我、故に我である
ジャスティス
我、故に我である
おのおの、その志のままに生きよ。
坂本 龍馬
第二生【我、故に我である】
「おい火鼎」
「なに焔紫」
「お前ふざけんじゃねえぞ、この野郎」
「いきなり何なの?焔紫ってば本当に意味分かんないよね。なんなの?なんで髪の毛伸ばしてるの?なんでピアスつけてるの?なんで焔紫なの?意味不明」
「てめぇ!!俺の個性を馬鹿にしてんのか!?俺という人間を否定するなんぞ、10年早ぇんだよ!!!」
「焔紫の個性なんてクソだよ。まじで。ただ目立ちたいだけじゃん。他のところで目立てないからって、見た目だけで自分を表現しようなんて悲しいね。それに10年なんてあっという間に過ぎるからね。やっぱり馬鹿でしょ」
「まじで殴るぞ!!!まじで殴ったらお前なんか俺の足元にも及ばねえからな!!けちょんけちょんにしてやるからな!!」
「ああ、もう五月蠅いな。てか、寝起きから人に喧嘩売るってどういう趣味?昨日枕投げして負けたからって、朝っぱらから思い出して再戦申し込まないでよ」
昨日、寝ようと思ってもなかなか寝付けなかったようで、焔紫は火鼎の部屋にいて強引に枕投げ大会を始めた。
枕が沢山あれば焔紫が体力勝負で勝ったのかもしれないが、一発投げてしまえば、もう焔紫のもとには投げる枕がなく、寝ようとしていた火鼎は持っている限りの力を込めて、枕を焔紫に投げ着けた。
すると、その枕は勢いよく焔紫の顔面にぶつかり、焔紫はその勢いのまま後ろに倒れてしまい、頭を打って就寝。
翌日目を覚ました焔紫は、枕投げを一撃で終わらされたことを思い出して激怒。
寝ている火鼎を起こし、今に至る。
「耳元で騒がないでよ。信じらんない。どうしてこう五月蠅いわけ?」
「だははははは!お前が起きるまで何度だって何時間だって叫んでやるからな!!」
「声が出ないように、俺が力一杯声帯を握りつぶしてあげてもいいよ」
「そうだ!兄貴も混ぜて枕投げ再開だ!」
「人の話聞いてる?兄貴なら今日は出かけるって言ってなかったっけ?すぐに戻ると思うけど」
「出かける?何処に?」
「もー、本当に五月蠅い。親父の代わりにどっかの国と話し合いにでも行ったんじゃないの?夜中に出かけたみたいだから、昼ごろには帰ってくるよ」
「そんなに早く出かけたのか。さては、相手の国の娘の部屋にお忍びか?ふん。兄貴も男だったってことか」
何やら1人でうんうんと頷きながらニヤニヤしている焔紫の背中を、器用にもベッドの中から蹴飛ばした火鼎。
そのまままた布団に包まっていると、焔紫によって布団を剥がされてしまい、一気に寒さが身体に伝わる。
「起きろって!もう朝飯の時間だぞ!」
「・・・焔紫とは一回決着を着けないとと思ってたんだよね」
「奇遇だな、俺もだよ」
焔死がそう言うと、火鼎はベッドの上に立ちあがり、見下ろすようにして焔紫を見る。
火鼎は足元にある枕を足でひょいっと持ち上げてそれを手に取ると、焔紫に向かって投げ着ける。
自分に向かってくる枕を、焔紫は持っている火鼎がかけていた布団で制止する。
しかし布団と枕が視界から消える頃には、すでに目の間に火鼎が飛びかかってきており、焔紫は間一髪のところで避けた。
ジャンプした勢いのまま、火鼎は両足を曲げきって着地すると焔紫を見る。
「おーおー、良い目つきだな」
「五月蠅いよ」
そして、どうでもよい兄弟喧嘩が始まり、それは袮颶嶺が戻ってくるまで続いていたとかいないとか。
「・・・・・・」
目を覚ますと、見慣れない天井があった。
ふう、と息をゆっくり吐いたあと、ここがどこだかを思い出した。
祥哉は腕を曲げて目元を覆う様にすると、しばらくそのままでいた。
時計もないこの部屋では、今が何時なのか、朝なのか、それともまだ夜なのか、それさえ分からない。
ただ、耳に聞こえてくる微かな物音は、包丁で何かを切っている音だろうか。
まだ重たい身体をなんとか起こすと、借りて着ていた甚平を脱ぎ、自分の服に着替える。
剣と銃を持って部屋を出て、丗都と琴桐がいるだろう部屋に向かう。
「お、起きたか。おはよう」
「おはようございます」
そこでは、丗都が朝食の準備をしており、琴桐は今日の新聞を読んでいた。
ご飯に味噌汁にたくあんに焼き魚、それからデザートなのか、芋ようかんが用意されていた。
「座って食べな」
丗都に言われ、祥哉は座布団に座ろうとしたそのとき、琴桐が新聞を読んだままの状態でこう言った。
「小僧、下ろせ」
「へ?」
急に何を言われたのかと、祥哉は座ろうとしている中途半端な格好のまま、琴桐の方に顔を向けた。
しかし琴桐は祥哉の方を見てはおらず、祥哉が口を半開きのままでいると、新聞のページを捲りながらまた口を開く。
「剣と銃だ。飯のときにんなもんつけたまま喰うな」
「あ、はい・・・」
昨日も思ったが、やはり冰熬とは違う。
いや、冰熬とて、食事の時は武器を持つなと言うだろうが、言い方というか、言葉の迫力というのか。
とにかく、冰熬の前では何でも言える祥哉であっても、琴桐には何も言えぬまま、大人しく剣と銃を下ろして隅に置くのだ。
「それを言うなら琴桐もだね。ご飯だって言ってるのに、煙草なんて吸うもんじゃないと俺は思うよ」
丗都が言ったように、琴桐は煙草を吸っていた。
しかし琴桐はそれに対しては何も答えず、ちゃぶ台の上ではなく、自分の足下に置いてある灰皿に短くなった煙草を押し当てた。
3人で黙々と食事をしたあと、丗都は後片付けをして、琴桐はまた新聞に目を通す。
こうしてこの2人を見ていると、どういうわけか、自分と冰熬にも似ていると思った祥哉だが、そんな話をして良いものかも分からない空気に、ただ正座で座っていた。
そういえば、表には本屋とあった気がするが、どうやら気紛れでしか店を開かないようで、琴桐にしても丗都にしても、店を開けようとする気配はなかった。
「・・・・・・」
じっとそこで座っていると、先に口を開いたのは琴桐だった。
「小僧」
その呼ばれ方には多少ムッとするところもある祥哉だが、琴桐の方を見る。
「用が済んだなら帰りな」
「・・・済んでない」
「・・・・・・」
事情は説明したはずなのに、琴桐は用がすんだらなどと言ったため、祥哉はついついいつもの癖で反論してしまった。
新聞に目を向けていた琴桐の視線が祥哉の方に向かってくると、さすがに祥哉も生唾を飲み込む。
しかし、これ以上引き下がることも出来ないし、引き下がろうなどとも思っていなかったのも確かだ。
琴桐は新聞を軽く折ってちゃぶ台の上に置くと、口に咥えていた煙草を灰皿に置く。
「昨日言ったはずだ、小僧。甘ったれるなってな」
「・・・俺はあんたのことを知らない。あんたがどう言う人で、冰熬とどういう繋がりなのか。知らないし、別に知ろうとも思わない」
「ならさっさと帰りな。俺には出来ることは何もねぇよ」
そう、冷たく祥哉を突き放すようなことを言う琴桐に、祥哉はピクリと眉を動かす。
「俺があいつの言うとおり、国のことなんかに首突っ込まないでいられれば、こんなことにはならなかったんだ。いや、きっと、首を突っ込んだとしても、どうにかなると思ってたんだ」
色んな国を回ってきて、それは分かっていた。
今までだって、見てみぬふりをしてきたことが沢山あった。
道端で子供が泣いていようと、老人が食べ物をくれと手を伸ばしてきても、全盲の少年が崖から落ちそうになっていても、全てのことから目を逸らし、気付かないふりをして生きてきた。
それはきっと、祥吏という弟のことしか考えていなかったからだ。
正直言えばきっと、他のことを気にしている余裕がなかったんだろう。
今回みたいに、たかが一つの国で、たかが1人の人間がどうにかされていたからと言って、助けるような真似はしてこなかった祥哉だが、祥吏の死を受け入れて、冰熬という人間に出会って、余裕というか、心が落ち着いてきたから見えた世界の中で起こった出来事なのだ。
「冰熬は、あいつは、世界なんざ興味ねぇんだよ」
「?」
途中までしか吸っていなかった煙草を、再び口に咥えながら、琴桐は話した。
「色んな国や世界を見て、小増は何を学んだ?」
「何って・・・」
「冰熬は、人間っていう生き物に嫌気がさしたんだ。行くとこ行くとこ戦争戦争で、本来なら人間が持つべきではない大地、空、海、そういったもんにまで境界線を引いて、自分のものにすようとする欲深い人間ってものにな」
自然が生み出したもの、動物が作りだしたもの、それらを全て人間の手が届くものにしようと、人間は愚かな行為を繰り返す。
その結果、争いが起こり、武力や金こそが力とみなされ、平穏や平和よりも求められるようになってしまった。
「まあ、いくつかの小さな国じゃあ、戦争を拒むようなとこもあったようだが、そういう国は武力を持つ国によって制圧される。くだらねぇ人間がそんな国を背負って、また同じような歴史を繰り返す」
「・・・・・・」
重たい話をしている中、丗都がお茶を用意してきて、2人の前に差し出した。
琴桐は煙草を灰皿に押し付けてから、お茶を掴んで少しだけ飲む。
「冰熬も人間だ。遅かれ早かれいつかは死ぬんだ。そのくらいで死ぬような奴なら、そこまでの奴ってことだ」
「・・・!!!」
急に話しが冰熬のことに戻ったかと思うと、琴桐が平然と言ったその言葉に、祥哉は思わず立ち上がる。
拳を強く握りしめワナワナと震えながら琴桐を見ながら、叫びそうになった衝動を押さえてなんとか静かに話しだす。
「ああ、いつかは死ぬだろうな。あいつも、俺も、あんたも。けど、今死なれちゃ困るだ」
「なんだ、冰熬に思い入れでもあるのか」
「そういうんじゃねえよ!!!!」
祥哉の悪い癖だが、つい、カッとなってしまった。
だからガキなんだと、以前にも冰熬に言われたことがある。
「あいつは俺が殺すんだ!!俺がこの手で・・・!!だから、それまでは、その日まではあいつに死なれちゃ困るんだよ!!」
祥吏が冰熬のもとに行って、どういうことを言われたのか、どういうことを学んだのか、それは知らない。
初めの頃は、祥吏は世間知らずなところがあるから、良いように丸めこまれたのではないかと思ったこともあった。
しかし、冰熬という人間は、自分が今まで出会ってきた大人とは違っていた。
綺麗事とか、世間体とか、うわべだけの言葉など一切言ってこないばかりか、時には子供のような我儘を言ってきたり、時には手を伸ばしても届かないような大人の言葉を並べたり。
いざという時、どうせ自分のことしか守らない汚い大人たちとは違っていた。
悔しいが、器という観点で論じるならば、出会った大人たちとは比べ物にならないほど、大きなものを持っている。
本人の前では絶対に言いたくはないが、この男の背中ならば、追いかけても良いのではないかと思えた。
「俺は死んでも良いと思って生きてきた。弟が死んで、どうせ誰も俺のことなんて覚えてないだろうって思って、生きてても死んでも意味なんてないなら、あいつを殺して、すぐに死のうと思ってた」
冰熬に出会って、殺そうと無意識に伸ばした腕は、冰熬の首を絞めていた。
しかしその時も確か、空腹で倒れてしまったのだった。
起きたら看病されていて、驚いた。
まさか自分を殺そうとした見知らぬ男を助けるなんて、馬鹿なのかと。
「正直言うと、あいつを殺すなんて、今となっちゃ馬鹿馬鹿しいと思ってる。俺が逆立ちしてもあいつには勝てないだろうし、殺すなんて無理な話だ。幾ら過去の栄光だとか言っても、あいつはただ本気を見せないだけで、本当はどのくらい強いのかさえ、俺には分からない」
「・・・・・・」
祥哉の話を聞いていた琴桐は、ふう、とお茶を飲んで息を吐くと、額を指先でかいた。
「小僧、そう思ってるなら、帰りな」
「琴桐・・・」
「俺に出来ることは無いと言ったはずだ。それとも、俺を連れて行かないと、冰熬に顔向けできないと思ってるのか」
「そういうんじゃない」
「なら帰れ。ここにいても小増は・・・」
「・・・!!」
琴桐の言葉に唇を噛みしめていた祥哉を、少し心配そうに見ていた丗都だったが、ゆっくりと祥哉が動いたかと思うと、その行動に思わず目を見張る。
それは琴桐も同じのようで、驚いたというよりも、何をしているんだ、という顔をしていた。
ゆっくりと両膝を曲げた祥哉は、そのままゆっくりと両手を床につけ、そして頭を膝と同じ位置まで下げた。
いわゆる、土下座をしたのだ。
「小僧、何の心算だ」
「顔向け出来ないとか、そういう大人の事情みたいのじゃない。ただ、あいつを助けるために、俺に力を貸してほしい!!」
「男がそう簡単に土下座なんてするもんじゃねぇぞ」
「俺だって・・・!!俺だって、しなくて済むならしたくない!!けど!!けど俺だって、頭下げなくちゃいけない時くらい、分かってる心算だ・・・!!」
「・・・・・・」
祥哉の土下座に、丗都はちらっと琴桐の方を見てみるが、眉間にシワを寄せていて、後はいつもとあまり変わらなかった。
どうなるのかと思っていると、琴桐はため息を吐き、煙草を一本取り出すと、口に咥えて火をつけた。
一本、また一本と吸ってから、琴桐は先程までの刺々しい口調とは違う、諭すような口調でこう言った。
「帰りな、小僧」
「・・・・・・」
この言葉に、祥哉はそれ以上何も言う事もなく、ただ部屋の隅に置いてある剣を背負って銃を腰に構える。
そして琴桐に向かって深くお辞儀をすると、そのまま出て行った。
「・・・琴桐、あんな言い方して。若い芽は摘むなっていう性分じゃなかったっけ?」
祥哉が出て行ってからすぐ、丗都が琴桐に話しかけると、琴桐は読みかけだった新聞を開く。
「それより、琴桐が冰熬と知り合いだったなんてね。初めて知った。そんな話したことないよね?なんで黙ってたわけ?俺が口軽いとでも思ってる?」
「お前に話すことはない」
「酷いねー。俺はこれでも琴桐と結構長く付き合ってきた唯一の存在じゃない?そろそろ俺を信用してくれても良いと思うけどね。それにしても、冰熬って面倒見が良い人なの?なんか琴桐と違うね」
琴桐と丗都がどれほど長く一緒にいるのかは不明であって、どうして丗都がここにいるのかも不明である。
それはそれとして、琴桐は冰熬とどこで出会ってどういう関係なのか、それは一切聞いたことがなかった。
丗都とて、冰熬のことは知っている。
1人で国1つくらい簡単に潰せるほどの力を持っていると言われている男で、小さい頃から聞かされていたからか、憧れの存在でもあった。
時には、そんな男はいないと言われたこともあったほど、冰熬という存在は不確かなものであったのだが、こうして直に名前を聞くと、会ってみたいものだ。
祥哉の口から“冰熬”という名が出てきたとき、琴桐の表情が変わったのは分かった。
祥哉からしてみれば、きっと冰熬のことを知っているんだろう、くらいに思ったかもしれないが、琴桐とそれなりに長くいる丗都からしてみると、因縁があるような顔つきだと感じ取った。
琴桐がそのような人生を送ってきて、そしてなぜ今、こんな古びた本屋の店主をしているのか、丗都には理解出来ない。
実力はあるのだろうが、実際に戦っている姿は勿論、喧嘩を売られても目つき1つで蹴散らしてしまうため、手を出しているところを見たことがない。
というよりも、琴桐はあまり外には出かけないし、出かけるとしても夜中が多いためか、昼間は丗都が対応しているのだ。
何度も琴桐に尋ねたことがある。
どうしてそんなに強いのかと。
たった一度だけ、琴桐が戦う、というか、まあ、そういう状況になったことがあったわけで、そのとき、琴桐は決して自分から行ったわけではないのだが、攻撃を受け流しただけで相手は倒れてしまったのだ。
丗都は目をぱちくりとさせ、その質問をしたのだが、琴桐は至極迷惑そうな顔をしていたのを今でも覚えている。
しつこく聞いても答えてはくれず、しまいには琴桐に「黙れ」と言われてしまった。
しかし、琴桐が強いと知っているのは、きっと丗都と冰熬、そしてその時倒された男たちくらいだそうか。
「琴桐と冰熬って、どっちが年上?」
「知るか」
「冰熬って見たことないけど、琴桐が分からないって言うなら、同じくらいの歳ってことか。じゃあ、冰熬もそれなりにおじさんってこと?」
その問いかけに対し、琴桐は丗都をギロッと睨みつけた。
おじさんと言われて気にする性格でもないだろうにと、丗都はへへ、と小さく笑って誤魔化した。
「で?」
「なにがだ」
「このままなわけないよね?何年琴桐と一緒にいると思ってんの?俺だって、琴桐が何考えてるかくらい少しは分かるよ」
「・・・・・・」
琴桐は新聞を折り畳み、口に咥えていた煙草を灰皿に押しつけた。
そして立ちあがると、丗都にこう言った。
「上着出せ」
「はぁ・・・。帰ってあいつが死んでたらどうしよう」
帰り道、祥哉は自嘲気味に笑いながら独りごとを話していた。
「まあ、そんときは腹括って、俺が全部骨を拾ってやるか。あれ?けど骨拾うのは火葬が必要か。そうなると土葬?土葬にしたらしたで、あいつ蘇りそうだけど」
ハハハ、と笑って歩いていると、向こう側から1人の男が歩いてきた。
白衣姿で口には煙草、ボサボサの短い黒髪、手には黒い重たそうな鞄を持っていた。
その男とすれ違うと、男から消毒液のようなツンとする臭いが漂った。
祥哉は思わず立ち止り、たった今すれ違った男の方を振り返るが、男はそのまま歩き続けていた。
首を傾げて、祥哉も足を進めた。
「お」
顔立ちの整った、それでいてスタイルも良い女性達を両脇に抱え、焔紫は歩いていると、目の前から見覚えのある男が歩いてきたため、ニヤリと笑った。
男に近づいて行くと、焔紫は女性達から腕を放した。
「負け犬じゃねえか。のこのこと良く帰って来られたもんだな。恥ずかしくねぇのか」
ククク、と喉を鳴らしながら笑いそう言う焔紫に対し、男は相手にしようとせず、焔紫の横を通り過ぎようとした。
しかしそれを焔紫が許すはずがなく、男の腕を掴むと、男は腕を払って焔紫を見る。
「なんだぁ?少し見ねぇ間に、前より生意気になったんじゃねえのか?祥哉?」
「今相手にしてる暇はない」
「そう言うなよ。折角剣も銃も持ってるなら、それで俺に勝てるかもしれねぇぜ?」
「・・・使う心算はない」
長旅で疲れていた祥哉からしてみれば、焔紫の相手をする元気はなかった。
しかし、そんな理由を焔紫が知るわけもなく、知っていても素通りは出来ないだろうが、祥哉は運悪く捕まってしまった。
「お前、顔が死にたいって言ってるぜ?俺が今ここで殺してやろうか」
「・・・・・・」
祥哉自身も、分かっていた。
きっと今自分は、死人のような顔をしているだろうと。
「長生きする心算はないけど、ここでやられる心算もないよ」
「面白ぇ。ならやっぱ決着つけるか?」
「それは断る」
「分からねえ奴だな。お前はどうしたいんだ?今ここで俺がお前を殺せば、お前はこれから起こるであろう辛さも苦しみも、負の感情を受けずに済むんだぞ?」
祥哉の答えも聞かず、焔紫は続ける。
「どうせお前の人生なんてクソ退屈なもんだろ?それに、この国じゃぁ俺達に逆らう奴らはどうせ長くは生きられねえ。俺の言うことに対して首を縦に振る奴らしか、いらねぇんだよ」
焔紫の言葉に、祥哉は何か言おうと口を開いたそのとき、焔紫を探しにきたのか、焔紫の名前を呼びながら2人の男が現れた。
「袮颶嶺に火鼎。なんだよ、いいとこなんだよ」
2人の男は、焔紫と少し話した後、祥哉の方を向いてきた。
それに気付いた焔紫は、親指を指してこう言った。
「こいつが祥哉だよ。冰熬んとこの」
「ああ、君か。俺は袮颶嶺。焔紫の兄だ。よろしくね」
「で、こいつが弟の火鼎。超生意気なんだよ。いっつも俺のこと馬鹿にしやがるんだ」
なぜだか紹介をされたが、祥哉は特にお辞儀をすることもなく、ただその2人を見ていると、火鼎と目が合った。
すると祥哉に睨まれていると感じたようで、火鼎がいきなり祥哉に歩み寄ってきた。
そんな火鼎の腕を袮颶嶺が引いて止めると、それを見ていた焔紫が楽しそうに言う。
「面白そうじゃん。放っておきゃいいのに」
「まったく。すぐに手を出すのはお前達の悪い癖だ」
「そういう袮颶嶺だって、いつでも喧嘩出来る準備してるくせにね。そうそう、こいつにイエスマンしかいらないって話をしてたところなんだ」
袮颶嶺にしても火鼎にしても、焔紫とは確かに血の繋がった兄弟の性格を持っているようだ。
両手を合わせて、焔紫はゴリゴリと手首の柔軟体操をしている。
これから祥哉とやり合う心算満載のようだが、祥哉はふう、と気付かれないように小さくため息を吐いた。
「イエスマンだけじゃ、世の中は成り立たない。国も政治も、何も変わらない。変わらないってことは、進歩もない。進歩が無ければ、未来がない」
「ああ?」
「聞こえなかったのか?ワンマンで、自分のしてることが全部正しいと思って、全部をその通りに持っていこうとすると、誰も着いて来ないってことだ」
「なんだぁ?独裁とでも言いたいのか?」
「色んな人がそこにいるなら、その数だけ価値観もあって、考えもあって、言いたいこともある。良いように使われるだけなら、いっそのこと、しがらみも何もない場所に行きたいと思うのが人間だろ」
決して落ち着いているわけではない。
疲労と眠気と共に、冰熬と出会う前の、人間が嫌いで嫌いで仕方無かったころの自分に戻っているようだ。
そうは言っても、気付かないうちに、祥哉の中には焔紫の言葉によるストレスは溜まってしまっている。
だからなのか、この時までは静かに話しをしていた祥哉が、次に焔紫が口を開いたときには、いつもの口調に戻っていた。
「使われる方が悪いんだよ。人間なんて2種類だろ?使う人間と使われる・・・」
「ごちゃごちゃうるせぇんだよ、さっきから!!!」
「は!?」
語っていたのはお前だろ、と焔紫も言い返そうとしたのだが、その前に祥哉が勢いよく叫んだ。
「大体なぁ!!!俺に構う暇があるなら、もっと国のために出来ることがあるんじゃねえのかよ!!女連れて歩いて、羨ましいなんてこれっぽっちも思わねえから!!それに、さっきからくだらねぇこと話してっけど、俺暇じゃねぇから!!!」
「なんだよ!死にかけてた癖してよ!!」
「仕方ねぇだろ!!精神的に落ち込む時だってあるだろうよ!!何もかもが嫌になって、わけもわからず泣きたくなる時もあるだろうよ!!お前には分からねえだろうけど!!」
「それ鬱じゃねぇ?大丈夫か?」
「うるせぇよ!!余計なお世話だ!」
祥哉の言葉に、心配する様子を見せた焔紫に対しても、祥哉は牙を向く。
手入れをしているわけでもないのに、綺麗に整っている髪の毛をガシガシと両手で荒く乱れさせると、祥哉は焔紫たちに背を向けて歩こうとする。
それを焔紫が止めると、祥哉は面倒臭そうに振り返る。
その瞬間、いきなり焔紫が拳を振り投げてきて、祥哉はなんとかそれを避ける。
「まったく。焔紫はいつもそうだ。後始末をしなきゃならない俺達の身にもなってほしいよ。ねえ兄貴?」
喧嘩っ早い焔紫は、後先考えずにまず手を出す。
それは相手が泣いても叫んでも喚いても、意識が無くなってもなお殴り続け、袮颶嶺や火鼎によって止められる。
だからといって、袮颶嶺や火鼎は穏やかな性格というわけでも、優しい性格というわけでもない。
焔紫が暴れん坊なのは自国に知られているのは良いとして、他国に知られると面倒なことになるのだ。
それを阻止すべく袮颶嶺は動くのだが、火鼎は違う理由のようだ。
焔紫が勝手に暴れて、勝手に不名誉になるのはどうでも良いのだが、自国の地位が下がることによって、自分の将来の立ち位置が不安定になることを嫌っているのだ
つまりは、自分達のために、焔紫の暴走を止めている、ということだ。
「あーあ。焔紫楽しそう」
「・・・あの祥哉って奴、武器使わないのか?持ってるだけか?」
「さあ?」
剣と銃を持っているのに、一向に使おうとしない祥哉を見て、袮颶嶺が顎に手を当てながらそう言うと、火鼎は欠伸をしながら首を傾げた。
祥哉と焔紫の喧嘩を眺めながら、こんな会話を続ける。
「それなりには強そうだね、あいつ。焔紫の攻撃を見切ってるし、逆に焔紫に一発入れたし」
「仲良さそうに見えるな」
「兄貴、それ本人たちに言ってやりなよ。多分2人してキレると思うけど」
「火鼎、いざとなったら・・・」
「わかってるよ。焔紫の馬鹿の攻撃で無理なら、一発で仕留めるしかないでしょ」
そんな2人の会話など聞こえていない祥哉と焔紫は、互いに一歩も譲らず。
祥哉は、以前焔紫から受けたダメージなどすでに無いのか、身軽な動きで焔紫の攻撃を避けていた。
祥哉が蹴りを入れれば、焔紫も入れる。
焔紫が殴れば、祥哉も殴る。
「ははっ!!!お前、本当に武器使わねえ心算かよ!?」
背中に背負っている剣も、腰にぶら下げている銃も、こうして激しく動いていると邪魔なものだ。
ガチャガチャと音はなるし、バランスも取りにくい。
普段は何も身につけていない祥哉からしてみると、武器を持って戦っている人たちはすごいな、と感心していた。
「考え事か?」
「!!!」
一瞬気を抜いてしまった祥哉を見逃さず、焔紫は祥哉の右ストレートを決めた。
踏みとどまった祥哉だが、口の中を切ってしまったようで、あっという間に広まった鉄の味に、顔を顰める。
「俺とやり合ってる時に考え事なんざしねぇ方が身のためだぜ?その一瞬が命取りになるからな」
ニヤリを笑みを浮かべながらそう言う焔紫に、祥哉は口の中の血をある程度溜めてから、ペッと吐き出した。
「命は取られてない」
「すぐにそうなるってこったよ」
祥哉と焔紫の喧嘩の周りには、ぞろぞろと人が集まってきていた。
すると、次第に雲行きが怪しくなってくる。
「・・・火鼎、準備しておけ」
「はいさ」
以前祥哉が助けた老婆も、後ろの方から見ていたが、すぐに去って行ってしまった。
ぽつぽつと雨が降り始めると、雨宿りをしながら、頭にタオルを置きながら、色んな手法で雨を凌ぎながら、傍観者たちは見ていた。
雨もいよいよ本降りになると、祥哉も焔紫も足元を取られる。
しかし、何も持っていない焔紫の方が、重たい剣と銃を背負っている祥哉よりも、滑ってもすぐに体勢を直せた。
「お前、本当に良いサンドバッグになるよ!!」
「はぁ、はぁ・・・」
2人とも息を荒げながら見合っていると、焔紫の前に火鼎が立ちはだかった。
何事かと祥哉は眉を潜ませていると、火鼎が出てきたことに対して先に怒りを露わにしたのは焔紫だった。
「おい、火鼎!!てめぇ、なんの真似だ!そこどけよ!!」
「焔紫、もうタイムアップだってさ」
「ああ!?」
火鼎に今にも殴りかかりそうになった焔紫の腕を袮颶嶺は掴んだ。
袮颶嶺は睨みつけているわけでもないのだが、その目つきには焔紫もそれ以上何も出来ず、舌打ちをして掴まれていた腕を払った。
焔紫が諦めたことが分かると、袮颶嶺はニコリと微笑む。
髪の先から滴が滴るのを邪魔そうにつまみながら、袮颶嶺はこう言った。
「あんな奴相手に、俺達が出る幕は本来無いだろうけどな」
それは、あっという間の出来事だった。
祥哉の前に火鼎が立っていて、焔紫のように拳を作ったから、祥哉は身構えて避けようとしていた。
避けられなかったとしても、腕で防御して防ごうとしていたはずだった。
いや、実際に防げたはずだった。
それなのに、祥哉の身体は宙を舞い、どこかの家の壁か、それとも店の壁か、とにかく背中に強い衝撃を受けるほどの痛みを感じた。
激突した祥哉はそのままうつ伏せで倒れ込み、雨が降る中、意識を失った。
「火鼎の馬鹿力で解決ってか」
「仕方ないでしょ。焔紫じゃ時間かかるんだから。俺が一発確実に入れた方が早く終わるし」
「焔紫、火鼎、帰るぞ」
「兄貴、あいつこのまま?殺さないの?」
「焔紫、人前でそういう物騒なことを言うもんじゃないぞ。もしも他国や役人に聞かれてたら大変なことになる」
「へいへい、分かったよ。ったく、兄貴が一番腹黒いんだよな」
「焔紫、何か言ったか?」
「なにもー?」
袮颶嶺と火鼎、そして焔紫は祥哉に背を向けて去って行く。
焔紫が連れてきていた女性たちも、雨が降ってきた時にどこかへと消えてしまったようで、焔紫はそのことも文句を言っていた。
一方、意識を失ったまま、雨に打たれている祥哉のことを助けようとする者は誰もいなかった。
薇麗咫家の3人がその場からいなくなってしまうと、それぞれ家へと帰って行き、祥哉のことを心配そうに見る者も数人はいたのだが、結局は自分を守る為に何もしない。
冷たくなっていく自分の身体をどうすることも出来ず、祥哉はただ目を瞑っていた。
「結局火鼎が良いとこ持って行ったよな」
「また文句?焔紫は本当に文句が多いよね。まじ面倒臭い奴」
「俺の獲物だったんだぞ!!それなのに、後から来たくせに!!」
「焔紫、風邪引かないようにちゃんと肩まで浸かれ」
城に帰った3人は、風呂に入っていた。
いつもは別々に入るのだが、今は3人とも濡れているし、それほど狭い、というか広い風呂なのだからと、こうして男3人で湯に浸かっていた。
城に風呂が1つしかないのかと思った貴方、はい、1つしかありません。
なぜなら、今は亡き3人の母親が、風呂は1つで充分だ、みんなで入れば楽しいだろうと言ったためだ。
「おいこら火鼎!!風呂場で走るんじゃねえよ!!!」
「わー、羊みたい。俺羊飼いね。ほらほら、こっちだよー」
「落ち着いて入れないのか、お前等」
頭を洗っていた焔紫の周りで、同じく頭を洗っていた火鼎は先に洗い流すと、そのままはぜか走りだした。
頭がシャンプーでもこもこした状態の焔紫がそれを注意すると、その焔紫の姿に火鼎が変なことを口にしていた。
そんな2人を尻目に、袮颶嶺は1人でのんびりとしていた。
火鼎を追いかけていた焔紫が滑ってしまい、笑ってくれればまだいいのだが、滑った焔紫をただ少し離れたところから見ている火鼎。
「なんとか言えよ」
「こけたね」
「こけたね、じゃねえだろ!!誰のせいで滑って転んだと思ってんだよ!!」
「自分のせいでしょ?俺はこの通り、若くて運動神経良いから滑ってないし」
「ムカつくーーー!!!まじムカつく!待ってろ!今頭流したらブン殴ってやるから!!」
怒りながらも、焔紫はまだ洗い流していなかった髪の毛をシャワーで雑に流していると、後ろから誰かに蹴飛ばされ、そのまま顔面から鏡にぶつかってしまった。
誰に蹴られたかなんて、後ろを振り返らなくても分かる。
「火鼎、てめぇ!!!」
「わーん、怖いよー、焔紫が俺を目掛けてくるー」
あまり感情のない声の火鼎は、急いで湯船に浸かって袮颶嶺の横に向かった。
タオルを湿らせ、それをブンブン振りまわしながらやってきた焔紫に、袮颶嶺は瞑っていた目を開ける。
「焔紫、疲れてるんだから休ませてくれ」
「なんで兄貴が疲れてるんだよ。一番動いてたの俺だろ」
「精神的に疲れてんだ。火鼎も、焔紫を怒らせるのは楽しいのかもしれないが、その辺にしておけ」
「はーい」
そう言ってまた目を瞑ってしまった袮颶嶺の横で、火鼎は焔紫に向かってあっかんべーと舌を出していた。
それを見てまた焔紫はイラッとしたのだが、ここで袮颶嶺を怒らせては後が大変だと、大人しく肩まで湯に浸かる。
「・・・・・・」
目を覚ますと、古びた天井が見えた。
「・・・くしゅん」
雨に濡れたからだろうか、少し寒気もするし、頭がガンガンしていた。
布団で横になっているところから察するに、きっと背中に背負っていた剣も、腰に下げていた銃も、下ろされたのだろう。
違和感が1つあるとすれば、腕が思う様に動かないことくらいだろうか。
パチパチと聞こえる小さな音は、きっと懐かしい囲炉裏の音だろうか。
「・・・まだ生きてるのか」
ぽつりと、それほど大きな声で呟いた心算はなかったのだが、同じ空間にいた男には聞こえたようだ。
「安心しな。死ぬ寸前までは行っただろうよ」
「・・・あんたも生きてたのか」
「それだけ生意気な口がきけりゃあ、問題なさそうだな」
上半身を起こし、声の主の方へと顔を向けると、そこには、身体は包帯でぐるぐるに巻かれ、肩に上着を羽織っている冰熬がいた。
「腕が動かない」
「だろうな。折れてる」
「一発受けただけなのにか」
「その一発がどんなもんか俺はみてねぇからわからねぇが、相当な馬鹿力の持ち主だな。だがその分、体力はもたねぇだろうな」
「・・・・・・」
痺れる感覚がある腕を摩りながら、冰熬の向かいの場所に腰を下ろす。
しばらく何も話さずにいた2人だが、冰熬をちらっと見たあと、口を開いた。
「琴桐って人のところ行ってきた」
「そうか。甘ったれるなって言われただろ」
「なんで知って・・・」
どうだったとか、なんて言われたとか、そういうことを言われると思っていた祥哉は、当然のように答えた冰熬に驚いた。
冰熬は小さく肩を揺らしながら笑い、こう続ける。
「変わらねえなぁ」
「・・・どんな知り合い?丗都っていう奴もいたけど、知ってるのか?」
「丗都か。名前は聞いたことあるが、琴桐んとこにいたのか?」
「うん」
「そうか。それは知らなかったな。琴桐に何て呼ばれた」
「小僧って・・・」
その時のことを思い出したのか、祥哉は少しムスッとしながら言うと、冰熬はそれを聞いてさらに声を押し殺して笑っていた。
しかし、それでも肩が小刻みに震えているため、笑っているのは明らかだった。
「笑うな」
「ああ、悪い。それよりお前、有名人になってるぞ」
「有名人・・・?」
「ほら」
なんだろうと思いながらも、冰熬が見せてきたそれを見る。
紙切れに書かれた自分の名と、そこに貼られた一枚の写真はもちろん自分の顔で。
そして大きく載っているのは、”WANTED”の文字。
「・・・え?どういうこと?」
「お前、あの薇麗咫家のガキどもとやり合っただろ?それでだ。昨日の今日でもう国中に貼りだされてるぞ。良かったな」
他人事のように、いや、実際に他人事なのだが、冰熬はその紙を祥哉に手渡して、お茶を飲んだ。
どういう心算だろうとよくよくそれを読んでみると、こんなことが書かれていた。
「国の広場にて決闘。逃げるも負けるもお前次第・・・?」
「形は手配書になってるが、要するに果たし状ってこった」
「果たし状・・・」
きっと焔紫が言いだしたに違いない。
国の広場とやらは、きっとあの場所だ。
そこから城を見ることも出来るし、城からはその広場が一望できる。
それになにより、逃げるも負けるも、などと書かれてしまったら、祥哉はきっと来るだろうと分かっているからだ。
見世物のように殺されてしまうことだって有り得るこの状況でも、祥哉は逃げるという選択肢は見つからなかった。
国のやり方だろうと、間違っていると思ったことを見過ごすわけにはいかないし、自分にも祥吏にも、嘘を吐いて、偽って、生きて行きたくはないのだから。
「俺は行く。止めたって無駄だ」
「止めやしねぇよ。止めたってどうせお前は聞かねえだろう」
「・・・あんたはここが見つかる前に、何処にでも行って。俺はここが墓場になっても良いから、あいつらをぶっ飛ばす」
ズズ、とお茶をすする音が聞こえてきたかと思うと、続いて、冰熬のおじさんくさいため息が聞こえてきた。
またガキだと言われるのかと思っていた祥哉だが、降ってきた言葉は違った。
「多少の気遣いが出来るようになったか」
え、と祥哉は顔をあげるが、そこには首の後ろを摩っている冰熬がいた。
首をゆっくり回したあと、祥哉のことを見ることもせずに言う。
「やりたいようにやりな。それが祥哉って奴だ。俺もそうだ。ここがバレたからって、逃げる理由はねぇだろ?」
「あんただって、やんちゃするような歳じゃないだろ。まああんたの場合、名前を出せばあの3人以外は逃げ出すだろうけど」
冰熬という名を知らない者の方が少ないだろうと、祥哉は多少の皮肉を込めて言うと、冰熬から返ってきた言葉は、なんというか、いつもとは違った。
「ひとつ、覚えておけよ祥哉」
「・・・?」
「武力では、何も変わらねえんだ。武力で得たものは、また別の武力によって制圧される。何かを変えるためには、武力じゃなく、心を変えることだ」
「・・・ああ。わかってるよ。力だけじゃ何も変えられないことくらい、俺だって分かってる」
「そうか。まあ、せいぜい頑張ってくるんだな」
それから軽くご飯を食べて、折れている腕のことなど忘れ、祥哉は早く寝付くのだった。
明日、決闘をするために。
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