、さらに強く死神の身体を締めつける。
骨の軋む音が聞こえてくる中、死神はなんとかそこから逃げ出そうと身体をよじるも、そう簡単には動けない。
それを見てさらに鳴海は楽しそうにしていたのだが、その時、鳴海の鱗が付いた巨大な腕に、何か違和感が当たる。
何だろうと思い軽く目線を向けてみると、そこには死神が持っていた鎌が刺さっていた。
「お。意思がある鎌?・・・ってんなわけねぇか」
鎌の柄の部分と死神の指は糸か何か細いもので繋がっていたようで、死神は器用にそれを動かしていたのだ。
しかし、それもあっという間に鳴海にぶちっと切られてしまう。
「お前らみたいな人間は久しぶりだ。いや、完璧人間じゃねえもんな?」
何か引っかかる様なことを言う鳴海だが、死神はその意味がなんとなくわかっているようで、特に聞き返すようなことはなかった。
「俺達の言う通りにしてりゃあ良かったのにな。生意気に刃向かうようなことするからだよ。本当馬鹿な、お前ら」
「・・・うるせぇな」
「おまけに口の利き方がなってねぇ」
「お前らについていくくらいなら、ここで殺された方がマシだよ」
「あ?」
圧倒的不利な状況にも関わらず、口調を緩めることのない死神に対し、鳴海は普段の穏やかな感じを消し、死神を掴んでいた腕を思い切り振りまわす。
遠心力に逆らう事もなく振りまわされてしまった死神は、勢いよく瓦礫の中へと突進していく。
ガラガラと瓦礫の中から出てきた死神の前には、足というにはあまりにも大きくそして硬そうなものを死神目掛けて落とす。
再び瓦礫の中へ押し込まれてしまった死神だが、今度は別の個所から顔を出す。
「ネズミみてぇにちょこまかと」
「ネズミだって猫から逃げるために必死で模索する」
「俺ら猫ってことか?」
そんなことどうでもいいのだと、死神は少し血を流し過ぎてためにクラクラしている頭に手を当てながらため息を吐く。
鳴海はそんな死神を見て口角をあげる。
「(やばい。腕折れてるかも)」
先程鳴海に強く身体を締めつけられたことで、大事な腕一本が折れてしまったかもしれないと、死神は自嘲気味だ。
ふと、鳴海の後ろを物凄い勢いで吹き飛ばされていく影を見た。
「いって・・・!!」
「まだ元気いっぱいじゃねえの。じゃ、俺もそろそろ鳴海みてぇに本気出すか」
ケラケラ笑いながらそういったエドに対し、拓巳は強く打った背中を摩る。
一体全体どういう筋力なんだろうと思っていると、エドの身体から全身錐のような突起が出てきた。
その突起物は長くなったり短くなったりと、その長さを自由自在に出来るようだ。
あれには触れたくないと思っていた拓巳だが、瞬きをしたほんの一瞬の隙に、気付けば身体が宙に浮いていた。
そのまま地面に向かって落ちていく中、エドが下で突起物を長く鋭くし、串刺しにしようと待っているのが見える。
「(くっそ。空中でなんて動けねえし)」
どっかの世界にはそういう奴もいるかもしれないが、と付け足したうえで、拓巳は重力に逆らうことも出来ないまま落ちていく。
しかし、突起物に当たる前に突起物の先端を掴み、勢いを若干和らげることは出来た。
とはいえ、身体中痛くてたまらないが。
「っ・・・!!」
ボタボタと身体から血が溢れてくる。
エドの頭の上に拓巳が串刺しになっており、エドは高笑いをしながら突起物を長くする。
すると拓巳の身体にさらに食い込んで行くソレは、拓巳の身体をいつか引き裂いてしまうのではないかというほど身体に穴を開けて行く。
拓巳は持っていた銃でエドの頭を思われる部分に攻撃をすると、痛みはあるのか、エドは何か叫びながら頭を振りまわした。
それと同時に拓巳の身体は突起物から抜ける。
「はぁッ・・・!!くっ!」
「そうだったそうだった。お前銃持ってんだった。いけね」
唯一の救いだったのは、落下したときに突起物を掴めたことで、致命傷となる部分には当たらなかったことだろうか。
とはいえ、重症なことに変わりは無いが。
「そろそろか?」
「?何がだ?」
「あ?いや、こっちの話だ」
「???」
エドがちらちらと周りを見ているところから察するに、何かあるのだろう。
だが、今はそんなことどうでもいい。
「これ以上好きにはさせない」
「あ?死に損ないが何言ってんだ?」
「っしゃあ!入ったあああ!!」
亜緋人は、本日数発目となる海埜也への攻撃が当たったことで拳をあげて喜ぶ。
とはいえ、普通の人間の攻撃とは異なるため、それを受けてしまった海埜也からしてみれば大ダメージだ。
亜緋人から受けた蹴りは海埜也の顔に当たりそうになり、それを腕でかろうじて受け止めた海埜也は、腕を痛める。
痛めただけで済んだのは、そこに手甲を仕込んであったからだ。
その手甲でさえ、亜緋人の攻撃を数回、正確に言えば2度受けただけで罅が入ってしまい、使いものにはならなくなってしまった。
海埜也はそのすでに使えなくなった手甲を外すと、呼吸を整える。
荒くなった息を整えるべく吸って、吐こうとしたそのときー
「・・・!?」
「へへ」
亜緋人がすでに眼前にいて、海埜也の顔面を鷲掴みしていた。
壁や地面に叩きつけられるだけならまだしも、亜緋人は海埜也の動きを封じるべく、海埜也の顔をがしっと掴んだまま、穴があいている天井から空へジャンプしたのだ。
何が起こったのか分からなかった海埜也だが、それよりも次に自分が何をしなければならないのか、そっちを考える。
「多少の攻撃じゃお前に効かねえからな」
適当な高さまで来ると、今度は海埜也と一緒に地面に向かって一直線に落ちていく。
風圧と気圧と、昔少しだけ感じたことのある“恐怖”と・・・。
ものすごい衝撃音がした。
何事かと思い信がそちらに顔を動かすと、そこには地面に倒れている海埜也がいた。
「海埜也あああああああ!!!!」
「ちょっと、あんたの相手は私よ」
身体中の血液が無くなったときみたいに、信は自分の身体が冷えていくのを感じる。
みりあが信の腹に打撃を与えたため、信は苦悶の表情になるも、海埜也に近づいて行こうと走っていく。
それが気に喰わないみりあは、自分の手を大きな刃に替え、敵に背中を向けている信の首を狙う。
「!!!」
みりあは倒れていた。
気配を感じ振り返った信だが、そのときにはすでに倒れたみりあがいた。
先程自分が向かおうとしていた方へ顔を戻した信は、思わず泣きそうになった。
「海埜也・・・!!」
頭から血を流し、かろうじて動いているのであろう身体はようやく地面から起き上がれたらしい。
「信様・・・お逃げ、ください・・・」
ヒューヒュー、と聞こえてくる苦しそうな海埜也の呼吸音に、信は心配して近づこうとするも、亜緋人が立ちはだかる。
「頑丈だな。首の骨折ったと思ったんだけど、ちょっとズレたか?」
「海埜也・・・」
「俺は、大、丈夫・・・です」
「強がらねぇ方がいいぞ。いや、ここまでよく粘ったよ。褒めてやりてぇもん。普通ここまで無理だよ。もう死んでるよ。あの世逝き」
ボロボロの海埜也に対し、余裕そうな亜緋人。
信はそんな亜緋人を無意識に睨みつけていると、後ろから風を感じ、確認する前に身体を反転させてその場から離れる。
「あの野郎・・・!!」
「みりあ、女の子がそういう言葉を使うもんじゃねぇぞ」
「うっさいわね!!!」
鳩尾辺りを押さえているみりあが、鬼の形相でそこに立っていた。
「あんたがちゃんと相手してないからこっちに迷惑かかってんのよ!?わかってんの!?だいたいね!あんたはいっつもいっつも詰めが甘いのよ!!!!」
「分かった分かった」
わざとらしく耳に小指を差し込む亜緋人に対し、みりあは解けてしまった髪の毛を今一度丁寧に結い直す。
「さあて、じゃあ今度こそちゃんと殺すか」
冷たくそう言い放った亜緋人が向けた視線の先には、先程の衝撃で焦点の定まらない目線をなんとかこちらに向けている海埜也。
まともに動けていない、動けないだろう海埜也を見て、信はぐっと唇を噛みしめる。
「あら?」
何かを決意したようにみりあを見ると、みりあは満足気に微笑む。
「死ぬ覚悟が出来たのかしら?」
小指を真っ赤に熟れた唇に持っていく仕草は、傍から見ればとても美しく艶やかで、女性の魅力満載だろう。
その手が、人の血液で真っ赤に染まった刃で無ければ、だが。
もっとも、それが無かったとしても、信はみりあに対し良い印象は持たないだろう。
「ふふ、可愛い。もっと憎みなさい。そしたらもっといたぶりがいがあるわ。そして命乞いをするのよ。みんなそうだった」
「足手まといにはならない」
「あら、それコンプレックなのかしら?弱い男は可愛いわよ。最期に泣きついてくる顔なんて、もう最高!!」
「悪趣味って言われるだろ」
「言われるわ」
「泣きつくくらいなら潔く死ぬ!・・・って言いたいところだけど、そんなこと言ったら海埜也に叱られるから止めておく」
「随分とあの男のこと好きなのね。もしかしてそういうこと?」
「俺はあいつを信頼してるし大好きだ。だから、ここで俺のせいで死なせるわけにはいかない」
「・・・まあいいわ。なら、2人で仲良く死ぬっていうのはどうかしら?」
いきなりみりあが飛びかかってくる。
信は剣でそれを受け止めるが、女性にしては、というよりも女性とは思えないほどの力で押されてしまう。
剣を弾いたその瞬間、みりあはニヤリと笑って信の腹を刃で切り裂く。
身体の切断とまではいかなかったが、信は脇腹を少し、いや、それよりは深く切られてしまい、激痛に思わず跪く。
腸でも出ているんじゃないかと確認してみるが、そこまで切れてはいないらしい。
安堵のため息を吐こうとしたとき、信は何かから避けるべく身をひるがえす。
「惜しい!」
楽しそうにそう言いながら通り抜けていったみりあは、すぐさま着地からバランスを取り、信へ向かってくる。
腹の痛みを確認するかのように腹を押さえる信を見て、みりあは至極楽しそうに歯を見せて笑う。
身体を回転させながら刃を向けてくるみりあに、信は瓦礫を投げて回転の邪魔をしながら向かっていく。
「大人しく死んでおけよ」
「お前がな」
「早く諦めて死ねば楽になれるぞ」
「お前がな」
「お前大丈夫か?」
「お前がな」
「・・・・・・」
鳴海が死神に向かって声をかけるが、死神は聞いているのかいないのか、同じ言葉を繰り返している。
すでに限界が来ているのだろうと、鳴海は腕組をして周りを見渡す。
同じように周りを見ていたエドと目が合うと、エドが相手をしている拓巳へと視線を移す。
「(あっちも片つきそうだな)」
死神も血だらけで意識があること自体不思議なくらいだが、エドの相手をしている拓巳も相当なものだった。
なにせ、身体中穴が開いているのだから。
「あれじゃ放っておいても死ぬだろ」
ぼそっと鳴海の言った言葉が聞こえたのか、死神は拓巳の方を見る。
腕も足もまともに動かないだろう拓巳を見ると、死神は手放しかけていた意識をはっきりと取り戻す。
その感覚に気付いたのか、鳴海は少し驚いたように目を見開いたが、すぐに舌でペロッと唇を舐める。
「反撃する気か?止めとけ止めとけ。その身体じゃ無駄だ」
「無駄かどうかは俺が決める。それに、無駄だったかどうかは、今はわかりっこない」
「無駄だよ。見りゃわかんだろ」
アホか、と言う鳴海に対し、死神はすでに戦闘中に折れてしまった鎌を持ち、わずかに残っているその刃先で向かっていく。
それは拓巳も同じことで、自分の身体のことは自分が一番分かっていたが、それでも動くことを止めなかった。
拓巳が動き出したのを見て、エドも驚く。
「おいおいおいおい、まだ動く気か?マジで死ぬよお前。てかお前ら?」
口からも血が出てくるし、頭はクラクラするし、手足も思う様に動かない。
それでも、動かないということが出来ない。
「・・・は・・・」
「あ?」
拓巳が何か言ったような気もするが、エドの耳にはちゃんと届かなかったらしい。
肩で息をしている拓巳に対し、エドはやれやれと肩をすくめる。
その時だった。
「え?」
拓巳と同時に、死神も思わずそちらに目を奪われていた。
それと、信じたくなかった。
「なに、してんだよ・・・?」
拓巳と死神が目にしたのは、信に襲いかかった李の姿だった。
間一髪のところで信が避けたのだが、狙いの先は信に向けられたままだ。
休むことなく、李は信へ向かっていく。
身体に鞭を、相当な鞭を打ったのか、それともすでに感覚など気にしないほど急いでいたのかはわからないが、先程避けたせいでまだ立ち上がれずにいた信の前には、拓巳と死神がおり、李の攻撃を受け止めていた。
「何がどうなってる?」
「俺が知るわけないだろ」
李は2人から離れると、2人の後ろにいる信の方を冷たい目つきで見下ろす。
ただわかるのは、いつもの李ではないということくらいだ。
「李!おい!何してんだよ!!」
「ダメだ。届いてない」
次々に攻撃をしてくる李に対し、手負いの拓巳と死神2人がかりで精一杯だ。
信はというと、李の攻撃から逃げられたのは良かったが、みりあが今か今かと信を狙っている。
ふと、李と戦っていた和樹は?と思い、李たちがいたであろう方向へ顔を向けると、そこには動かなくなってしまっている和樹がいた。
それはまるで、電池の切れた人形のように。
一方、拓巳と死神が李の方へ向かったことにより手が空いてしまった鳴海とエドは、未だ片がついていない亜緋人のもとへと向かう。
そこで戦っている海埜也が、まだ亜緋人と対等に戦っているのを見て驚きはしたものの、それよりもさっさと終わらせよう、という気持ちになる。
「まだ終わって無いのかよ。お前ともあろう奴が」
「おー、やっぱ強ぇわ、紅頭」
「感心してる場合じゃねえだろ。ほら、予定通り李の方も上手くいったし?早く殺して戻ろうぜ」
「・・・・・・」
亜緋人1人相手でさえもきつかったのに、鳴海とエドという、人間離れした力を持つ男たちをさらに2人相手にするのかと、海埜也は珍しく落胆する。
だが、3人の話を冷静に分析するだけの余裕というか、思考回路はまだ残っているらしく、会話の流れから李が裏切ったとかそういうことではないようだ。
まあ、あの李の目つきを見ればすぐに分かることではあるが。
「ほんじゃまあ、俺達3人を相手にしてどこまで耐えられるか、賭けるか?」
「誰が止めさすかで賭けようぜ」
「今までダメージ与えてたの俺だぜ?ずるくね?」
といった具合に、どうでもいい賭けを始めようとしている亜緋人たちを他所に、海埜也は拓巳と死神のことを確認する。
「(あの2人もそう長くは動けない。だとすれば、ひとまず信様だけでも逃がさないと)」
「余裕そうじゃん」
「・・・!!!」
他のことを考えていたのがバレたのか、いきなりエドが海埜也の首を前から掴む。
呼吸が苦しくなった海埜也を面白そうに見ているエドだったが、海埜也は躊躇なくエドの腕を、肩ごと斬り落とす。
「あ?ああああ?!」
「ははは!エド腕ねえじゃん!!ウケル!」
「うっせ!」
斬り落としたエドの腕からは血が大量に出てきていたが、海埜也はその溢れ出てくる血液に違和感を覚える。
色としては人間のそれを同じはずなのだが、臭いなのか粘性なのか、なんとも言えない違和感だ。
気のせいだと言われてしまえばそこまでになってしまうような、直観と経験の間でウロウロしている感覚だ。
「紅頭、本気で俺達を殺しに来いよ」
亜緋人にそう言われ、海埜也はピクリと眉間にシワを寄せる。
そしてちらっと信の方を見て、すぐに亜緋人たちへと視線を戻す。
腕組をしながら不敵に微笑む亜緋人は、首を小さく傾げながらも、なんとなく、海埜也を見下ろすような顔の角度になる。
「紅頭の名前の由来は、敵を容赦なく殺したことで、頭から血を被ったみてぇになったから、だろ?けど、あいつが生まれて変わっちまったか?」
「・・・・・・」
「凰鼎夷信が生まれ、その護衛を全うしていくうちに生温くなっちまったか?本来、お前らは城のため、主君のためならいくらだって残酷になれるだろ?それとも、本気の戦い方を忘れたか?」
「・・・・・・。何を勘違いしているのか知らないが、俺は元からこんなんだ」
「いやいや、謙遜すんなって。今更お前がどれだけ人殺してきたとか、俺達と似たようなもんだとか、そういうことは言う心算ねえから」
首をぐるりと回した亜緋人の横では、鳴海とエドが暇そうに話を聞いている。
エドに至っては、先程海埜也に切られた腕が徐々に再生を始めており、それを横目に見ていた海埜也は、本日何度目かのため息を吐く。
自分の身体がまだ動くことを確かめるように、左右の手を何度かグーパーグーパーさせる。
「確かに・・・。数え切れないほど人を殺してきた」
忠誠を誓ったあの日から、そんなこと覚悟していた。
例えどれだけの人間を傷つけてでも、守らなければいけないものがあった。
「例え地獄に堕ちようと、俺にはやらねばならないことがある」
「・・・腹は決まったか?」
亜緋人の問いかけに、海埜也は顔をあげる。
目の前にいる亜緋人たちを一瞥するその目つきは、それまでの海埜也のものとは違う。
「「・・・!?」」
鳴海とエドは、その海埜也の顔つきに思わず息を飲むが、すぐさま互いの顔を見合わせながら笑いだす。
2人は亜緋人に話しかけようとしたのだが、亜緋人の顔に全細胞が震え、全神経が凍え、言葉を飲み込む。
「言っておくが、俺ぁフェアにやりてぇなんて思ってねぇぞ。これは喧嘩じゃねえ。お前を殺す心算で行くからな」
「その方が、俺もやりやすい」
じりじりと間合を取っている海埜也と亜緋人たちの奥では、別の戦いがあった。
「李!!」
「止めろ!!」
拓巳と死神2人がかりで李に向かっていくが、もともと強い李であって、更には本気であろう力を使っていることによって、例え2人がかりであろうとも、怪我人2人では攻撃から避けるだけで精一杯だ。
李の強さは誰よりも間近で見てきた2人だが、それ以上の速さ、パワーで押されてしまう。
「(なんとかして李を止めたいけど、俺も死神ももうボロボロだ。いや・・・)」
李を良く見てみると、和樹との対戦中に負ったのであろう傷口が見える。
そこからは、拓巳たちと同じように血も出てきていることからも、李とて万全では無い状態であることが分かる。
いや、それよりも最悪かもしれない。
「理性を失ってる。このまま動き続けてたら、李だって危ないぞ」
「わかってる。だからなんとかして止めようとしてるんだ」
「俺達だけで止められるか?」
「止めるしかないだろ」
ちら、と死神が他2人のことを見てみると、信はみりあ相手に手こずっているし、海埜也に至っては、先程まで自分たちが戦っていたエドと鳴海も合わせて引きうけている。
むしろ海埜也を助けていかなくてはいけないようにも見える。
だが、李とて放っておけば信を狙う。
その後は自分たちも狙われるかもしれないが、信が狙われるとそれだけ海埜也の注意も逸らしてしまうことになる。
李がこんなことになってしまった以上、自分たちの中で一番強いのは海埜也だろうと、悔しいながらに思った。
「死神」
「なんだ」
「俺達、ずっと一緒にいたけどさ」
「ああ」
「こんなに死にかけたのは、ほんの2度目だな」
拓巳の言葉に、死神は同意するかのように笑う。
「取り返そう、李を」
「取り戻そう、希望を」
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